長野市の思い出③:謎の店「ロマネスク」

 2016年に長野に移住したとき、私は妻(当時はまだ結婚していなかったが)と一緒に暮らしていたのだが、2年後に妻が東京に転勤となった。私はしばらくの間、長野で暮らすことになった。二人で暮らしていた家は、一人暮らしには家賃も高いし広すぎるので、長野市居町にあるアパートに引っ越した。かなり久しぶりの一人暮らしに正直かなりテンションがあがっていた。
 居町から歩いて10分ほどのところに、権堂という長野市内最大の(?)繁華街がある。アーケードのかかった商店街があり、聞くところによると昔はかなり人通りがあったようなのだが、私がいるときにはすでに中心部は長野駅前に移っていた。私は商店街の中にあった一軒の飲み屋に毎週、しかも金土のほぼ2日通っていたのだが、店から商店街を眺めても、人通りはまばらなことが多かった。

 そんなアーケード街と、居町との間に、かつて遊郭のあった地区がある。鶴賀新地と呼ばれていた場所であり、現在はもちろん遊郭はない。古い飲み屋や、喫茶店、パン屋、スナックなどが並んでいた。

 毎週、先述のアーケード街の飲み屋でそれなりの量(ハイボールをジョッキで3杯くらい)を飲んだ後、たまに旧鶴賀新地にある店にフラフラと飛び込んでいた。素面で入るにはハードルの高そうな店が多かったので、寄った勢いにまかせていたのだ。
 結果、いろいろなことがあったのだが、今回は今はすでに別の店になってしまっている「ロマネスク」という店のことを書きたいと思う。

ロマネスク

 最新のストリートビューだと別の名前の看板が出ているのだが、なぜか検索すると昔のままの写真が出てくるので、以下にリンクを貼っておく。

 この店は謎の店であった。というのも、なんの店なのか情報が全然なかったからである。営業時間も書いていないし、メニューが書かれた看板もない。先に、商店街に飲みに行っていたと書いたが、商店街には当時イトーヨーカ堂があり、また、現在も存続している映画館もあったので、休日の昼間もよくこの店の前を通っていた。
 最初、私は外見からこの店は喫茶店だと思っていたのだが、昼間に前を通っても開いているのを見たことがなかった。加えて、見かけてからしばらく、夕方に通っても開いておらず、夜も開いていなかったので、閉店しているのか、私と相性がわるいのかもとも思っていた。旧鶴賀新地の並びには、そのような店がいくつかあった。

 そんな店だったが、私が権堂通いを初めてから数カ月後の夜、店内に明かりが点っている日があった。あったのだが、金欠だったので入店できなかった。当時の私は給料の殆どを週末の飲みと、月1回の東京参りにつかっていて、しゃれにならないくらいお金がなかった(この時期、親がなにかのためにとしてくれていた、ゆうちょの定期預金も解約したぐらいである。解約した結果、給料日前日の口座残高はなんとか4桁円だった……)。そんなわけで、次の給料日が到来した週末、私はこの店を訪れることにした。

 その日はアーケード街の店を2軒はしごして、しこたま酔ってはいたが、しばらく店の前をうろうろしたことを覚えている。
 店の中は喫茶店ともスナックとも、どちらにも取れるような感じだった。カウンター席と、多分ボックス席が3席くらい。思えば、小さなスナックと喫茶店の店の作りは似ている気がする。作りが似ていると、見分け方はコーヒー関係の道具が置いてあるか、キープボトルがあるかだと思うが、そのどちらもなかった気がする(酔っていたのであまり覚えていない)。とにかく、喫茶店のようなスナックのような内観だったと思う。
 カウンターの中には50代後半くらいのママ(としておく)がいた。以前、近くのスナックで一見だと断られたこともあったので、断って欲しさ半分、断られないで欲しさ半分で「1人なんですけど」みたいなことを言ったら普通にカウンター席に座れた。

 飲み物は鏡月、特に説明はなかったが、会計は3,000円前後でいわゆるスナックのセット料金と同じだと思われる。誰も客がいなかったので、ママに色々と話しを聞いた。
 元々は長野市の隣の千曲市に住んでいて、旦那さんと離婚したか喧嘩したかだという話だった。なぜここの店なのかも聞いた気がするが、肝心なこの話は忘れてしまった。
 忘れたのは酔っていたせいもあるが、つまみ(スナックの語源ともなった軽食)が少々ぶっ飛んでいたからだ。
 まず、焼き鳥。スナックといえば乾き物や、ちょっとした煮物だと思っていたのだが、随分本格的な炭火焼きの焼き鳥が出てきたので驚いたのだが、聞いたところによると斜め向かいにある焼き鳥屋から購入したとのことだった。結構原価がかかっているなと思いながら食べていたら、ママが衝撃の一言を発した。「2日前に買ったけど大丈夫でしょう?」。
 いや、大丈夫だと思うけど、先に言うてくれよ、食べるけど。どうりで肉はパサパサだし、玉ねぎはしんなりしていた。正直ちょっとひいたけど、この時点でお酒のせいもあったけど、かなり楽しくなっていたので、むしろ楽しもうという気分になっていた。
 次に出てきたのが「炊き込みご飯」。焼酎に炊き込みごはんというのもなんかアレだが、結構美味しかったのでもそもそ食べていたが、これは3日前のだった。「まだ大丈夫?」と聞かれたが、それは私の関与するところではない。どうりでやや粘っこいわけだ。

 そうこうしているうちにぼちぼち酔いもだいぶ回ってきたので買えることにした。お会計を告げると、なぜか茹でたスパゲッティをくれた。あまりに衝撃的だったので、当時facebookに投稿した画像が以下。

 袋に直に入れた食品を見たのは、数年前に台湾旅行の際に屋台の餃子屋で餃子を買った時以来だった。ちなみに味付けはなかった。この写真がなければ、上記の出来事は夢だったと思っていたかもしれない。

 その後、私はこの店を再訪することはなかった。なんとなく行きそびれてしまった。もう一度行きたいかと言われると悩むところだが、もういい気もするし、また行きたいかもしれない。

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