![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/152671979/rectangle_large_type_2_d1c1fd7569e15b359c10ef690d85a153.png?width=1200)
極限までネタバレを排した劇場型悪意の構成についての考察
昨日劇場公開された「Re:ゼロから始める異世界生活 劇場型悪意」の構成について考察します。
注)私は原作を知らないので、完全に初見のものとなります。失礼な表現が多いかもしれませんので、そこに目を瞑っていただければ幸いです。
考察のベースとする情報
まず、放映時間は約90分と一般的なアニメ映画の長さです。
昨今のTVアニメ第一話は通常の24分ではなく拡大版として長い時間になる場合もあるので、違和感はありません。
次に、ストーリー構成ですが超ざっくりと起承転結で整理すると
起(開始~約数分)2期終了時点からの時間経過について言及
承(約数分~残り十数分まで)スバルの関係者達の過去と現在について
転(残り十数分~)【ネタバレ回避のため伏せる】
となります。(記憶違いがあればスミマセン。)
初めに受けた印象として、承の部分が非常に長いという点が挙げられます。
正直に言うと、承のあまりの長さと動きの少なさで拍子抜けしていました。
考察 - なぜ承の部分が長いのか?
さて、ここでなぜ承の部分が長いのか?という点について考察します。
これには2つ理由があると考えており、1つはネガティブな理由で、もう1つはポジティブな理由です。
まずネガティブな理由から説明します。
1つ目の(ネガティブな──妥協的な)理由は、2期までの復習も兼ねてスバルの周りの人間関係や現在の状況について説明する必要があったためだと思われます。
確かに、月日も経っていますし忘れている視聴者は忘れているでしょう。
とは言え、これだけの理由で見せ場をド終盤に置く訳がありません。
2つ目の(ポジティブな──作品を良くするための)理由は、転の部分をより印象付けるためだと推測しています。
少し話は脱線しますが、アニメ特有の表現は様々あれ、派手なアクションシーンは盛り上がるものだと私個人として考えています。
話を戻すと、劇場型悪意の承の部分には派手なアクションシーンはほぼありません。
具体的に言うと、ド派手な戦闘シーンはほぼ無く、会話がメインでした。
流れるように淡々と、
人間関係のドラマも織り交ぜつつ、物語が進んでゆく──
こうして、観客は油断します。
(私は油断しました。)
この最悪のタイミングで転の部分に突入するのですが、加えて「転の始まり」が分かりにくいのです。
なぜ分かりにくいかと言うと、承の部分からシームレスに転が始まるためです。まるで「日常パートがまだ続いています」と言わんばかりに転が始まります。
この「いつの間にか異常事態(=転)になっていた」という──(色々な意味で)気持ち悪い感覚は、これまで述べてきた長~く穏やかな承の部分によって強化されます。
もしも承の部分の長さが半分程度になって転の部分がより早い時間に来ていたら、この感覚は薄れていただろうと思います。
要するに、初見時の「気持ち悪さ」を演出するために意図的に起承転結の承に長い時間を掛けていたのではないか、と推測しています。
構成から感じたメッセージ
あくまで私個人のものですが、承の部分でスバルの身内や友人、政敵といった「持ち札」を提示し、その上で転の部分で【ネタバレ回避のため伏せる】が提示されるこの構成から次のメッセージを感じました。
「この持ち札でどうやって【これ】を切り抜ける?」
観客は映画館で劇場型悪意を観た後、1ヵ月以上の期間を経てやっと続きを観ることになります。
それまでの期間、先の展開を考察して楽しんでくれという意図でこのような構成にしたのではないかと思いました。
最後に
皆も劇場型悪意を観に行こう!!!
そして……
こんな記事に皆の時間を割いてしまってごめんね!!ありがとう!!!