見出し画像

季節の結び目

久しぶりにベランダに出て、夜風を感じたくなった。それは風が冷たさを帯びてきたせいだった。風は情報であり記憶だ。月日はわたしという人間の人生そのものだけど、そこに風がなければ、わたしの人生はなんとのっぺらぼうだったろう。この記憶は、苦しみも内包しているというのに、この風の前では胸をきゅうとしめつけはするものの、甘酸っぱい過ぎ去りし思い出にしてくれる。
10代の頃、夜、部屋を抜け出して男の子に会ったりしていた。その子にはもう別れたあとでも何度も夜に会った。
家の近くの外を散歩する。月明かりに凸凹の影がふたつ伸びていた。

わたしはもうその子を好きではなかったけれど、寂しい夜を埋めるために会った。ただの寂しい夜をスリリングで優しい夜にするために。

男の子も、もう付き合っている人がいるというのに、わたしのことをきゅうに抱きしめて2番目に好きだと言った。
やめてよ、とわたしは嫌な顔をしながら巻きつく腕をひきはがした。
あまりにも子どもじみていて、けれど真剣にいうので笑ってしまった。2番目にすきと言われた時、なぜか不思議と安心したのも本当だった。そうか、1番にならなくてもいいんだと。

そんな記憶さえも連れてくる、季節の変わり目に、やっぱり1番がいいよ、とつぶやく。もう1番でいる覚悟が出来たあの日から2年くらいたつ。生まれ育った家から遠くに来てしまった。けれどもう、夜中にこっそり抜け出そうとは思わない。わたしはお風呂上がりに、ベランダで遠くの山を見つめながら、この小匙1杯分ほどの幸せを忘れないようにと、季節の変わり目をくるりとベランダの格子に結んだのだった。

心の奥に届く文章を書きたいと思っています。応援していただけたら嬉しいです。