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ダンスマカブル2次創作 外伝「ロイエ隊長の選択」


人生は選択の連続だ。
一体、いつから選択し続けているのだろうか…


少なくともロイエ隊長には自身の記憶にも無い選択が1歳の誕生日に行われていた。俗に言う「選び取り」だ。生活用品を幼子の前に並べ、最初に手にした物から将来を占う。幼いロイエは迷わずオモチャの剣を取った。

それは、代々ユニティオーダーの隊員を務めるロイエの家族を大いに喜ばせることとなり、ロイエには武術や射撃と言った、あらゆる武芸の英才教育が施された。もし何かしらの功績を上げることが出来れば、出自を重んじ階級社会を是とするアーク社会の中で、唯一高みを目指せる道となる。


天空に位置するアークは煌びやかな見た目通り、そこで生まれた者に何不自由無い生活を保障する。しかし、一方で出自による階級社会があった。
ナーブ教会に近しい家柄であれば、4年に一度の祝祭でしかお目見えしない天子の側に仕え破格の地位が与えられて一生特権階級でいられる。しかし、そうで無い者は、特権階級の駒でしかない。

そこから脱するには他人より秀でる何かを持たなければならない。軍人として育てられたロイエには、何かしらの手柄を上げ名を上げることが生まれながらに課せられていた。


画してロイエは、15歳を迎える頃、何の迷いもないまま最前線の戦場「地上」へ行く道を選択した。そこは、誰からも見放され荒廃した世界。およそアークとはかけ離れた場所。それが、地上だった。


奇跡を起こす天子がいることでアークの社会は安定し、働かずしてエネルギーも食料も豊富に与えられる。それは当たり前であり、アークの民は疑問に思ったこともない。
地上に住む人々は、そのアークに歯向い暴力に訴えるだけの害虫であり、ユニティオーダーは彼らからアークを守るのが勤めだと教えられて来た。


その通り地上の民は、僅かな資源や食糧を奪い合い、争いが絶えず、あまつさえ、アークへ反抗心を見せる。愚かな俗物でしか無い。アークに住む誰もが、そう信じていた。ロイエも地上の姿を実際に目にするまで同じように思っていた。


しかし、地上はアークより遥かに広大だった。それなのに、どこまで行っても荒れ果て飲み水を確保するのも難しい。ユニティオーダーの地上前線基地には、アークから豊富に物資が送られて来るから困ることはないが、逆に現地で調達することは至難の業だった。そんな地上を生きる過酷さにロイエは愕然とした。


若いロイエの活躍は目覚ましく、2年ほどで数人編成の小隊を任されるまでになった。だが、戦場の最前線で小隊長と呼ばれるようになっても、アークに戻れば、ただの隊員に過ぎず、既に退役していた父も、アーク以外の世界を知らない母も、もっと上へ…と要求した。

小隊の若い隊員達も同じ境遇だった。
何か功績を上げ家族やアークの民に認められようと焦った。
その為、荒事を好み、無意味な争いに首を突っ込む隊員も多い。考えの浅い者には手っ取り早く功績を上げる道に思うのだろう。

一方のアークの民も、特にナーブ教会の幹部に至ってはユニティオーダーの隊員など持ち駒の1つにしか過ぎず、捨て身で歯向かう地上民との戦いが、どれほど凄惨であっても、一滴の汗も流さないアークの民にとっては知らぬ話。現実を知らないまま、知ろうともしない。むしろ、戦う者達を野蛮だと格下に見続けた。


最前線の隊員達は、その鬱憤を晴らすかのように地上の民を虫ケラと呼び、相手は虫ケラなのだから、どのような扱いをしたって良い。そう信じている者が多かった。

だが、虫ケラと蔑む相手にも凄腕はいる。
黒縄夜行と呼ばれる一団などは、少数精鋭で、経験の浅い隊員では歯が立たないこともある。そうして命を落とす者がいたとしても、その死は秘匿された。
虫ケラに負けた…などと言う事実があってはならないのだ。


そんな空虚な日々を過ごす内に、いつしかロイエの中で疑問が生まれた。
一体、自分は何と戦っているのだろうか…?

