見出し画像

解夏の夜が明ける #シロクマ文芸部

 夏は夜が、少しづつ賑やかになってくる。
黄泉よみの国から、ひとり、また一人と地上へ舞い降りてくる御霊みたま
 今夜も、たくさんの星座をかいくぐって降りてくる。
この深い森の中、修行僧の暮らす安居あんごのようなところへ、毎年笑顔をふりまきながらフワリフワリと降りてくる。
 どこまでが、敷地なのかわからない。どこまでが、自分の世界なのかわからない。うっそうと茂った草木も何年と手が加えられていない景色。都会の喧騒から離れ、ここへ赴任した。
 いつしか森の住人として認められ、土として還るその日まで、ここに根をおろす。

「さあ、もうじき全ての御霊が集うわ」
「そんなところで、しけた面ぶらさげてんじゃねぞ」
 五月の立夏から降りてきている男女の御霊が、私に発破をかける。

「先生、ここに来て何年だい?」
 男性の御霊が私に訊ねた。
「え~、今年で五度目の夏を迎えましたかね」
「もう五年か」
 と言った男性の御霊の、黒くなっている鼻先がポロリと落ちた。
「ちょっと、乙女の前で失礼じゃない」
 そう言う女性の御霊の睫毛は、一本もない。
「乙女って、お前のことかい?」
「ちがうわよ。カンナ先生のこと」
「おっと、すまないね。あの世行ってから、歳や性別がわからなくなっちまったよ」
「大丈夫よ、鼻さん。私もここに来てから年齢や性別、気にしなくなったから」
 女性の御霊、通称睫毛さんがじっと私を見つめている。睫毛がない分、彼女の大きな黒い瞳がはっきりとわかる。
「それに、人の生死も、気にならなくなってしまったし」
「それって、問題ありよね」
「俺たちにとっちゃあ、ありがたいことだけどよ。この時期に迎え入れてくれる場所があるんだから」

 明日は七月十五日。麓から交代要員がやってくる。
 私の夏は終わる。
「今夜は思いきり楽しもうや、なあ、みんな」
「おう」
 と御霊たち叫ぶと、一斉に森の中へ光りとなって飛んでいく。
「カンナ先生も、こっちへ飛んでおいでよ」
「今、行きますよ」
 目をつぶると、身体がフワリと軽くなった。
 ドンドン軽く、ドンドン高く、舞い上がっていく。
 
 私の身体は森を抜け、雲をも抜けていく。
 安居のような森の医務室を上空から俯瞰する。

 私は、もうここにはいられない。
 助けてあげられなかったたくさんの御霊とともに、ここを去る。

「カンナ先生の意志を継ぎ、森の医務室を再建いたします」
 私は、この光景を上空で見ている。
「長かったね」
「これで安心して黄泉の国へ帰れるな」
 御霊たちが美しく整備された医務室周辺を飛びかっている。

「こんなところにホタルですか?」
 着任した医師たちが森の中を飛び交う光りを見つめている。
「これは、たくさんの御霊です」
 新任の室長が上空に飛んでいく光りを見送りながら言った。

「これでやっと、カンナ先生の解夏の夜が明けます」

 つぎの夏の夜は、どのような騒ぎになっているのだろう。

                     了


 
 



#シロクマ文芸部    #夏は夜
小牧幸助さん
企画に参加させていただきます。


サポートしてほしいニャ! 無職で色無し状態だニャ~ン😭