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YAYACO YONEYAMA|苦艾酒香水《1》緑色の血

アブサン時間5時半をすぎた頃に始まり七時半をすぎる頃には終わる
丘の上では終わりを見ない(H.P.ヒュー)

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 エデンの園から追放された蛇が通った小道に生えていたニガヨモギ。
長い歴史の中では強壮食欲増進効果や解熱、虫下しなどに処方される地味な薬草でした。スイスに自生していたアルテミシア・アブシンチウム(学名)を発見したフランス人医師により、霊薬とされる薬草136種を配合したアブサンが誕生したのは1792年。元々は自分用に処方万能薬として評判になり「緑の妖精」と呼ばれ親しまれるように。後世そのレシピを買い取った会社がペルノーです。
 あまりに高いアルコール度数ゆえか、ツヨンの幻覚作用ゆえか心身に異常をきたし人生を破滅させるアブサン中毒者が増加。「恐ろしく中毒性の高い毒薬」「瓶詰めされた狂気」「緑色の呪い」と忌み嫌われる存在となり、スイスで1908年、戦時下のフランスでは1914年に禁止されることとなりました。
 良くも悪くも世界で一番有名な薬草酒であります。

 芸術家や作家の中にはアブサンを陶酔の手段として飲み続けるものもいました。アンドレ・ブルトンは言います。

「ポーは冒険によるシュルレアリスト、ボードレールは道徳によるシュルレアリスト、ジャリはアブサンによるシュルレアリストである」と。

 アルフレッド・ジャリ。
 ジャリにとってアブサンとは聖水。生命の源、聖なる薬草。

 超演劇的戯曲《ユビュ王》で時代の寵児となったアルフレッド・ジャリの奇行は枚挙にいとまがありません。悪趣味で神秘主義で糞尿趣味、回りくどく晦渋な文章を書き、独特の詭弁を繰り出す。ぴっちりした上着にズボンの裾をいつも靴下にしまいこむ異様な服装で自転車を乗り回す。釣り狂の魚喰らい。かつて梟を飼っていたが晩年は剥製を連れて歩いていた。常に拳銃を携え、カフェではテーブルに置きっぱなしにしてアブサンを薄めずにあおった。どこでも御構い無しに拳銃をぶっぱなしていた、等々。
 ツヨンを含んだ緑色の血液のせいか金属布の肌をもつ緑の妖精に取り憑かれていたと思ってしまうような武勇伝の数々です。

 ある日顔や両手を隅々までアブサン色に塗り込めカフェにあらわれたアルフレッド・ジャリ。南の島の鸚鵡のような緑一色の姿なのにカフェの常連客たちはあらかじめ口裏を合わせて普段どおりに振舞ったのだとか。気づいてもらえず憤慨したというエピソードはちょっと可愛いですね。

 ミソジニスト(同性愛者だったと言われています)だった彼の唯一の女友達は作家のラシルド夫人でした。
 彼女の大好物であるアラブの砂糖菓子ラハート・ルクム(こちらセルジュ・ルタンスの香水の名前でもありますね)を手土産に足繁くサロンを訪れていたそうです。水しか飲まないラシルドに対してアブサン狂いの男は言います。
 「あなたは毒を飲んでいるんですぞ。水には空気中や地中のありとあらゆる黴菌が含まれて浮いてるしあなたの主食である甘いものは出来損ないのアルコールなので、有毒な成分が発酵によってきちんと取り除かれているスピリッツ類とは全く違う酔い方をするんだ」

この男は全く風変わりな、実に頽廃的な青年で、書くものにはあるときにはアブレーの猥褻、あるときはモリエールの機知、そして常に彼独自の何か奇妙なところが備わっている。(中略)人柄にはひとを惹きつけるところがあり、まさしくひどく上品な男娼といったところだ……(オスカー・ワイルド)

 カトリック教徒に生まれながら瀆聖の限りを尽くした至高の放蕩者は聖母マリア生誕の日に生まれ万聖節に召されました。死期が近づくと司祭を呼び、告解し聖体拝領し終油の秘蹟も受けたのです。

 アブサン香水として名高いのは〈ラルチザン パフューム〉 フー アブサン。調香師はオリビア・ジャコベッティ。スパイシーな胡椒とクローヴ、スターアニスがはじけ低音で響く青々しいニガヨモギ。針葉樹の森にインセンスが濃く立ち込める……神秘主義的ダンディズムを感じるフレグランスです。
コンポジションでアブサン酒にいちばん忠実なのが〈クラブツリーアンドイヴリン〉ブラックアブサン。ニガヨモギとフェンネルとアニス(八角ではないほう)、ジュースの色も素晴らしいヴェルテ。三位一体となる必須原料が配合されていてとても気になります(廃盤品です…)。
 現行品でご紹介できるのは〈ナーゾマット〉アブサンス あるいは 〈リキッドイマジネ〉ボーテ デュ ディアーブル  。是非お試しになってみてください。頽廃の香りがあなたを魅了することでしょう。

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 ニガヨモギ単体の香りを知りたくてをウォッカに漬けてみました。綺麗な緑色を期待していたのですがちょっと残念な色合いに…。15世紀の修道院で蒸留酒に漬け込んでいたのがこんな感じなのかもしれません。恐々と味見してみると虫下しとして泣きながら苦薬を飲まされる孤児の気持ちになりました。



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作家名|ヨネヤマヤヤコ
作品名| 水中毒

*シートのみの作品となります
インクジェットプリント
作品サイズ|21cm×12.5cm(シートのみ)
制作年|2021年(新作)

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Text|Mistress Noohl

 ヨネヤマヤヤコ様の手にかかれば、「魔物」さえもモードでキュート。「Miss M」と呼んでみたくなります。ふんわり以上に結いあげた御髪の後毛も妖しく、耳元ではパールの耳飾りが宿酔の倦怠に揺れ、ネイルの濃く深いボルドーとモーヴ色のリップが物憂いを誘っています。

 アブサンを片手に酩酊の夜は更け、19世紀の芸術家たちが見た幻影が現れる頃、どこからともなく「Miss M」はやってきます。少しだけ耳障りな羽音をさせて、小高い場所から、私たち人間の様子を眺める「Miss M」——
 薬草酒の香りが横溢した小部屋で、魔物の時間に包まれていることも知らずに杯をかたむける胡乱な人間たちを、朝がやってくる前に、「Miss M」は捕獲するでしょう。

オンラインショップ内《ヨネヤマヤヤコ》様のコーナー

常設作品も展示販売中です

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