アークの民は何も生み出さない。名誉市民ですら、浪費し享楽し、ただ怠惰に過ごして、その恩恵を与える奇跡の天子を讃えるだけ。それなのに、我々への目は冷たい。地上の虫ケラに勝つのは当然で、負けることなどあるはずも無いと信じている。
そんな彼らを守る意味があるのか…
彼らは命を賭して守るに与うる者達なのか…

かたや地上の民は、荒廃した土地で、とにかく日々を生きることに必死だ。
ロクな武器も無い中、彼らは何の為に、我々に抵抗しているのだろうか…
彼らは、本当に単なる虫ケラに過ぎないのか?

戦いの中で芽生えた疑問は日に日に大きくなって行く…
地上の民も、傷付けば血を流す。必死で何かを叫びながら抵抗する身体はやせ細り、一部を除けば大多数の者は力もない。

地上の民は、この荒廃した土地で何の為に生きているのか…
いや、そもそも、自らの手で何も生み出さないアークの民は生きていると言えるのか…
ロイエの心に巣喰った澱みは暗く重く沈みながら広がって行った。



ユニティオーダーの小隊は地上とアークを数ヶ月交代で任務に就く。
地上からアーク勤務に移る数日は非番となるが、大抵は何もない地上にいるより一刻も早くアークに帰りたい者が多い為、小隊のほぼ全員が同じ天上行きエレベーターに乗り合わせて帰ることになる。しかし、最近のロイエは違った。

「小隊長殿、今日も一緒に乗られないのですか?」
乗り込もうとしていた隊員の1人に声掛けられたロイエは
「ああ、いつも通り中隊長に引き継ぎ報告をしてから戻る。先に帰ってくれて構わない。良い休日を。」と爽やかな笑顔を見せて手を振った。


エレベーターの扉が閉まるのを見届けてから、ロイエは上官である中隊長を訪ねた。
中隊長は日和見主義で、その日を安穏と過ごせれば良いと言う風情で、ロイエの引継ぎ報告にも生返事だった。噂では過去に大きな失敗をし、クビは免れたが出世の道も無いらしい。ロイエにとっては尊敬に値しない人物だ。こんな風にだけはなるまい…と内心溜息を吐いた。


中隊長の部屋を後にしてから、ロイエはユニティーオーダーの制服から地上で調達した服に着替え、基地を後にした。

初めは単なる好奇心だった。
地上の民が、実際どんな暮らしをしているのか見てみたいと思った。
ユニティーオーダーの軍規に、休暇を地上で過ごすことを禁ずる項目は無い。そんな粋狂な考えをする隊員など今まで居なかっただけだが、それを逆手に取った。

しかし、慣れぬ内はアーク製の自分の服装が、地上民の手に入れられない高級品で作られていることにすら気付いていなかった。
似たようなデザインを選んだつもりだったが、目利きが見れば素材の違いなど、すぐに気がつく。しかも無防備で1人歩くロイエは、すぐ盗賊団に目をつけられた。百戦錬磨のユニティーオーダー小隊長と言えども、護身用の小銃1つしか持っていない状態では数で圧倒する盗賊団に苦戦を強いられた。

追い詰められ、いよいよ…と絶体絶命に陥ったその時、窮地を救ってくれた人が居た。
それが長い黒髪とシルバースカイの瞳を持つリオンだった。


リオンは小さな集落を治めるリーダーだったが、ロイエから話さなければ、それ以上の余計な詮索はしなかった。けして豊かではない土地だが、栽培出来る作物を試行錯誤し、他者から略奪することより自活する道を選ぶ…そんな人柄だった。

