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僕のソニー体験

 2024年7月に「ブリランテ国際特許事務所」を開業した弁理士の髙(たか)と申します。僕は弁理士になる前にソニーで設計・開発の仕事をやっていました。今回は、僕がソニーに入社するに至った遠因かも知れない子供の頃の個人的な「ソニー体験」を振り返ります。なお、遠い昔の記憶をあまり整理せずに書くので情報に誤りが含まれる可能性が高いことをお許しください。

小学生時代

  まず、ソニー体験の少し前の出来事から書いていきます。僕が小学生の頃、学研が、「科学」と「学習」という小学生向けの人気雑誌を出版していました。これらの雑誌には「ふろく」が付いていました。おそらく僕が6年生の頃だったと思いますが「ふろく」として、ふでばこの半分ほどの大きさの黒いプラスチックの箱と、クネクネと頼りなくまとまったコードのイヤホンが入っていました。黒いプラスチックにはオレンジ色のダイヤルが付いていました。それはAMラジオでした。イヤホンを片耳(勿論モノラル)にさしてダイヤルを回すと、雑音の中から、女性の歌声(たしか中島みゆき)が聞こえてきました。

「この音は今、自分にしか聞こえていない」

という鮮烈な感覚。これが僕にとっては初めてのパーソナルオーディオの体験でした。個人の所有物としてラジオを手に入れた僕は、夜な夜なラジオを聴き、新しい世界に没入していき、ラジオが大好きになりました。

中学生時代

 中学生になると、僕の物ではありませんでしたが、家のラジカセを使うようになりました。今で言うとデスクトップPCの本体くらいある重くて大きなシルバーのラジカセでした。このときのラジカセのブランドが何だったのか、残念ながら覚えていませんが、カセットデッキにはテープのタイプごとに切り替える2つのレバーがあり、この2つのレバーの組み合わせによって、テープの磁気のタイプすなわち「ノーマル」「クローム」「フェリクローム」「メタル」を設定できるという機能が付いていました。
 ラジオ好きが高じて、中学生の頃にはAMのトーク番組にハガキを送ったり、深夜番組を布団にくるまって聴いたりしました。真夜中にラジオから流れてくるカルチャークラブやスティックスのミスターロボットなどは新鮮だったし、午前0時を回るときには「ジェットストリーム」もよく聴いていました。また当時はラジオドラマも毎週放送されていましたが、これは想像力が掻き立てられるもので、ワクワクドキドキしながら聴きました。
 そのうちに、FMの音楽番組から流れてくる曲を録音する「エアチェック」をするようになりました。FM雑誌を買って、流れる曲を予めチェックして、タイミングよく録音して、自分だけのオリジナルカセットテープを作る。曲目リストは「インレタ」で綺麗に作成する、という作業がとても楽しかったと記憶しています。
 僕が中学生の頃は、カセットテープが全盛期だったのではないかと思います。ノーマルテープよりもクロームの方が音がクリア。メタルテープは値段が高いけどもっと良い音で聴ける。カセットテープと言えば、マクセル、TDK、そしてソニーでした。

 僕が記憶する最初のソニー体験は、カセットテープでした。

 ソニーのカセットテープに関してはおそらくCHFあたりのノーマルテープを買っていたと思います。時代はおそらく少し後になりますが、後年発売されたソニーの「メタルマスター」は強烈な印象がありました。特別感のある包装フィルムをはがすと、真っ白なセラミックのケース(カセットハーフという)、手にするとずっしりとした重量感。何を録音したのか、音質はどうだったのか、は覚えていませんが、きっと良い音だったに違いありません。

高校時代

 高校生になった僕は、小学生の頃から少しずつ溜めたお金で、システムコンポを買いました。まだ世に出始めて間もない、CDプレーヤ付きでした。このときに僕が選んだのは、残念ながらソニーではなくテクニクス。CDを開発したのはソニーだと当時の僕は知っていたのに、ああどうして、という感じですが、テクニクスのコンポについていた「グライコ」が当時の僕を魅了しました。ちなみに、高校生の頃にはCDの直径12cmと縁が深いと知る由もありませんでしたが、カラヤン指揮ベルリンフィルのベートーヴェン交響曲第9番(グラモフォン)をすぐに購入し、何度も何度も聴きました。今でも第九と言えばカラヤンのベルリンフィルが僕のリファレンスになっています。
 高校生の僕は、一般的な高校生とは少し違う「ソニー体験」をしてることも付け加えておきます。ラジオ好き、音楽好きの僕は、高校生に入学すると、放送部に入りました。うちの高校の放送部は、お昼休みに音楽を流す、というルーチンもありましたが、ラジオ番組を制作して、放送コンクールに出し、優秀な成績を修めていました。僕達は高校1年生のときに、ニッポン放送主催の放送コンクールに30秒のラジオCMを制作して応募した所、奨励賞を頂きました。そのおかげで僕は表彰式に参加するため、広島から東京に初めて行き、中野サンプラザで行われた表彰式に出席しました。また高校3年生の時にはNHK放送コンクールのラジオ番組部門で広島県大会に優勝し、NHKホールで行われる全国大会に出場する機会を得ました。結果は全国4位となり、嬉しいような悔しいような青春の一ページを刻むことが出来ました。そんな放送番組を制作する中で愛用していたのが、ソニーの「デンスケ」です。

僕のもう一つのソニー体験はこの「デンスケ」です。

ソニーのHPより「TC-D5PRO2」

デンスケを知る方、あるいはデンスケを触ったことがある方は限られるのではないでしょうか。デンスケは、ポータブル録音機であり、今でいうICレコーダのようなものです。僕たちが愛用していたのはコンパクトカセット用の「カセットデンスケ」でしたが、放送部の部室には「オープンデンスケ」もありました。「オープンデンスケ」はオープンリールテープのポータブル録音機です。ポータブルといってもかなり大きく、持ち運ぶのは大変だっと思います。「カセットデンスケ」が登場した時はさぞかし画期的だったことでしょう。
 ラジオ番組を作るために様々な人に取材に行くのですが、「デンスケ」は無くてなならない相棒でした。番組制作では、デンスケで録音してきた音源をオープンリールテープにダビングして、アナウンスや音楽などをミキサーでミックスし、テープを専用のカッターで切ったり、専用のスプライシングテープでつなげたりして編集するのです。

 以上が僕の学生時代のソニー体験でした。振り返ってみると、とてもアナログな時代のアナログな体験でした。皆様のソニー体験についても是非教えてください。

Merry Christmas!
2024年12月8日

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 ブリランテ国際特許事務所では、スタートアップ、ベンチャー、中小企業の知的財産に関する支援を行っています。知的財産について気になることがありましたらお気軽にご連絡ください。なお現在は打合せの際にデンスケは使っていませんが、ソニーのICレコーダを使っています。弁理士としての僕の相棒です。

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