青森の先っぽで死ぬかと思った話
もう随分と前のことになる。2016年夏、車中泊込みでの東北一周を画策した私は、その日、本州最北端である大間崎を目指していた。
恐山
大間崎を目指すにあたり、恐山に立ち寄ることにした。事前に深くは知らなかったが、霊場であること、水子供養がされていること、ぐらいは知っていた。
境内から40分ぐらい、見て回っただろうか。寂しくもあり、美しくもある場所だったと記憶している。とはいえ気分の盛り上がるようなところではなく、ただただ静かに見て回った。
大間崎へ
随分と落ち着いたというか、落ち込んだというか、ダウナーな気分になってしまったが、旅の最終目標を目の前に気持ちを奮い立たせた。
午3時を過ぎたぐらいだっただろうか。Googlemapで大間崎を行き先に設定し、旅の集大成へ車を走らせた。しばらく行くと、T字路が現れた記憶がある。右に行くか、左に行くか。ナビは右を指していた。
あくまでパッと見は左の方が整備された道感があったような気がするが、このあたりはまだそこまで道を意識していなかったために記憶が曖昧である。ただ右に曲がったことと、ナビに従い続けた結果どんどんと自然に近づいて行ったことは確かだ。
10分近く走ったところで、既に砂利道に草がタイヤの跡を除き茂っている。しかし私はナビを信じ、進めることをやめなかった。
さらに5分ほど進んだだろうか、細いが2mに届こうかという木が道に倒れこんでいるのを見た。わざわざ車から降りて退けたぐらいだ。今思えばここが最後の分岐点だった。
午後3時を過ぎている、というのははっきり言って大間崎へ向かうには時間も遅い。疲れも溜まっていたのだろう、判断力の鈍っていた私は引き返すことのロスを嫌った。今なら安全安心を選ぶだろう。この時の経験があるから。
違和感はあった。間違いなくあった。普通に考えれば、車がまともに通る道が砂利道で、しかも木が倒れているなんてことはあり得ないし、『おかしいぞ』とは思ったのである。
しかし当時の私は前述の疲れもあったし、田舎道であんまり人も通らないからこんなこともあるのかな、と半ば無理矢理に自分を納得させてしまった。
時としてナビよりも、自分の直感を優先すべき時がある。
続く一本道
木を退けてから10分ほど走り、私の後悔は増すばかりだった。茂みも深くなり、轍は車一台分、即ち一台しか通れない道である。向かいから来た車とすれ違うことなどできやしない。それこそ木を退けた場所までバックで戻る必要があるほどに道幅が無い。次第に向かいから車が来ないことを祈るようになった。
さらに10分ほど走る頃には、隣に川の流れる音が聞こえ出した。2つ隣には川があり、1つ隣は崖である。軽自動車がやっと一台通れるような道で、崖を間近に走るのは後にも先にもこの時だけだろう。
電波はとうに繋がらない。既に夕方も近くなり、ただでさえ鬱蒼として暗い森の中である。『落ちたら死ぬ』この時初めてそう思ったし、対向車が来てこんな道を何十分もバックするなんて考えたくもなかった。
さらに道の上には人の頭ほどはある岩がゴロゴロしている。パンクを恐れて速度を落とした。こんなところでパンクしたらリカバリーできない。車のトラブルがあれば立ち往生、下手したら夜を明かすことさえ考えなければならない。確実に熊ちゃんがいる地域である。私は食料を持っていないが、代わりに彼らの食料にはなれる。
私にできるのは対向車が来ないこと、パンクしないこと、崖に落ちないこと、熊が出ないことをただただ祈りながらゆっくりと車を前に進めること、そして後悔し続けることだけだった。
電波が途切れて30分?は走っただろうか。あの時ほど、ナビを何度も見て人里までの距離を確認した事はない。ようやくコンクリートらしき道が見えたあの安堵感を、私の筆力では伝えることができない。
風間浦村
今あの時騙されたGooglemapを開いているが、確か風間浦村に出たはずである。村の名前は覚えがある。方角からして、私が走ったのは易国間川か、その一つ西の目滝という滝を擁する川なのだと思う。今のGoogle mapではルートに現れない道であり、map上ではどちらの川も途中で道が途切れてしまっている。
村に辿り着き、あまりの安心感と事前の恐怖から、私は珍しくもご当地の方に声をかけた。普段の旅ではあり得ない行為である。運転席の窓を開け、『この先に行けば大間崎ですか?』と、ナビで知っているのに質問した。人と会話することで、ちゃんと安全な場所に戻ってこれたことを確かめたかった。
子供を連れたその女性はやや不審がりながらも答えてくれた。『そうです。この先を出て。…え、こちらの道から来たんですか?こちらは何年も前から通行止めになってるはずですけど…』
その言葉でまた少し恐怖を思い出してしまった私は空元気でその女性に礼を伝え、今度こそ大間崎へとアクセルを踏み出した。結局パンクを恐れてスピードも出せず、予定を大きく遅れはしたが、陽が沈む前に本州最北端の地へたどり着いた。
やや曇り気味の空であったが、それでも北海道を望むことができ、旅の目的を果たすことができた。そして思った。『北海道に行きたい、走りたい』と。
この想いは数年の後に成就することになるが、それはまた別の機会に。
これが本格的に私が車中泊で長旅を始めた2016年の出来事である。そして残った教訓は、『不安を抱えながら急ぐより、安心して走れる道を往け』である。