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森の生活 ソロー生誕207年

 昨年来「ウォールデン 森の生活」読書に取り組んでいるが、生来の怠け癖もあっていっこうにページが進まない。米国マサチューセッツ州ボストン郊外コンコードに生まれたナチュラリストにして思想家、H.D.ソロー(1817.7.12-1862.5.6)二十代後半から三十歳になったころの著作だ。
 高校生のころ、月刊誌「宝島」連載で初めて触れてから半世紀近くが経とうとしているのに、何度か挑戦してみても挫折して果たせないまま、なんと半世紀!になろうとする日々が過ぎてしまっている。自然観察と人間社会批評の鋭さに加えて、基礎知識のすそ野の広さに巧みな比喩の連続、独特の社会風刺と警句の数々のおかげで、楽しんで没頭するよりも文字を追うことに精いっぱいという有様だ。
 それでも、今年の夏しか読み切る機会がないという思いで対峙しよう。とにかく詠み切ることで青春時代からの宿題のひとつをやり遂げたことになり、あたらな地平が見えてきそうな気がしている。
 ことしはソロー生誕207年、「森の生活」刊行170年にあたる。

 そんな七月中旬の日、我が家に保護猫がやってきた。キジトラの雄で推定5歳くらい。名前はまだない。いや、正確には保護主さんから「クンちゃん」と呼ばれていてそのままでいくのか、この来訪機会に新しい名前をつけてあげようかの家族小会議の始まり。
 もともと猫を迎え入れようといいだしたのは娘で、すぐに母親がそれに賛同して、当主は娘が飼育のための費用を含めて面倒をみることを要件にそれに従ったまでといえばそうだが、これからの名前は大事だろう。
 娘の意向も考慮して、ひいき筋の高校野球強豪校と同名になるが「隼人」もしくは当初と合体させたファーストネーム=隼人、セカンドネーム=クンで「隼人クン」(どちらでもそのときの気分で呼べる)でどうだろうか。
 さっそく本人を呼んでみるが、カッコいいいと気に入ってくれたのか、我関知ぜずなのか、我が道をゆくといった反応である。家族は思案中であるがこれだから猫はいいなあと思い始める、たそがれ当主であった。  

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