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                             小里大地

〈1〉
 深夜帯、高速道路、いつまで続くか分からない一本道を訳も分からず走らせている。他に並走する車や前後を走る車、対向車等は全くと言っていいほど見当たらない。また、辺りに周囲を照らす電灯なども見当たらず、自身と極稀にすれ違う対向車(そのほとんどは大型トラックだった)のヘッドライトのみが自身の進む道を確証させる唯一の指針であった。
 行先は分からない。この道がどこへ続いているのかも分からない。何もかもが分からないことだらけではあるが、ただ、これが夢ということはすぐに分かった。というのも、僕は車の免許を持っていない。現に免許を持っていない僕がこの高速道路を走っている行為自体、ほぼ自殺行為に等しい。つまり、僕が車を迷わずに運転しているこの状況は夢でなければ説明できない。だからといって、今自分がどうすべきかもよく分からないし、高速道路で下手に路上駐車をするわけにもいかないので、とりあえず車を走らせている。
 左右のドアガラスから外の景色を覗いてみるが、辺りが暗いためよく見えない。とはいえ、何も見えない訳ではなく、旧道を柔らかく照らす街灯とコンビニの硬く不愛想な光が自然と目に入ってくる。しかし暗闇を照らすその光はどこか奇妙で、亦、悪目立ちをしているような印象を受ける。そのうち、僕は言語化できない「モヤモヤ」に脳内が満たされ、居ても立っても居られない気持ちになったが、なにせ理由が分からないからとても遣る瀬無い。
 ただ、理由は分からないけれど、恐らくこの問題は小さくはない。歴史、所謂僕だけではなく人類の連続した選択の代償の一つと言っていいかもしれない。ここで感じた違和感は決して忘れてはいけないものだとこの時は、いや、この時だけは本能的に感じていた。
 他にも着目したい点がある。周囲が暗くて周りの状況があまり分からないことは先程言及したが、よくよく目を凝らすと木が山の如く幾千にも連なっているのが分かる。また澄んだ紺色の空、その深淵の中に、光が無い為星がよく見える。その星々は一つ一つが光を放っているわけではないので、周囲を照らすほどの力が各々には無い。これは有名な話だが、星(主に惑星や衛星)が光っているのは軌道の中心にある恒星(太陽系でいう太陽)の光を反射させているからである。しかし、自身が光を放つわけではないのにも関わらず、夜になると、彼らは目に見える形で自身の存在をアピールするが如く主張をしている。我々人間は、全員がそうでないにしろ、空に浮かぶ沢山の光源、星々に対し美しいという感情を向ける。しかし、そこに人間が疑問を抱くことはない。どうして星は奇麗なのだろう、仮にそう考えたとして、そこに明白な答えを出すことが出来る人間も数多くないだろう。
 けれども僕が思うに、やはり自然は美しい。そこには極めて完璧といってもいいほどの秩序が存在するからだ。或るとても優れた科学者達も言うように、自然を見ていると、本当に神は存在するのではないか、といった不思議な気持ちにさせられる。ある一定の知識や教養を備えた人間が宗教にハマる、というのはよく聞く話であるが、そこには人智を超えた、超自然的で魅力的な「何か」が存在するのかもしれない。
 そんな自然は魅力的で脆く、すぐに壊れてしまいそうな儚さはあるけれど、永遠を感じさせる魔力が存在するようにも感じられる。実際、果てしなく広がるこの美しい星空や雑木林の景色はいつまでも、終わりなく続くように思えた。


〈2〉
 少し前に今走っているこの道は高速道路だ、と安易にも断定してしまったが、もしかすると違うのかもしれない。というのも、僕は生まれてこの方数十年、田舎の中でもひどく山奥の家に住んでおり、高速道路を自分の目で見た試しがない。だから、僕にとって「高速道路」というものは、どこか抽象的な概念そのものである。直接目視して確認したわけでもなければ、直接走ったこと、実体験があるわけでもなく、何かそういうものがあるらしいと、人伝えで聞いた程度のものに過ぎない。今走行しているこの道が、仮に高速道路でなかった場合、僕は一体どの、どんな道を走っているのだろうか。その漠然とした疑問に対し、ふと寒気を感じた。
