見出し画像

灰色の雪が降った日 #シロクマ文芸部

 雪が降る。
 九月の、まだ暑さが残る空に雪が降っている。
 お昼少し前、時折雨がパラついてはいたが二十五度を超える暑さの中、雪が舞うなんて、変な天気だ。
 灰色の空から同じような灰色の雪が、ふわり、ふわりと舞い降りてきた。
 しばらくすると、東の空が赤く染まってきた。と同時に、どんどんと暑さが増してくる。それはまるで、焼いた鉄板の上に立っているような感覚だったと父は語った。

「私も、今のお前よりも幼い頃だったからね。記憶があいまいだけれど、あの光景と熱さは身体に沁みついているんだよ」
 と、父は絞り出すように語ってくれた。
 百年以上前の災害。語りべたる者たちは、いなくなりつつある。
 父が見た光景を、私は想像だにしなかった。

 空からは灰色の雪が降る。
 けれど街の中は、灼熱地獄のように熱い。
 紅く染まった東の彼方から、黒い集団がやってきた。鳥の鳴き声のようにも感じるが、やがてその声は、苦痛に喘ぐ人間の声だとわかる。
 全身が焼けただれた人。
 囲炉裏にくべられた炭のように真っ黒になった人。
 一応に皆懇願していたという。
「熱い、熱い」
「水が欲しい」
 皮肉にも、目にはたくさんの涙という水の流れを止めもせず。
 
 空はさらに赤さを増して、大量の灰色の雪をまき散らしていく。
 その雪が幼かった父の肩に舞い降りた。
 薄い夏服の白いシャツを焦がす。側にいた姉が急いでその灰色の雪を払ってくれたという。
「灰色の雪は、どんどん降ってきた。そして、たくさんの家や人が消えた」
 こんな光景は、もう二度と見ることはないだろうと父は思っていたそうだ。だが、二十年も経たない東京で、今度は災害ではなく人の手でこの地獄絵のような光景を見ることになるとは、父でなくとも誰しも思わなかっただろう。

 空から舞う灰色の雪が、本当の雪だったならば、彼らの苦痛は少しは和らいだのだろうか。
 
 追悼式典から帰ってきた。
 ふっと灰色の空を見上げた。
 ハラハラと真っ白な雪が舞っていた。

 雪が降る。
 寒々しいけれど、手のひらに乗る雪は
 白く冷たい方がいい。
                     

                           了




#シロクマ文芸部 #雪が降る #賑やかし帯
小牧幸助さん、企画に参加させていただきます。
よろしくお願いいたします。


いいなと思ったら応援しよう!

田野緋海とヤバ猫
サポートしてほしいニャ! 無職で色無し状態だニャ~ン😭