淡水最強釣り餌「ドバミミズ」はなぜ高密度で飼育するのが難しいのか【過密】
この記事は釣り餌用ドバミミズ飼育シリーズ記事の4番目である。初めから読まれたい方はこちらから。
この記事が生まれた背景
淡水釣りの世界における最高最強の餌として、筆者はフトミミズ科のミミズ通称「ドバミミズ」の飼育実験を7年間にわたり繰り返してきた。この結果として、ドバミミズはミミズコンポストに使われるツリミミズ科のミミズ「シマミミズ」と比較して圧倒的にミミズの高密度環境、すなわち過密飼育に弱いことが明らかになってきた。この実験と結果、考察については以下のページおよび関連ページを参照されたい。
本記事では、この結果を踏まえての文献調査と考察から、問いをもう一段進めて、「ドバミミズがなぜ高密度飼育に弱いのか」というところを明らかにしていきたい。
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当記事シリーズ最終章の「ドバミミズの飼育方法」を公開したので告知。これを理解するためにも、シリーズ記事は全て読んでほしい。
ミミズの浸透調節に関する文献
一方は高密度飼育に耐え、もう一方は耐えられない。この原因については、当記事シリーズの第1弾で論じた「酸欠への耐性」という部分もかなり大きいと考えられる。これ以外にも、ミミズが密集した状態で起こりうることや、自然下での生息環境の違いから高密度飼育への適応能力の違いを見出すべく文献調査を行った。ここで着目したのは以下の文献である。
武内 伸夫. (1993). ミミズの浸透調節. 比較生理生化学会誌, 10(2), 92-102.
この文献を参考に、ミミズの浸透調節の能力の違いから、ミミズの過密飼育への適応能力について考察していこう。
ミミズの浸透調節機能の違い
ミミズは、陸生環境および水生環境に適応した環形動物であり、その生理的特性には多様な適応戦略が見られる。特に、ツリミミズ科(シマミミズなど)とフトミミズ科(いわゆるドバミミズ)では、その浸透調整機能の違いから飼育環境内に存在する水分中のイオン濃度の許容レベルにおいて顕著な違いを示すと考えられる。以下、上記文献からまとめていこう。
ツリミミズ科の浸透調節機能
ツリミミズ科のミミズ(例えば、Lumbricus terrestris)は、水分の多い環境に適応している。この科のミミズは、低張尿の生成など、生理的な能力が水生動物に匹敵することが報告されている。L. terrestrisは、通気している水槽の底の水浸しの土壌中で31〜50週間生存することができる。このような適応能力は、彼らが湿潤環境において非常に効果的に浸透調整を行うことを示している。
ツリミミズ科のミミズは、体腔液の浸透濃度を広範囲にわたって調節する能力を持つ。例えば、L. terrestrisでは、土壌または湿った濾紙中にいる場合、体腔液の浸透濃度は154mOsmから371mOsmの範囲に分布するが、水漬けの状態では上限が260mOsm程度に下がる。シマミミズでも同様に150mOsmから320mOsmと広い範囲で変動する。このように、ツリミミズ科のミミズは、広範囲の浸透圧変動に対する高い適応能力を示している。
フトミミズ科の浸透調節機能
一方、フトミミズ科のミミズ(例えばフツウミミズやヒトツモンミミズ)は、尿を主に消化管内に排泄し、水を再吸収することで、比較的乾燥した土壌に適応している。フツウミミズやヒトツモンミミズは、水漬けには弱く、連続通気がない場合には数時間程度で死亡することが報告されている。
(※この部分については、当記事著者の経験ではヒトツモンミミズとみられるミミズが水中で数週間生きた経験があり、確認のため追加実験を行っているところである。)↓30日生存の実験結果
フトミミズ科のミミズは、体腔液の浸透濃度の調節範囲が比較的狭い。例えば、フツウミミズやヒトツモンミミズでは、体腔液浸透濃度の分布範囲は150mOsmから230mOsm程度である。このため、フトミミズ科のミミズは、ツリミミズ科に比べて、生息環境下での浸透圧の変動に対する適応範囲が狭いことが示されている。
水分過多への耐性、汚れた水への耐性
上記のことから、浸透圧の変動に対する耐性はフトミミズ科のミミズよりツリミミズ科のミミズが高いことが分かる。これが意味することは、水分過多への耐性と汚れた水(イオン濃度の高い水)への幅広い適応力と生息環境中の水分の水質の急変への耐性が、ツリミミズ科は強く、フトミミズ科(ドバミミズ)は弱いということである。過去記事で論じた酸欠への耐性以外に、ここにも大きな違いがあったということだ。
過密飼育をすると飼育箱で何が起こっているか
上記の文献の内容と、ドバミミズで高密度飼育が叶わなかった飼育実験と経験を照らし合わせて、ミミズが死んでしまった飼育容器内で何が起こっていたのかを考察してみよう。考え方は簡単で、ミミズが飼育箱内に多すぎると「必要なものは不足する」「不要なものは過剰になる」ということである。
酸欠
まずは何度も述べている通り、酸欠は有力な原因の一つだろう。当シリーズの最初の記事でも述べている通り、ミミズは大きければ大きいほど酸欠に弱い。過密に飼育すれば、容器内の水分の溶存酸素が不足傾向になることは明らかだろう。ドバミミズはシマミミズに比べて構造的に酸欠に弱い。これについては当記事シリーズの最初の記事にて詳しく述べている。
分泌物・排出物の濃縮
酸欠以外の要因として、長年の飼育実験で当記事著者が考えていたのがこれである。ミミズや床土中の排出物が蓄積・濃縮されていくうちに、浸透圧に耐えられなくなったミミズたちが死んでしまう、という流れである。この浸透圧に対する耐性の幅の違いが、シマミミズとドバミミズでは顕著にあるということが上述の文献から分かる。あてずっぽうではあったが、考察の妥当性はあったといえるだろう。
浸透圧の急激な変動
過去においては著者は、基本的に排出物の濃縮ばかりに気を取られていた部分がある。これを薄めるために時々大量の水を飼育容器に供給して排出するという作業を行い、ミミズの長期飼育を実現してきた実績もあるからだ。しかし、排出物の濃縮とともに急激な希釈による浸透圧の変動も考慮に入れたほうがドバミミズの生存に効果的であることは、今回参考にした文献から得られた情報で飼育に向けた新たな着眼点になる。
まとめと飼育環境への応用
以上をまとめると、シマミミズに比べてドバミミズはその身体的特徴及び体内の調整能力に由来して低酸素環境、水分過多、イオンが高濃度の水分に弱いため、高密度飼育が困難だといえる。
これらの原因が分かったことから、ある程度の対策を打ちながらできるだけ高密度でもドバミミズにやさしい飼育環境を整えてやることができると考えられる。具体的な飼育方法に関しては、2024年夏中に公開予定である。続きを待ってほしい。
ドバミミズ飼育シリーズ最終章、「ドバミミズの飼育方法」はこちら