伊集院静の指
伊集院静のエッセイが好きだ。
肩の力を抜いて生きればいいと、いつも言ってくれる気がしてありがたい。
2023年11月24日。
その伊集院静が亡くなった。
新しい本がもう出版されないと思うと、何とも言えず悲しい。
その伊集院さんの奥さんである篠ひろ子が、旦那さんを語る機会があった。
名インタビュアーとして有名な阿川佐和子。
彼女の質問に答えてのことだ。
篠ひろ子は女優として活躍していたが、44歳の時に伊集院静と結婚。
50歳を前に芸能界を去った人だ。
そんな人が雑誌のインタビューに答えている。
雑誌のウエブページから、篠ひろ子が伊集院について、阿川佐和子に話した部分を切り取ってみたい。
「過去を思い出したり、うまくいかないこともいろいろあったし、悲しくなるのね。それで、伊集院を変わった人だなって思ったのが、泣くと普通、ティッシュとかを出すじゃない。それが、手で拭くんですよ。」
「えー、篠さんの顔を? 惚れちゃうよ~。」
「びっくりしました。顔を拭いて、鼻も拭いちゃうの、手で。それって子供とかにはするけど。」
「亭主にはできない(笑)。」
「その時ちょっと思ったのは、この人、自分のことはどうでもいいんだなって。何が汚れようが、とにかく涙を拭こう。それでばっと行動に出ちゃう。そういう人なのかなって。」
「ほろりとした?」
「それより驚いた。この人の前でなら泣いても大丈夫って自然に思ったかもしれないですね。」
(文春オンライン https://bunshun.jp/articles/-/75738?page=2より)
記憶で紹介しようとして、念のためネットを探してみたら、すんなり見つかったので切り取らせてもらった。
どうだろう。
奥さんの涙を指で拭って、この人の前でなら、泣いても大丈夫と思わせた伊集院静。
男としての格が違うというか、別世界に生きている。
阿川佐和子が「惚れちゃうよー」と思ったのも、おそらくは相手が伊集院静であるという前提のこと。
私が同じことをしたら、化粧が落ちるとか、何をしているのだと怒られるに違いない。
いろいろな人の痛みを理解し、ご自身もたくさんの心の傷を持ちながら、それでも前向きに生きていた伊集院静。
彼を身近に見ていた奥さんが、亡くなった後にこんな風に語ってくれること。
寝ているときに、毛布を掛けてくれたとか。
寒い時に上着を貸してくれたとか。
車道の方をさりげなく歩いてくれたとか。
車の乗り降りの時、扉を開けてくれたとか。
そういうエスコートの仕方でのカッコよさも十分素敵だ。
でもこのレベルの思い出は、普通の男ということになる。
最高に色っぽい無頼の男は、好きな女の涙と鼻水を指で拭うのだ。
そしてその行為で怒られることなく、信頼を勝ち得る。
カッコいい。
伊集院静。
やはりあこがれるな。