2024/04/07の日記
今日は第16回サイゼミが弊カフェで開催され、それに参加した。
題材は東浩紀『訂正可能性の哲学』。
サイゼミとは:
ぼくは準備のためやや早めに会場に向かった。車を運転しながら、先日LWくんが「『関心の問題を知性の問題にする』ことにむかつく」と言っていたことを思い出してそれについて考えていた。
地元の店でそばを食べて遅刻して戻った後、サイゼミはつつがなく終わった。 いろいろと面白い論点があって面白かったが、詳細なレポートは後日。メモを取っていなかったのでやれるかどうかは不明。
ほぼ会の総意として、「『訂正可能性の哲学』よりも『訂正する力』のほうがよかった」というのがあった。ぼくもそう思う。実存的な内容が理解しやすくて面白いし、論旨にも説得力がある。まあ『訂正可能性の哲学』は理論編という位置づけなので、それはやむを得ない部分ではある。『訂正する力』がよすぎたという話かもしれない。
サイゼミ民との夕食から帰ってきてからこのサイトを知って、読んだ。
こういうの残してくれているの本当にありがたいし、見やすくまとめてくれていて助かる。みなさんも感謝しましょう。
寝る時間なので寝る。