気難しい作家先生〜前日譚
このnoteは、以前投稿した「気難しい作家先生」の中の、小説家深谷浩介の前日譚です。
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深谷浩介は、昔から女性が苦手だった。何を考えているか理解できない。
数式なら誰よりも早く解く自信があるし、答えが定まっているものは、道筋を正しく辿れば済むことだ。
・・・然し。と、深谷は苦々しく思う。
女というものは、ふらふらしていてファジーそのもの。こちらの神経を逆なでし、振り回すだけの生き物にしか見えない。
浩介がまだ、会社勤めの頃。母は大学時代に亡くし、父親だけ存命だった。
「家に見合う」と見做された見合いの釣書を、父親が何度も押し付けてきて煩いので、数回相手と会った。商社で勤務していたので、配偶者がいるほうが海外勤務にも対応しやすいのは事実だった。
気が進まずに顔を合わせた中に、艶のある黒髪のボブヘアの女性がいた。茶華道の心得や、ピアノ、料理等ひと通りの経験があり、いわゆる良家の子女として育ったようだった。ある有名な企業の受付嬢をしていた。
彼女は口数が然程多くはなく、真直ぐに浩介を見た。静かな炎のごとく、「自分」を確立している印象を受けた。
何度か重ねて会って、結婚相手の「最適解」を見付けた、と浩介は思った。
彼女は玲子と言った。浩介と玲子は、大きなホテルに200人ほど呼び、式と披露宴を挙げた。その後、新婚旅行でイタリアを廻った。今ではあまり見られない、派手やかな式典だった。
玲子は一定のキャリアを積んでいて、浩介がタフな仕事で疲れを表しても、黙ってサポートをしてくれた。休日は早くから家を整えて、午後コンサートなどに二人で出かける時、玲子はそれまでに予習したらしく、充分に満喫して中々深い感想を告げるのだった。
一年ほどして、二人の間に子どもが出来た。
後に娘だと判明し、浩介の父に話すと微妙な顔で祝福した。恐らく、本心では嫡男を望んでいたのだろう。
玲子が身籠っていたその頃、浩介のほうは今後の生活について多角的に思いを廻らせていた。
彼には夢があった、作家になりたい、と学生時代から思っていた。
父親の所蔵していた莫大な本、学生時代に通った黴臭い図書室、地元にある日本有数の図書館。
それらから、一冊いっさつ選んで手に取って、日々の暮らしを損なうことなく丁寧に読み進めてきた中で、自分にひとつの種子が生じた。
そして玲子との結婚生活がある程度落ち着きを見せ、子をなした今、作家への夢を真剣に追い求めたいという強い欲求が、輪郭を顕にしながら芽吹いてきたのだ。
作家活動が軌道に乗るまでは、今の仕事を継続する。だがいずれは、筆一本で何とか生きていくつもりだと。
しかし、玲子は浩介の話を受け容れることが終始出来なかった。
「何故そんなことを仰るの?」
「私や、子どもはどうなるの?」
浩介なりに、誠意を持って自分の考えを伝えようとしたが、水掛け論だった。玲子にそんな饒舌な部分があるとは想定外だったし、自分が口を開くほど、言い訳めいた話になることに心底消耗してしまった。
そして、遂に浩介の心の糸がぷっつり切れた。
ある日の仕事帰り、浩介がアタッシェケースから取り出したのは、緑色のインクで刷った1枚の「離婚届」だった。
玲子は実家へ戻り、調停のため家庭裁判所に通った。彼女の実家にも一度呼ばれ、義父母に強く責められた。子どもは引き取るか、養育費を払うと申し出たが拒否された。実父も怒っていて、勘当を言い渡された。
満身創痍だったが、浩介の意思は固かった。人気のないマンションの一室で、文字通り血眼になりながら真夜中に文章を打ち続けた。
―――虚しい年月が流れたが、3年経ち。
初めて、浩介の作品が、ある小さな出版社で新人賞を獲った。
それが、雑誌「揺」との縁・・・ひいては、高階千鶴との縁にまで、繋がるのであった。
【continue】
▶Que Song
そして僕は途方に暮れる/大沢誉志幸
はい、今日は此処までです。
実はこのお話は、1月に投稿した「君がいたなら〜If I Had You」にもリンクしております。
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→この「天才肌の男子」が深谷浩介。
→この「可愛いもの好きの李理香」が浩介の初恋の相手です。
深谷浩介の恋愛遍歴を紐解いてゆきます。宜しければまたお目通し下さいませ。
🌟Iam a little noter.🌟
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