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浜簪の花が咲く #シロクマ文芸部
春と風が運んできたこの幸福を、二度と手放してはならい。そう誓ったあの日。僕は君を海へ連れ出した。
「自転車の二人乗りはダメよ」
と、君は相変わらず優等生的なことを僕に投げつける。
「盗んだバイクじゃないんだから、いいだろ」
僕は君の腕を掴んだ。
君は嘘が下手だった。表情は明らかに嬉しそうだった。
「寒くないか?」
僕は君に抱きついて欲しくて、たずねた。
「風が強いから、ちょっとだけ」
「風除けになるから、もっとくっつけよ」
僕らは、海へ続く街道を走った。
君を乗せた自転車は思いのほか重く、ペダルを漕いでも漕いでも海には届かないのではと、弱気になる。このペダルの重さは、僕に君を守っていくという責任を課せられた重さなんだ。この程度で諦めてしまったら、人生の船出なんて踏めやしないじゃないか。
「交代する?」
君が僕の首元へささやく。
「え? 何だって?」
僕は風の音のせいにして、聞こえないふりをした。
あと少しで、海に出る。
セルリアンブルーの波間に、君のうなじのように美しい白波がこちら、またこちらと流れていく。
肌に心地よいとは言えない、少し冷たい3月の海風が砂浜の上を走っていく。
一面に広がるマゼンタピンク色した浜簪の花が、まるで絵具をたっぷりと染み込ませた絵筆を振り回したようだ。
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「また、あの景色が見たいな」
僕は、君が望むような未来を与えられないかもしれない。ウェディングドレスも打掛も着せてあげることはできない。それでも今日、君を連れていく。君と一緒に、未来を見たいから。
「浜簪を見たかったの」
「咲いててよかったな」
僕たちは浜簪の咲く浜へ降りて行った。花たちは風に吹かれ、毬のようなその頭を大きく揺らした。左右に振られ、海が見えた。それはまるで、大海原へ続く道のようにも見え、僕たちを祝福するウェディングロードのように感じた。
波打ち際まで行く途中、僕は浜簪を一輪摘んだ。
「颯太、勝手に摘んだらダメよ」
君は、また優等生らしい言葉を背後からかけた。
僕は打ち返す波の手前で止まり、振り返る。君がしっかりと視界に入るように見上げ、浜簪を差し出す。
「葉瑠、僕と結婚してください」
君は、わかっていたかのように、ニッコリと微笑むと静かに頷いた。
「はい」
と、はっきりと答えてくれた。君の答えは、風の音もかき消すことはできなかった。
僕は差し出した浜簪の花を、君の髪へ指輪の代わりにゆっくりと差し込んであげた。
春と風は、春の訪れを知らせるために大切な関係。たくさんの花を咲かせるために、春は風を運ぶ。切っても切れない関係なんだ。
それは、僕と君のように。
了
#シロクマ文芸部 #春と風
今週も参加させていただきました。
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