 そんなこんなを考えているうちに、どこか対向車が増え始めた気がする。サイドミラーをスッと覗くと、後続に車が一、二台ほど連なって走っているのも見てとれる。それに街灯も心なしか増えてきたような気がする。
 やはり僕は現在、田舎から都会へ向かっているのではないか。つまり、これはあくまで仮説だが、目的地、この旅の終着点は東京であるということだ。日本に限らず、どの国でも首都や県庁所在地、市街地やメインストリートは存在する。とても浅はかな考えだが、田舎を抜け、高層の建物が増えてくる、田舎を抜けた先は都会、そう勝手が決まっている。少し外れた田舎とは違った、目を見張る程の「もの」が、確かにそこには存在するに違いない。
 それからもう少し車を走らせると、急にトイレと思わしき建物が見えてきた。ふと沸いた物珍しさから、僕はそのトイレ(らしきもの)に寄ってみることにした。その物珍しさというのは、僕が知人から聞いて想像していた「トイレ」はあくまで「pa」と呼ばれる食事や休憩のできる複合施設にあるもので、こんな何もない一本道にそのものが独立して存在するのがどこか奇妙に思ったからだ。
 車を駐車場に停め、後ろから別の車が来ないのを確認してから、右側のドアからスッと降車するも、急なめまいから立ち眩んでしまう。更に肩や膝に鈍い痛みを感じる。それでも足をふらつかせながら、壁に沿ってゆっくりと歩いてなんとか建物の中に入り、無事に用を済ませることができた。用は済ませたものの体調も未だ優れず、その状態で安全運転できるか不安なので、個室トイレでゆっくりすることも少し考えたが、流石に他の人が来た時に迷惑をかけると思い、車の中で休もうと戻り、乗車しようとドアハンドルに手を掛けたその刹那、僕は何物かの大きな強い光で体一帯を激しく照らされた。
 なんだなんだと戸惑いは僅かに生じたが、状況はすぐに飲み込めた。どうやら大きいダンプ車もまた、このトイレに用があってきた様だ。僕の二つ隣に車を停めると中から、根岸色のつなぎを着た、四五十代と見受けられるおじさんがゆっくりと降りてきた。僕は今までの疑問を解消すべく、勇気を出して恥ずかしながらも声をかけることにした。

「すいません、少しお時間よろしいですか?」
おじさんが不思議そうに僕のことを凝視する。まるで僕がこの世のものではないと言うように。
「蟆代@蠕?▲縺ヲ縺上l」
 そう声を発すると、彼はせっせとトイレの方に駆け足で行ってしまった。
 何を話しているか全く聞き取れなかった。どこかの方言だろうか。それとも外国語…とも考えている間におじさんが戻ってくる。
「縺吶∪繧薙↑縲∝セ?◆縺帙※縺励∪縺」縺ヲ縲ゅ〒縲∬ゥア縺」縺ヲ縺ェ繧薙□」
 また聞き取れない。そう僕がもじもじしていると、
「縺薙l縺ァ縺ゥ縺�□」
 やはり聞き取れない。
 何かを話そうとしている、伝えようとしている雰囲気は感じるのだが、ここまで言葉が通じないでは流石にお互いばつが悪いと思ったので、それほど丁寧とも言えない会釈を深々とし、自分の車に戻ろうと転回、右足を踏み出した刹那、
「待ってくれ若いの。これでどうだ」
 バッと振り返る。今度ははっきりと聞きとることが出来た。
「すまんな、調節に時間がかかってしまって」
 どうやら、おじさんは別の言語話者なのか、他の言語が僕に通じるか複数試していたらしい。僕はばつが悪くなったことを隠すかのようにすぐ口を開く。
「いえいえ、こちらこそ勝手に帰ろうとしてすみません。ところで、少々お尋ねしたいことがあるのですが、今僕たちが走行しているこの道路はなんという名称で、どこにつながっているものなのでしょうか」
「んん、んなのおらもわがんねえよ」
