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月見草の便箋で #シロクマ文芸部

   手紙には、悲しい知らせが綴られていた。

   一週間がむしゃらに働いて、やっとの週末。少し寝坊してしまったと感じながら、キッチンへ向かう。
   冷蔵庫の横にあるテーブルに、履歴書を入れるような縦長の白い封筒が置かれていた。早朝のバイトにでかける前に、息子がポストを覗いてくれていたのだろう。高校最後の夏休みぐらい、思い切り楽しめばいいものをと思いながら、親としての不甲斐なさを見せつけられていた。

 封筒を手に取り、差し出し人を確認する。
 平沢洋介。既視感のある名前。

 数年前に出ていった婚家の苗字。
 
 変な胸騒ぎを覚えながら、封をきる。

 封筒を開けると、きれいに折りたたまれた薄いピンク色の便箋が見えた。
ゆっくりと引き出して、テーブルの上で広げてみる。

 便箋の下欄に全体の色よりも、やや濃い目の花の絵が目に飛び込んできた。
「洋介さんのセンスじゃないな」
 と、一人つぶやきながら、手紙を読むのをためらう。

 何度か引っ越しているので、義弟が今の住所を調べたということは、悪い知らせが書いてあるはずだから。人は、離れていった者に対して、いい知らせは送ることはまれだろう。知らせるのは、傍にいなかった報いだと思わせるために、阿漕あこぎな真似をする。

 手紙には、拝啓でも前略でもなく、いきなり本題が書かれていた。

『兄が、今年の1月に永眠いたしました。45の誕生日を迎えることなく、あっけなく逝ってしまいました。最後まで維月いつきに会いたがっていました』

「よく言うわ。そっちから会えないように仕向けたくせに」
 
 私は、息子維月が2歳の誕生日を迎える前に、平沢家を出た。
親権争いと離婚裁判を起こすと手紙が来た。
 手紙には、維月は渡さないし、勝てるわけがないと書かれていた。
「裏切ったのは、彼なのに」
 手紙を見て、涙が止まらなかった。
 それは、敗北感からくる悔し涙だったのか。今でもわからない。

 何もいらない。
 ただ、この子と生きていければ、敗北感なんてどうでもいい。

 裁判に勝ったけれど、ずっと敗北感はつきまとった。
「お母さん。今日ね、お父さんの車に乗ったら、僕が欲しかったライダーの超合金が椅子の下に転がってたんだ。お父さんのうちにも男の子がいるね」
 と、息子の言葉を聞いて、なぜ私は、維月を連れてきてよかったのかと自問自答した。

それでも、私たち親子は懸命に生きている。

手紙には、何と返事を書こう。

月見草の花の便箋を買ってきた。

『来週、維月とともに、お線香をあげに伺います』

                              了


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緋海書房/ヤバ猫
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