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アダルトチルドレン卒業ヒストリー⑮「絶対にしたくなかった親と同じ子育てをした私」


わたしの絶望だらけの暗黒時代から
心の自由を取り戻し、
等身大の自分のまま輝いて生きていくまでを
書き記すシリーズ。
 
前回の記事はこちら


今日は⑮

「絶対にしたくなかった親と同じ子育てをした私」
 

 
生きづらさを抱えながらも

子供を産む気が全くなかった時も

友達の赤ちゃんを見せてもらい、
心から可愛いね、と思いながら
私の分も頑張ってと応援した時も。


愛のある子育てのスキルや
親子、子供の心理や関係について
書かれた本をたくさん読んでいました。





どうして、私はこんなふうに
自己否定する人間になったのだろう。
一体、何が私の中にあるのだろう。

知りたい。
どうしたら、こんな辛い気持ちにならない
人を育てられるのだろう。


  
 
自分は絶対に子供を産まない。
でも、これ以上、私のように苦しむ人を作りたくない。

この世からネガティブが消えたらいいのに。

私自身のこの苦しみを少しでも軽くしたい。
原因がわかれば、楽になれるに違いない。


社会に私のように辛い人を増やしたくない。
一人一人が自分の個性を堂々と出した社会。
喜びで溢れ、優しい世界を作りたい。

そんなことを考えながら
何年も読書を続けていました。




 
 
 
 
初めてもらった母子手帳にドキドキ
しながら、
柑橘類以外は全く食べられないという
つわりを経験しながら

体重は一気に減っていきました。



自律神経が壊れ、8キロ増えた体重は
妊娠期間中に5キロ戻りました。

ですが、お腹の中の赤ちゃんは順調に育ち
28時間痛みと戦いながら
元気に生まれてくれました。

第一子は女の子。

生後2日目。
私はありえない光景を目の当たりにしました。

長女が、透き通ったキラキラの目で
私の方をみれくれているのです。
愛らしい目でじっと私をみてる。

本当に可愛くて、おもちゃみたいで
これ、本当に人間??
天使????
私の心は愛と感謝でいっぱいになりました。





こんなにかわいい生物がこの世に存在するんだ!
と思いました。

28時間もがき苦しんだ末に生まれた
赤ちゃん。

産んだ瞬間は、
この地球上で、
卵でも同じかたちでも大切な生命を生み出してる
全ての生命体に感謝と尊敬を実感しました。


 

大好きで大嫌いな母にも心から感謝しました。

私の元に生まれてきてくれた長女を
大切に育てよう、またさらに誓いました。






出産後は、母親に

「帰ってくるんでしょ?」と言われ
母親が帰ってきて欲しいと望んでると緊張が走りました。

母親のために帰ってあげないと、また何を言われるかわからない。
もしも帰らなかったら、きっとまたあんたは冷たいね、と言われる。
母親をがっかりさせる。
期待に応えなくては。



という呪縛がまだまだ
あったので実家に1ヶ月ほど
お世話になりました。


妊娠した時は「へえー」と言っていた
母親が、喜んでいました。

私は本が大好きなので
図書館から育児書も借りてきてくれました。

 
普段全く喋らない、いつも傍観者の
父親に喜んでもらいたいと思い、
生まれたての長女をお風呂にも入れてもらいました。


 

可愛すぎて、
あと2人欲しいと母親に言ったら

「何言ってるの。何歳だと思ってるの。
いい加減、自分の年齢を考えなさい。
Akiは本当にズレてるね、おかしいわ」

と私を大切にしたい気持ちからだとは思いますが、
平気で傷つくようなことを言ってくるのでした。





1ヶ月たち、夫が待つ家に戻り
穏やかな3人の生活が始まりました。

長女は滅多に泣かないし、
すやすやとぐっすり寝てよく笑う子でした。

本当に可愛くて、可愛くて。

ですが、寝返りをしたのは8ヶ月目。
発達に関しては不安でいっぱいでした。

初めての子供で、いろいろ基本的なことが
知りたいと子育て支援センターに時々
通いました。

長女が1歳頃になり、歩き始めるように。

一生懸命歩こうとしている姿に
なんだか勇気づけされました。





長女が1歳2ヶ月になって、
家業がある夫の実家をリフォームして
一緒に住むことに。


そのことを母親に話した数日後に

「おばあちゃんにがる家には、行かないからね!!」
「いいかい、aki。わかったのかい!!!」
と電話が来て
「うん、わかったよ。嫌なら迷惑かけたくないし、仕方ない」と言ったら
すごい勢いで電話を切られました。






また、引っ越しの前日に母から

「〇〇(夫の名前)君の親は優しいから
引っ越し手伝ってくれるでしょ。
私は行かないからね。いいかい!わかったのかい」
と電話が来たので、

「お母さんが来たくないなら
無理してこなくて大丈夫だよ」
「迷惑かけたくないし」と言ったら
また一方的に電話がきれました。



引っ越し当日は、

今までも他人の前ではとっても優しい女性
を演じてた母でしたが、
さらに怖いくらいニコニコ穏やかな表情を作り
大したものじゃないけど、と
おにぎりを持ち登場しました。


「手伝いに来ました。
私なんか来たって、迷惑かもしれないけど」
と義父母に伝えていました。


子供の頃から
他人に対しては
穏やかで優しくてニコニコしてすっごくいい人。
家族には、恐ろしい全くの別人。

私はずっと天国と地獄の両面を見てきたので
恐ろしかったです。
その差が激しすぎて、どっちが本物なんだ?と困惑していました。






引っ越しして新しい家での
生活が始まりました。

その頃の長女は
歩けるようになり、広い範囲を
動き回れるよになりました。

とても元気な子で、
食卓テーブルに登ったり、
引き出しを開けてはその中に入ったり。


かけてあるタオルは絶対に取ってしまうし
引き出しは全てしょっちゅう開ける。

ごはんを食べても、量はかなり少なめ。
食べない日も多い。
とにかく、動いていたい。


1歳3ヶ月くらいで昼寝をしなくなり、
困惑していました。






子育て支援センターにいき相談したら、



とにかく、ちゃんと寝かせてくださいと言われ


朝は早く起きるようにしたり
外に出たり
体を動かして
お昼ご飯はしっかり食べる。

1日のサイクルを整えても
とにかく昼寝を嫌がりました。


ちゃんと育てなくては、と焦り必死で
自分の中でがんじがらめだったので

長女の行動は私にとって
ものすごいストレスになり、


私が幼少期にされたことと同じ
全くいうことを聞かない時は

「暗闇に閉じ込める」
「気に入らないと無視する」
「感情で突然キレる、怒る、罵倒する」を
小さな子供に対してしてしまったのです。





 
 
 
次回は⑯「娘の未来を守りたい。生きづらさをやめると覚悟を決めた日」



いつも最後までお読みくださり、ありがとうございます😊

自分を生きてこれなかったアダルトチルドレンママの
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メンタルコーチaki




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35年の自己否定や生きづらさを克服。自分と向き合い5年。克服後は自分のやりたかった事を120%叶える人生に変化。サポートしていただけたら、自分らしく前に進める女性を増やす活動に使わせていただきます。