しかし、それは過酷で挫折の日々だったに違いない。
リオンにはシャオと言う幼い子どもがいたが、その母親は過酷な環境の中での出産を乗り越えられず命を落としていた。
「せめて、薬が充分にあったなら…いや、少なくとも食べるものだけでも確保出来ていたなら死なずに済んだかも知れない。そう思ったから作物を育てる道を選んだんだ。今は難しくてもシャオが大人になる頃にお腹いっぱい食べられる世界が広がっていたら幸せじゃないか?」リオンは、そう言って笑った。
穏やかな表情で、あまり感情を表に出さないが、芯の強さは窺い知れた。

空虚な日々を送っていたロイエには、それが崇高で美しく見えた。
自分にも、何か役立てないか…と、それから、休暇の度にリオンのいる集落に行き、栽培の手伝いをするようになった。
参考になれば…と思いアークの作物栽培の方法も調べてみた。
しかし、耕す土地を持たない天空都市のアークが、どうやって食糧を得ているのか、飲み水の出所ですらハッキリしない。核心に触れる部分になるとロイエの階級では閲覧することも叶わず、ますますロイエの疑念が深まって行った。

反対に、虫ケラだと思っていた地上民は、確かに人であり、その人たちにも営みがあることを実感した。何よりロイエにとって衝撃だったのは、子どもが大きな声で泣いたり笑ったりしている姿だった。

アークは、特に赤ん坊の泣き声を嫌悪する。
まるで不吉な災いが降って来るかのように忌み嫌う。
その為、子どももある程度分別が付き、聞き分け出来るようになるまでは、表に出されない。ロイエも、あまり子どもを見たことが無かったし、自身が屋敷の外へ出られるようになったのも、10才を過ぎてからだった。


しかし、ここでは幼い子ども達が屈託なく笑い泣き遊ぶ。
劣悪な栄養状態の為、老人や子どもの数が少なく、両親揃っていることも少ない。それだけに、集落の子ども全員を守るように等しく大事に育んでいた。


中でもリオンとシャオの父子が接している姿は、まるでナーブ教会に飾られた絵のように美しく見えた。
子どもは、親と言えども、まるで自分の所有物のように躾け自分の地位向上の道具にする…そんなものだと思っていたロイエには、両親が自身を抱きしめてくれた記憶がない。でも、リオンはシャオを慈しみ愛情深い笑顔を向け、時に抱きしめる。そうして愛情深く育てているリオンの姿はロイエにとって眩しく見えた。そして、この父子を心底守りたいと願うようになった。



「これは?」
その小さな箱のようなものを渡されて、リオンが不思議そうに聞いた。
「収穫も近い。横取りしようとする輩も現れるかも知れないからお守りだ。」
ロイエが、ぶっきらぼうに答える。
「お守り?」
「いざとなったら、そのボタンを押して。通信装置になってるから、すぐ僕に連絡がつく。」
「へぇ、便利なものがあるんだな」
リオンは、そう言って、しげしげと眺め、
「心配してくれて、ありがとう。でも、備えはしてあるから大丈夫だよ。」
と返そうとした。それをロイエが強引に渡し「いいか、何かあったら、遠慮せずに呼んでくれ」と念を押しながらリオンの手に通信機を握らせた。


実のところ、隊の備品を部外者、それも地上民に渡すなど軍規違反だ。
それほど、ロイエは守りたかった。リオンもシャオも、そして、この集落も…


しかし、その幕切れは、あまりに呆気なく訪れた。

一報は、まだ空が明けきれていない早朝
ロイエの駐在する前線基地に近い集落で大規模な爆撃があったと知らされた。
基地内では、また地上民同士の小競り合いか…と呑気な反応だったが、ロイエは嫌な予感がしリオンに持たせた通信機を呼び出してみたが雑音だけで応答がない。
しかし、リオンの持っている通信機の電源が入っていることは確認出来た。