「え…」
 呆気にとられてしまった。予想とは斜め上の回答が飛んできたからだ。彼らはあらゆる場所を行き来している筈なのでこの道路についても何かしら知っていると鷹をくくったのに。
「それではあなたがこの道路について知っていることを教えてください」
「わしは何も知らんよ、君が一番わかっているはずだよ」
「おちょくるのはやめていただきたい!」
 僕が声を荒げると、途端に彼の目が据わった。そして僕のことをさんざん凝視した後、
「それはきっと…いやなんでもない。早まるなよ若いの」
 そう言い残すとそのまま車に乗り、
「じゃあ、気いつけて走りなさんな」
 去ってしまった。
 名も知らないそのおじさんの態度に対し、無性に腹が立ってきたが、そんなことを言ってもどうしようもない。僕がこの行き場のない怒りをとりあえず抑えるには、彼とのやり取りをすべて忘れることの他なかった。
 そこで紛らわせる為に先ほどまで考えていた言語化できなかった「モヤモヤ」について考えることにした。重要に思えた「歴史」について焦点を当てよう。そして現時点で出した僕の答えが次のようなものだった。
 そうだ。確かに歴史とは人類が選択してきたものの連続に過ぎない。その時代ではその選択肢が真理であり、そうでないものは排除される。中世の因果律、近世の平等、近代の社会主義も然り。人々は寛容そうに見えて実はそうではない。また、それに対して疑問を覚えることだって一切ない。世の中の人間の大半がそうだろう。恐らく僕も例に漏れない。でも、それでも僕は、僕だけは寛容でありたいと、そう心の奥底から渇望している。
 話の論点がズレている、正常ではない僕でさえ分かる位、求めている答えとは別の方向に掘り進めていた。この状態でこれ以上考えても無駄だと思い、この場ではここで思考を止める。
 ふと気づけば体調は良くなっており、頗る快調であった。その影響かじんわり湿っていた機嫌も回復してきた。ずっとこのままこの調子が続けばいいのに、とは思うけれど、時代は流れ人は老いる。幾ら科学技術が発展し、時代の流れを創ろうと、人間は時代の流れには逆らえない。そう考えれば考えるほど、回復したはずの機嫌が再び悪くなっていく。考え過ぎることも良くないなとその時に思った。


〈3〉
 それから車を少し走らせると、都市と思わしき光群が見えてきた。信号のように赤、青と光の色を変える光源もちらほら見当たる。何故だろうか。ふと気づくと、僕はその強い光にひどく惹かれていた。とても魅力を感じていた。が直ぐに強い吐き気を催し、少し窓を開け、外の空気を吸っても吸っても全く気分が優れない。更に、体中の骨が折れてしまうような痛みに襲われる。このままでは最悪事故に繋がってしまうので、どこかに路上駐車をしたいが、ここは高速道路であるため、その行動は現実的ではない。大変危険ではあるが、ハンドルにもたれかかって、体内から氾濫してくる正物であるに違いないものをなんとか抑えようと懸命にこらえながら、車を走らせた。
 その後、都市を抜けると、猛烈な吐き気、体調不良、体から発せられる痛みから面白いほどに快復した。辺りには目を見張るほど広大な土地に、軍隊のようにぴっしりと規則正しく、多くの田んぼが敷き詰められている。そこには今まで見てきた都市とは違った別の秩序が存在していた。とても居心地がよい。ここが本当の故郷なのではないかと錯覚する程、僕は安心感に包まれ、彼らに優しく抱きしめられていた。
 しかし、次第に退屈感がどこからか湧いてくる。そこで音楽をかけることにした。よく分かりもしないこの車の、CDデッキの下の引き出しを開けると、そこには何故かドリカムのCDがいくつか入っている。その中の一つを取り出し、CDデッキにセットした。CDの回る音が微かに聞こえたかと思うと、その数秒後にはドリカムの音楽で車内全体が反響している。窓を開け、僕はそのよく知りもしないその歌を、何故か知っているかのように陽気に歌い出す。ノリノリで歌いながら、その秩序だった田んぼを割くように僕は車を走らせた。
