憧れと尊敬の咳払い #青ブラ文学部
「謦咳に接するような経験を持ちなさい」
演劇部の顧問が久々に部屋を覗き込んだと思ったら、開口一番小難しい言葉を述べた。
「けいがい?」
「せっするって、生きもの?」
部員たちが、ヒソヒソとしだす。
シナリオ担当の副部長である私が言葉を知らなくて、どうする。と、胸を張りたいところだった。が、初めて聞く言葉だった。
「はい、先生。練習風景を見て頂くのは大変ありがたいことなのですが」
「ん? 何だ田野」
と、高山先生が縁の太い眼鏡をさわりながら私に視線を集中させた。
「けいがいにせっするとは、何のことですか?」
私は、副部長の威厳も捨てて質問した。
高山先生は眼鏡の奥から黒く澄んだ瞳でじっと私を見続けている。
「尊敬する人と直接会って話を聞いて、多くを学び得ろということだ」
「ふぅ~ん、なるほど」
部長の中山くんが大きく頷いた。
「あれ、部長も知らなかったの?」
部室が笑い声であふれ返った。
「知らざる所に止まる。ということも学べ」
高山先生が続ける。
「田野のように知らないことを知らないと正直に言えることも必要だぞ、中山」
「はい」
返事をした中山部長の顔は真っ赤だった。
私には高山先生が言いうような直接会って話を聞きたいほど尊敬している人なんていない。
たくさんの文学書や演劇の本を読んだり、シナリオの指南書もたくさん読み漁った。もちろん、すごい人たちとは思う。思うけれど、誰一人として直接会ってまで話を聞いてみたいとは思わない。
まあ、大半の著作者は故人ではあるから。そして、それら参考書的な書籍類を教えてくれたのは、演劇部顧問である高山先生だ。
高山先生は大学時代、演劇サークルを主宰していて、シナリオから演出、主演まではるような、誰からも尊敬される学生演劇界のスーパーエリートだった。そんな高山先生も憧れの大学講師であり、自らも劇団を主宰していた教授に思い切りダメ出しをされたという。
「万人に受けようとして、嫌われないような作品ばかりが目立つ、人に認められるということには、様々な作品を出して嫌悪されることも重要だ。結果を求めるのはその先であり、長い時間を要する」
という言葉を頂いたそうだ。
高山先生は教授から直接頂いた言葉をよく噛みしめ、また文学の神髄から学び直そうと国語の教師になったという。
「田野、今度の講演会でやる演目は決まったのか?」
高山先生に、不意に話を振られた。
ネタ帳ならぬA4のノートを片手にズイズイと高山先生の鼻先までいった。
「何かヒントになる素敵な本はありませんか? 先生」
「田野、ち、近いよ」
「だって私。謦咳に接した記憶として、先生とお話ししたいので」
部室内が一瞬静まり返った。
「ああ、そうだよな」
と、他の部員たちも高山先生の前へと集まった。
了
#青ブラ文学部 #謦咳に接した記憶 #賑やかし帯
山根あきらさん、企画に参加させていただきます。
よろしくお願いいたします。