穴の開いたジャージを着た青年

年末に、東北を旅した。
普通列車の旅。
海沿いを走っていた新潟県内での線路が、やがて内陸部に私をいざなっていた。

日本海側は昼間でもどす暗く、所々雪が降りだしていた。
不機嫌そうに、何でも飲み込みそうな勢いを見せていた海が見えなくなる。山間部に列車が進むと、余計に雪が増えたように思える。

このあとさらに北に向かおうと決めていた私は、次第に雪に覆われていく景色に、少し恐怖感を感じていた。
乗っているのは2両編成のワンマンカ―。
通勤列車のように、向かい合わせの席があるだけで、リクライニングシートなどとは無縁な状態。

駅に列車が止まると、どの客も、冷気ができるだけ車内に入らないようにして、列車を降りていく。
ところどころの町で、一気に人が乗ってきたかと思うと、また近くの町で一気に人が下りていく。
完全に街の交通手段として利用されているのを感じていた。
 
ある駅から、10人くらいの客がまとめて乗り込んできた。
その中に、2人のおそろいのジャージを着た青年が混じっている。
二人の青年の体の大きさがずいぶん違う。

どんなスポーツをしているのだろう。
バレーボールか、バスケットボール。
そんな雰囲気が二人から漂ってきた。

おそらく大きな方はレギュラーで、小さな方は補欠に違いない。
そんな想像を働かせながら、彼らを見ていると、身体の大きな方の青年の膝に穴が開いているのに気がついた。
なんと今時、穴の開いたジャージを着ている人がいるのかと少しうれしくなった。

滑稽さよりも、懐かしさがあった。
私の子供の頃は、しょっちゅう膝にけがをしていた。
転んだ時、膝を曲げていることが多く、膝から地面に落ちる。
半ズボンの時は、そのまま膝をこすることになり、血が流れた。

長いジャージを着ているときは、ジャージに穴が開いた。
穴が開いても、すぐには新しいものを買ってもらえるわけではなかった。
だから母親が、内側から同じような色の布で穴をふさいでくれた。
繰り返し穴が開くうち、膝当てのアップリケのようなものがはられるようになる。

なぜあんなに膝を怪我したのだろう。
おそらく、鈍くさかったから。
上手にスライディングをすることができず、うまく走ることもできなかった。

結果として、無様に転び、膝をすりむいていた。
そんな毎日だったから、穴のないジャージの方が珍しかった。
そのくらい、ジャージ一枚を徹底的に使い続けていた。

それは私だけが貧しかったというより、他の人たちも、そんな風にして服を着ていた。
でも今、ジャージに穴が開いた状態で服を着ているのを見ることはないことだった。
 
青年は、おそらく180センチ以上ある。
なかなかのイケメン。
でもジャージの膝に穴が開いている。

しばらくするとおそらく、私ではなく、他の人の目線に気がついたのだろう。
青年は、その穴を隠すように、ジャージを折り曲げて、膝から下が出るようにした。

列車の中は暖かいものの、外はしんしんと雪が降っている。
こんな状態のまま外に出るのかと思ったが、青年は全くそのことを気にしないかのように、半ズボン化したジャージのまま、雪の駅に降りて行った。

今時のカッコいい若者らしい風貌と、膝の穴を隠して、ズボンを折り曲げている姿のギャップが、何ともかわいらしい。

青年は、明日もあのジャージを着るだろうか。
きっと着ない気がする。
同じ列車に乗っていた、何人かの人たちの目線。
その視線が、青年を変えてしまったかもしれない。

そんなことを感じた山形県の出来事だった。


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