365日の質問024:自分のルールはどんなものですか?

おはようございます。てっちゃんです。

マツダミヒロさんの「1日1問答えるだけで理想の自分になれる365日の質問」という本にある質問に、毎日自分なりの答えを投稿してます。

ミヒロさんの質問に答えのルールは

・どんな答えでも正解
・答えはでなくても正解
・どんな答えでも受け止める

の3つです。

きょうの質問は
「自分のルールはどんなものですか?」
です。

自分のルール、自分なりのルール・・・

生きていくうえでの、生活していくうえでのマイルール・・・

これまでのキャリアに加え定年後に参加した色んなコミュニティもあるので、あれこれお誘いを頂くことがある。

以前は、誘われたら「なんでも経験、見分を広めないと」と思って、時間とお金の許す限りほとんど参加していたが、最近は「本当にやりたい」と思えない限り基本的にお断りするようになってきた。特に直近は体調の関係もあって不本意ながらお断りすることも増えているので、不参加が増えている。

それで何か困ったことが生じているかというとそんなことは特にない。

考えてみたら以前、なんでも参加していたのは「見分を広めないと」とかいう理由をつけていたが、心のうちでは「繋がっておいたほうがあとあといいことがあるかもしれん」「そうしないと嫌われるかもしれん」「損するかもしれん」という貧乏根性があった気がする。

ところが、それで何か得があったかというとそんな根性でやっているうちは全くないし、特段の損も起こらない。嫌われた実感もない。
それが経験的にわかってきてからは、そんなことに自分の時間を使い、気を使い、代わりにストレスを頂くという、どう考えても採算のあわないことはやらなくなった。

やりたいと思わないことに、気も時間も使って参加するということの背景にはさっきの貧乏根性以外にも「自分の存在自体に自信が持てない」という不安さがあったような気がする。

不安というのは気を付けないといけないなと思う。

先日、人から「路傍のフジイ」鍋倉夫(著)というコミックを紹介されてさっそく読みだした。これがかなりおもしろい。

(少しネタバレします)
主人公の会社員フジイくん40歳は人づきあいも下手だし、愛想もいい人間ではない。
でも、彼は、承認欲求ともマウントともまったく無縁で生きている。
傍からみていて何が楽しいのかわからない。でも彼の希望は「不老不死」なのだ。
理由は、今が楽しいから。

読んでいると成功と幸せは全く別物であるということを再認識させられる。

成功のうちにも不安はあるが、幸せの中には不安は存在できない。

不安をすべて無くすのは難しいけれど、それでも、さっきのマイルールのように、そうしなくても平気になるように一つ一つは片づけていくことはできると思う。

そう考えれば、不安は別にあったっていい。ひとつひとつ片づけていけばええだけやん、って思える。そのためのマイルールをつくってね。


おしまい


ではきょうも元気でいってらっしゃい!

不安なことあるよね。でもそれ普通やから。大丈夫!

てっちゃんでした!

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