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潮の流れのように #百人百色

三羽 烏さんの企画に参加させて頂きます。
愛しの烏さん、よろしくお願いいたします。

46番 ゆらのとを渡る舟人かぢを絶え行くへも知らぬ恋の道かな
   
(新古今集 恋 1071)曾禰好忠

(解釈)由良の海峡、川と海が入り混じる河口。潮の流れがとても速く、舟の扱いに慣れた船頭でさえ流れに逆らえず、櫂を失ってしまう。複雑な流れの中、枯れ落ちた花びらのように翻弄されただ流れに任せるしかない。
 この恋も全く同じで、この先どうなるのかわからぬ恋の道よ。

 平安時代の中頃、京の都から少し離れた由良川の河口の町「端午」があった。「端午」は漁業と内陸水運で栄えた町で、そこを治めるのは下級官人の蘇根義只(そねよしただ)で、町の人たちからは誠実で勤勉な官人として親しまれていた。
 彼は今まで自分をこの世の誰とも比べたりはしてこなかった。下級官人の身分を恨んだり、都へのぼる他の官人たちを妬むこともしなかった。
 しかし、今の彼の心の中には満たされぬものが芽生え始めていた。それは、ひとりの美しい女性への憧れにも似た思いだ。
 その女性の名は菖蒲姫(あやめひめ)といった。
 義只が菖蒲姫と出会ったのは、都の歌会に呼ばれた時であった。義只は菖蒲姫の、その優雅で清らかな姿が脳裏に焼き付いてしまった。
「私は菖蒲姫、貴女に出会うまで自分を惨めで無力だと感じたことはありまでんでした」
 と義只が言えば、すぐさま菖蒲姫は答えてくれた。
「そのようなお考えはよくありませんわ。其方には、とても素晴らしい歌を詠む才能が備わっているではありませんか」

 菖蒲姫が笑えば、都中が笑うとまで言われた眉目麗しい姫君。
 義只は自分に向けられた言葉と微笑みの真意がわからぬまま、彼は菖蒲姫へ、どんどんと惹かれていった。

 その後、何か月も義只は歌会に呼ばれなくなり、菖蒲姫と再開する機会を得られずにいた。それでも、彼の心の中の菖蒲姫は消え去ることはできなかった。

 潮の流れが速い由良川の河口に、一隻の小舟が浮かんでいる。
 先ほどから、前にも後ろにも進んではいないようだ。おそらくは由良川独特の波の乱れに手をとられ、櫂を失ってしまったのだろう。
 まるで、明日のわが身をみているようだ。
 恋をして理性がきかなくなってしまった。
 今あそこで櫂を失い、前にも後ろにも行けない船頭のようだ。

 由良川の速い流れに翻弄されながらも、この変化に身をゆだねるしかないのどろうか。神に祈ったところで、どうしようもないこともわかっている。
 貴女の気持ちが変わってしまわないでいて欲しいと願うことのように馬鹿げているのだ。
 けれど、恋といものは成就させてこそ本物なのだろう。
 恋は潮の流れのようなものであり、自らでは前にも後ろにも舵を取らせてはもらえない。
 だからであろうか、櫂を失ってしまった由良川に漂流している小舟のようにせつなくて不安になるだろう。
 結局、この流れのまま貴女の元へと流れつくのを待っているしか、ないということだ。


 
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緋海書房/ヤバ猫
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