KAYOKO TAKAYANAGI|菊地拓史|余白と解読
菊地拓史のオブジェ作品はriddle=謎である。
謎であるということは、それを読み解く面白さがあるということにつながる。あなたの前に存在する彼の作品は、読み解かれることを心待ちにしているのだ。
作品というものは作者の思惑とは別に、観る側の解釈に委ねられる部分を持つ。見たままのものだととらえてもよいし、思いもよらぬ深読みも許される。菊地の作品は、殊の外その懐が広いため、想像は膨らみ物語が動きだす。
空間芸術も手がける彼の作品には、そこに在る物質としての作品のみならず、それが置かれた空間そのものをオブジェとして取り込む力がある。
作品には多層的な物語が折りたたまれており、誰かに観られることによって物語は動的に伸展する。
シャーロック・ホームズのシリーズ第1作である『緋色の研究』をモチーフにしたこの作品に、込められた謎は深い。
被害者を象徴する精巧に作られた木製の手は、いまにもその指を開いて犯人を指し示すかのように握られている。手は探偵が真実に辿り着くのを待っている。試験管の中の資料は、ホームズによって蓋が開けられるまで、菫色の謎として眠っている。ダイイングメッセージと目された「R」もまた、その意味をめまぐるしく変化させる。
20世紀の大量死の時代の前、まだ死が聖別された個々のものであった時代を物語る探偵小説において、被害者は何者にも代えがたい特別な死者であった。探偵は死者を祀る祭司であったのだ。
人間の体の中で、時には顔よりも多くを物語る存在である手。
菊地は象徴としての手に探偵小説という特別な物語を語らせた。
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数々の手がかりを残しながらも、その正体はいまだに謎に包まれている我らが「the WOMAN」、アイリーン・アドラー。
つかまえようとするとするりとその手の内から逃げてしまう。鮮やかな記憶だけを傷痕のようにつけて消え去る、彼女こそが謎。ピースの最後の1片がはまるのは何時のことか。
さあ、灯りを点して彼女の横顔を思い出してみよう。
もしかしたらあなたは手がかりをつかめるかもしれない。
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かつてロンドンを訪れた際に、偶然ベイカー街を通りかかったことがある。ホームズの時代に比べればこぎれいになっているであろう街並みを歩きながら、彼の部屋221Bに思いを馳せた。
英国の空は、きっと今も変わらずターナーが描いたように曖昧な色だ。くゆらすパイプの紫煙に導かれて階段を上がれば、そこはもう喧騒から離れた探偵の隠れ家。
菊地拓史が投げかける謎を解き、ホームズに会いに行こうではないか。
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菊地拓史 | オブジェ作家 →HP
木や硝子、アンティーク等様々な素材を組み合わせボックスオブジェや家具風オブジェを制作。1994年の初個展から東京を中心に、個展、グループ展を多数開催。他のジャンルのアーティストとの共作で展覧会を行うなど形にとらわれない発想で活動している。また、作家活動の他に美術館、ギャラリーの空間演出を勤める。代表する空間演出として2004年「球体関節人形展」東京都現代美術館 等。2016年、作品集「airDrip」刊行。その他、人形、ぬいぐるみの為の匣や家具制作、「菊地商會」を主宰。
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作家名|菊地拓史
作品名|焦点——モーヴ街の霧の中で・・・
ミクストメディア
作品サイズ|台座:30cm×15cm×2.5cm /オブジェ込み:高さ7cm
制作年|2021年(新作)
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作家名|菊地拓史
作品名|the WOMAN
ミクストメディア
作品サイズ|19.7cm×24.7cm×7.2cm
制作年|2017年(常設作品)
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作家名|菊地拓史
作品名|221b
ミクストメディア
作品サイズ|26cm×19.7cm×9.6cm
制作年|2017年(常設作品)
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