 しかし、何故かその歌は田んぼには響き渡らなかった。
 しばらく走らせると、田んぼを抜け、無機質な風景に逆戻りしてしまったが、久しぶりの自然を感じられた満足感に満たされているので、そこに感じたことは何もなかった。ここで、今度こそ「pa」と思わしき無機的建築物が見えてくる。かなり大きい建物だ。少し寄ってみよう。何故かは分からないが建物の中には明かりが灯っている。いつでも営業をしているのだろうか。駐車場にはかなりの数の大型貨物トラックが泊まっている。二十段くらいの石造りの階段を上り、建物の自動ドアが開くと、そこからは蕎麦とめんつゆの良い香りが僕を出迎える。確かに中にいる人のほとんどは作業着を着ており、たいていの職業は察しが付く。食券器が無ければメニューもない。どうやって料理を注文するのか分からず、路頭に迷っていた所、三人組のガタイの良いおっちゃん達が入ってきて、そのうちの一人が厨房のおばちゃんに
「かけそば三丁」
「あいよ」
 と声をかけ、やり取りをしているのが聞こえた。そこで僕もそれをまねをし、
「かけそば一丁」
「あいよ」
 黄色い番号の書かれた札を受け取り、空いている場所で待機していた。椅子は無い。それから三分ほど待つと料理が番号で呼ばれる。札を返し、料理をおばちゃんから受け取り、先ほど空いていた場所で立って蕎麦を啜った。かなりおいしい。それ以上の言葉が見つからなかった。空腹時の食事の感想はこれほどまでに簡素なものなのかと自分でも驚いた。しかし、やはりどれほど蕎麦を啜ろうと、おいしい以上に言葉が出てくることは無かった。
 食べ終わってお椀を店へ返し、外に出ると、辺りはだいぶ明るくなっていた。暗闇だった空が今では、瑠璃、群青、韓紅色の三色の層となって溶け込んでおり、ひどく幻想的だった。
 それから何分だっただろうか。僕は空に見惚れて、口をあんぐり開けたまま突っ立っていた。何かを考えていたわけではない。限りなく思考は停止していて、ふと我に返ると、恥ずかしくなって周囲から隠れるが如く車に乗って、再び道路へと車を走らせた。


〈4〉
 「pa」から車を走らせどれほど経っただろうか。もう覚えていない。けれど思い出せない位にはだいぶ走らせたに違いない。ふと気づいた時、そこからの景色はこれまで見てきた景色とは大いに違っていた。先程まで連なっていた木々は全くと言っていいほど見えない。また数え切れない位闇夜に多く散在していた星々は薄々と見えなくなりつつあり、もう先程までの効力を持ってはいない。辺りを走行する車の数も増えに増え、渋滞を起こしつつある。左右のドアガラスから外を覗けば、多くのビルが軍隊のように規則正しく並んでいるが、その車や建物の合計数は先程の星数にすら匹敵している。けれども違和感は働かない。
 よくよく考えてみると、今走っている道路もまた人工物であり、又、今乗っている車でさえ原型は自然界に存在し得ないイレギュラーそのものであった。そうして考えてみると、一体僕はどこにいるのだろう、抑々ここはどこなのだろうと不思議な気持ちに襲われたが、それも一時的なもので、新しい建物や車を何度も何度でも見る度に、そちらの方に興味がひかれてすぐに気にしないようになり、亦、次第に意識が掠れていく。今ではこの道がどこへ続くのか、この車がどこへ走っていくのかさえ何もがどうでもよくなっていった。それほどまでに将来は「今」を見失わせる。
 行先は分からない。また、この道がどこへ続くのかもわからない。けれども、僕はこの先どこへ向かおうとなんとかなるだろうという根拠のない自信をどこからか沸かせている。そして、先程見ていた星々に哀愁を感じながら、今では見ることの叶わない、しかし確かにそこには存在するそれらに言語化できない思いを馳せつつ、覚める筈のない夢の中で車を走らせ続ける。

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