ますます不安に駆られ、攻撃を受けた集落の調査をかって出た。
やる気のない中隊長には「随分と物好きな…」と怪訝な顔をされたが、小隊の出動が許された。


だが、行ってみると小隊1つで手に負えるような規模ではなかった。
収穫物を狙っただけなら、これほどの被害にはならなかったのかも知れない。
リオンの集落には爆弾に精通している人物もおり、リオン自身も戦闘能力が高い人物だった。その為、最初から集落ごと潰して強奪する目的で襲撃されていた。


幸い作動し続けている通信機の位置情報を頼りに瓦礫をかき分け、やっとの思いでリオンを見つけ出した時、リオンはシャオを抱いたまま気を失っていた。外傷も酷かったが、シャオの方は見たところ大きなケガは無さそうで、ロイエに気付いて大きな声で泣き出した。
その泣き声にリオンが僅かに反応した。

「リオン!リオン!!」とロイエが呼びかけると、薄く目を開け「やぁ…ロイエ…」と、いつものように笑いかけようとした。
「今、応援を呼んでいる。もう少しで助けが来るから」と言うロイエに
「やっぱり…ユニティー…オーダーだったんだね…制服、かっこいい…じゃないか」と、いつものような軽口を叩いてから
「頼みが…あるんだ…」と抱えたシャオを差し出した。
ロイエは戸惑いながらもシャオを受け取り「大丈夫だ。この子は、必ず守る。」と右手でシャオを抱え左手でリオンの手を握った。リオンも望みを託すようにロイエの左手を両手で包んで握り返したその時、リオンの目が見開いて、ロイエを突き飛ばした。と同時に大きな爆発が起きた。


後のことを、ロイエは覚えていない。
気がついた時には、前線基地内にある救護所のベットの上だった。
ロイエの背後に居た敵の攻撃から、リオンは身を挺して守ってくれたようだった。
リオンは、爆風でロイエの左手と共に散った。ロイエの方は気を失いながらも右手に抱えていたシャオを守っていたと言う。数日、生死を彷徨っていたが、何とか一命を取り留めた。

その間、子どもの扱いに慣れておらず泣き声を嫌うユニティーオーダーの面々は、ロイエが守り切った子どもを勝手に処置する訳にも行かず、ロイエの部下が交代で面倒を見てくれていた。おかげで、ロイエが目覚めた時、シャオは安心したようにロイエの側で眠っていた。


回復後、アークに戻ったロイエは周囲の反対も聞き入れずにシャオを引き取った。それはユニティーオーダーの出世を断念しアークでの未来を諦めることを意味した。当然、両親や親戚から縁を切られるほどのことだったが、ユニティーオーダーを辞することは免れた。ただし一生中間管理職で安穏と暮らすだけとなったが、おかげでシャオと一緒に暮らして行けた。

出来るだけシャオを守りお腹いっぱい食べさせてやれるよう、そんな未来になる方をロイエは選択したのだった。


【エピローグ】


「へえ、あれから10数年経つのに、まだ、あの爆撃を受けたままで放置されていたんだな。」
メガネの青年が、荒廃するに任せた砂まみれの土地を眺め、半ば呆れたように溜め息を吐きながら銀髪の青年に話しかけた。

「本気で、ここを拠点にするのか?リーベル」

「ああ、リオンさんが命を賭けて、誰かから奪うのではなく育てようとしていた場所だからな。そうやって、オレ達のことも育ててくれた。」

そう言って銀髪の青年リーベルは腰を落とし愛おしそうに大地へ手を置いた。

「オレの親父も、すっかり傾倒して爆弾使いだったくせに作物を育てるようになってたもんな…」

「でも、クウラの親父さんが、昔取った杵柄で守ってくれたから、オレ達も助かったんだ。」

「その場所で、まさか、自分達の活動拠点を作る日が来るとはなぁ〜。で、拠点の名前は、どうするんだ?」

「それは、もう決めている…」


リーベルは、土を一掴みして立ち上がりクウラの方を振り返って言った。

「『リベリオン』だ。」

FIN

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