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春風に舞う言霊 #青ブラ文学部
冷たい春先の強い風が、君の言葉を飛ばしていった。
すぐそばにいるのに、僕に届く前にどこかへ消えてしまった。飛び去る前に、僕は君の言葉を受けとめることができなかった。
本当は、こんな気持ちになるのは君の方だった。いつも僕は、心の奥底にしまい込んでいる気持ちを、君に言葉として送り出すことができないでいた。今みたいに風に吹き飛ばされてしまいそうで、怖くて飲み込んでしまっていた。その行為が、どんなにか君を傷つけていたのかも、わからずに。
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君の言葉を失って、僕は路頭に迷う野犬のようだ。飛ばされてしまった言葉を必死に探し回る。風が向かう方向に、彷徨い探し続ける。街路樹に引っかかっているのではないかと見上げる。電線に絡まっているのかもしれない。赤信号に張り付いているかもしれない。そんな思いを抱きながら探し回る。バラバラに飛び散ってしまった言葉をひとつひとつ集め直さなければ、君が僕へ伝えようとした想いが消滅してしまう。
マンションの建設用地の囲いの中を覗いてみる。広い敷地の雑草にクルクルと渦を巻いて舞い上がる君色の言魂。すぐそこにあるのに、手が届かない。
更地の上を、冷たく強い風が吹き抜ける。乾いた壌土の上に散り落ちる君色した言魂。再び、飛び去らないように、そっと近づく。
そして、僕は君の言魂を懸命にかき集めた。集めた言葉の欠片を何個かの塊にしていき、君が放して僕に伝えようとした言葉を形にしてく。
とても困難で、時間のかかる作業だが、今の僕にはこうすることしかできない。まるで、謎の暗号を解読するような作業だった。
〈といてまうなあ〉
何を解いてしまうんだ?
〈まるきたついいは〉
丸、北、津、いい?
〈なとあてあしひ〉
何と私、足、火?
〈がわいこてらた〉
蛾が湧いて来られた?
〈いしであたあたい〉
石で頭を叩くって、言うのか?
〈しいでいでたき〉
死んで欲しいってことか?
〈しをまあうをよいた〉
死間に、会えば良い、と?
〈いなたわはた〉
いなくなって、私は楽しいってか?
言魂のパズル合わせをしていると、いかに自分の心が荒んでいたのか理解できた。
こんな状態のままだから、君は僕から離れようとしたんだね。ようやくわかったよ。でも、どうしても、君はあの横断歩道の前で最初に発した言葉を見つけることができなかった。これでは、パズルは完成させられないかもしれない。けれど、この中で、何とか君が伝えようとした言葉を繋ぎわせてみるよ。
「ひとつ聞いていい?」
これは君が放す2つ目の言葉。
「あなたは、私を愛していた?」
これが、3つ目の言葉だと思う。
「私は、あなたを愛している」
これが、君が僕にくれた3つ目の言葉だと思う。だけど、なぜか過去形ではなくて、現在形になってしまう。
「また、出会うことができたなら」
これは、未来形。希望を持っていいと言うことかな。
そして、最後に僕が解いた君の言魂。
「また、ここで逢いましょう」
見つけることができなかった言魂を入れてしまったら、全く別の世界が広がってしまうのだろう。
今は、自分の行為を反省しつつ、言霊の持つ力を信じて君を待つ。
「颯、ここ」
君の声が、横断歩道の向こうから響いてくる。
「舞! 待たせて、ゴメン」
僕はたくさんの言魂パズルをポケットに忍ばせながら、君の元へ駆け寄った。
「どうしたの? また連絡してくれるなんて」
舞は優しい微笑みを僕に投げかけてくれた。
「どうしても、舞に伝えなくちゃいけない言葉があったから」
舞は僕の視線を捉え、少し困惑しているようだ。
「何?」
「ひとつ聞くよ」
舞は僕の瞳の奥をじっと見つめている。
「あの時、最初に何て言おうとしたんだい?」
「それを、ずっと考えていたの? この間」
そう言って、舞はクスっと笑った。
「その言魂だけが、見つからなかった」
「さようなら」
「え?」
僕は舞が発した5文字の言葉に身体が硬直した。
「そう言おうと思ったんだけど、やめて」
「やめて?」
舞は視線を落として、再び顔を上げ上目遣いで僕を見つめた。
彼女の頬がほんのりと桃色に染まって見えた。
「あいしてるって、言ったの」
舞が飛ばしてくれた言霊は、今度は上手く僕のところまで届いた。そして、今度は僕が舞に僕の言霊を飛ばす番だ。
「僕も、あいしてる」
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感情を言葉にしてしまうと軽く飛んで行ってしまいそうだし、お互いを想う気持ちは辞書に載っているような言葉では見つからないものだと思う。
けれども、言葉はいくつも重ね合わせ、言葉の魂として相手に飛ばし、言霊として発した言葉に力を与えなければいけないんだと、あらためて思った。
#青ブラ文学部 #見つからない言葉
今週も山根あきらさんの企画に参加させていただきます。
よろしくお願いいたします。
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