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それはまるで円を描くように
近づいてみれば、そこに広がるのが葡萄園であることに気づくだろう。収穫の時を終えた農園は満ち足りた静けさに満ち、来るべき寒さに備えている。若い農夫たちはそれぞれの家で、満ち足りた時間を過ごしている。
けれどまず人目をひくのは、葡萄園を囲む白い路のはずだ。路は斜面の上から来て、円を描くように葡萄園の外周をなぞり視界から消えていく。その円は完全な丸ではなく、端的にいえばハート形に見えるのである。
そういうわけだから、この地が知られるようになったのは葡萄ゆえではなく、白い路のおかげだった。いつしかこの路を行き来する者は結ばれ、すでに結ばれている者たちは子宝に恵まれると云われるようになった。願いごととは成就した場合ばかりが取り沙汰されるもので、噂が噂を呼び幾人もの恋人が、あるいは恋人たらんとする者が路を上り下りし、砂礫の上に靴跡を残した。そのうち幾らかは葡萄園で作られた酒を土産に購入したから、農夫たちも大いに喜んだ。
しかし考えてみれば、この路は妙である。なぜハート形をしているのだろう。言い換えれば、なぜ円形をしていないのか。ハートの上部に当たる二つの弧は、どうして弧であるのか。農夫たちに聞いても、誰もが知らないと言う。生まれた時からそうなっていたのだ、と。
もちろん彼らは知る由もない。伝える間も無く父祖は死んでしまったのだから。
路が葡萄園へ侵入するように曲がるのは、その地を踏むことを望んでいるからである。かつて訪れた伝道者が、異端として処刑されたこの場所を。伝道者の死体より流れた血は葡萄として結実し、同時に償いとしてさらなる血を求めている。地下深くに今も眠る伝道者は、頭上を行く者を忘れない。新たな血を、すなわち子を産んだ者たちは、伝道者にすれば用済みである。用が済んだ者たちを伝道者は喰らう。
だから葡萄園では、歴史の継承が起こらない。農夫たちは父母の顔を知らず、伝道者の逸話も知らない。したがって伝道者の霊が慰められることもない。血の物語はまるで円を描くように、いつまでも終わることを知らない。
この記事は上記画像をお題にしたフィクションです