輪読座「バリ山行」予習ノート

主要登場人物

  • 波多

    • 建物の外装修繕を専門とする兵庫県の会社、「新田テック建装」の営業一課に勤める30代中盤くらいの男性。保険会社に勤める妻と3歳くらいの娘がいる。4年前にリストラに遭う。社内の人間関係を疎かにしたことを反省し社内レクリエーションとして企画された登山に参加したことをきっかけに、登山にのめり込むようになる

    • 兄がアメリカに住んでいる

    • ヤマレコのユーザー名は「ハタゴニア」(パタゴニアとかけたダジャレ)

  • 妻鹿

    • 「新田テック建装」営業二課の主任。43歳。忘年会や納会には顔を出さず、現場では厳しい対応を見せるため社内でやや孤立している。防水の知識がある。他の社員たちが概ね関西弁で話すのに対し、妻鹿は関西弁を話さない

    • 休日は六甲山を中心とした低山のバリエーションルートによる登山(=「バリ山行」。「低山バリ」とも)に出かける

    • ヤマレコのユーザー名は「MEGADETH」(妻鹿です)

あらすじ

  • 波多は社内イベントとして企画された六甲登山に参加する。登山イベントが繰り返されるうち、会はサークルになり、登山部になった。人間関係が苦手な波多は、登山部の活動を通して社員たちと社交し、会社に居場所を見つけられたと感じる。

  • ひとり淡々と業務をこなし、飲み会にも参加しない妻鹿は、波多から見ても少し浮いている社員だった。妻鹿が登山部の山行に参加したとき、波多は「バリやっとんや、あいつ」と松浦に耳打ちされるが、その言葉の意味はわからなかった。後日、自称山ガールの多聞が妻鹿のヤマレコアカウントを発見し、波多は妻鹿の「バリ山行」記録を見る。

  • 妻鹿と懇意だった藤木常務の勇退をきっかけに、「新田テック建装」の経営方針は大きく変わる。小口の顧客から全面的に撤退し、大口の、とりわけ「アーヴィンHD」の下請けとしての仕事に注力することになるが、妻鹿はその方針を無視するかのように、単独で既存顧客の単発工事を請け負っている。

  • 方針変更によって多忙をきわめるなかも、アプリで妻鹿が休日に「バリ山行」に励んでいるのを見た波多は、妻鹿に「バリに連れて行ってくれませんか?」と頼む。一度は「危ない」とにべもなく断られるが、翌日になって同行させてもらえることになる。

  • 波多と妻鹿のバリ山行当日。波多はアーヴィンHDからの受注が遅れて傾きつつある会社のことが頭から離れない。山行の序盤こそ興奮状態にあった波多だが、一歩踏み違えれば死に直結しかねない危険な行程で「この怖さは本物だろ」と昂る妻鹿を見て温度差を感じ始める。妻鹿もまた、「やっぱりこれはバリじゃないんだよ」と単独行との差を感じている。(ルート参考: 上り下り

  • マサ化した御影石の斜面で、先を急いだ波多は滑落する。間一髪で木の幹に縋りついて妻鹿にロープを投げてもらい、やっとの思いで虎口を脱する。波多は混乱の中で「山は所詮遊びで、命を懸けることじゃない」と考え始める。

  • 「本物の危機」に「問答無用で生きるか死ぬか。まさに本物だよ。ひりつくような、そんな感覚。(…)波多くん、なんか感じるでしょ?」と興奮を見せる妻鹿に、波多は痺れを切らしたように「山は遊びですよ。(…)本物の危機は山じゃないですよ。街ですよ! 生活ですよ。妻鹿さんはそれから逃げてるだけじゃないですか!」とまくしたてる。妻鹿は「いこっか」とだけ応える。

  • 波多は疲労困憊で帰宅し、そのまま体調を崩す。肺炎だった。年末の勤務に穴を空けたことで服部課長から叱責される。一方波多は、寝込みながら山での出来事を反芻するうちに会社の状況がどうでもいいものに思えてくる。

  • 年明け、会社に戻ると、アーヴィンHDからの受注が決まり社内の空気は一変していた。妻鹿はすでに退職していた。小口を軽視する会社方針について社長に意見したが容れられず、自ら退職を申し出たのだった。妻鹿はヤマレコのアカウントも削除していた。

  • 妻鹿とのバリ山行を思い返しながら、ひとりバリ山行を重ねる波多。かつての自分を省み妻鹿に謝りたいと後悔が募る。そのとき、山中にまだ新しい、妻鹿の痕跡を見つける。

批評的観点

  • ゲゼルシャフトとゲマインシャフト

    • 超ベタな観点だが、触れないわけにはいかない

    • 妻鹿の登山は自己実現としての登山 社会はそんなに関係ない わかりやすい

    • 一方で、波多の登山の目的は二度三度変転する

      • 最初は会社という擬・ゲマインシャフトへの所属表明として

      • 次に自己実現として

        • だが、波多の自己実現はつねに社会/会社とともにある

          • 妻鹿を過度に理想化しない、現代的でリアルな目線。評価できる

      • 栗城という補助線がよく効いている

  • ベタに、作者はどこにいるのか探ってみる

総評

  • 平易で読みやすい。読書なれしている人が好きなのは、「サンショウウオ」より断然こっちだと思うけど、一見したテーマの新規性には欠ける?

  • 「低山バリ」の描写を通した、妻鹿という人物像の描出が上手い。妻鹿は単独行を志向していて、絶対に波多とは交わらないのだが、それゆえに波多は妻鹿に惹かれていく。この構造もわかりやすく良い。


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