マンデラ小説「M.e」EPISODE 3 第1話「ミッシェル・フォーリー」
■EPISODE1、EPISODE2と奇想天外な展開が続く中、今回のEPISODE3ではテイストが大きく変わります。そして次のFINALEPISODEで全ての伏線の回収と答えが、さらに破茶滅茶な形で展開となる前のお話になります。楽しんで頂ければ幸いです。
■201☓年5月 フランス
5月のフランスの気候はゆるやかで優しい感じがした。
肌寒い日よりもあるが、今日はとても軽やかな朝である。
優しい朝日が部屋を明るくしている。
ミッシェル・フォーリーは、自宅のアパートにて朝食の用意をしていた。
珈琲の為にお湯を沸かすセットをした。
後はトーストと卵を用意すればよかった。
ミッシェルは、お湯が出来るまでの間にデスクにあるパソコンを開いて、Eメールを確認していた。
ここ2年の彼女の日課であった。
「やったわ。とうとう念願がかなった。お祝いね」
バンザイの格好をして、椅子から立ち上がり天井を和やかに見つめ喜びに浸った。
デスクから離れると、鼻歌交じりにスキップするかのように朝食作りを初めた。
志願していた「憧れの地」への異動の承諾であった。
「異動願をかけて、ようやくよ!もう、本当にあの石頭の部長のせいよね。私、来年30歳だから…きっと年齢で採用を見てたのかしら。」
トーストを軽く焼いて何も付けずにぱくついた。
卵は、彼女が大好きなスクランブルエッグを作った。
味付けは少しだけのソルトだ。
トーストとスクランブルエッグを食べ終わり、珈琲を飲みながら、彼女は幸せに浸っていた。
「あ、大変。支度しなくちゃ」
リビングにある鳩の時計を見た彼女は、テーブルの物をシンクに移した。
「帰ってからするわね」
洗い物にウインクした。
パジャマから着替える時には上着以外は外出用の物に替えてある。
ゆっくりとブレックファーストタイムを楽しむためだ。
出勤の準備は前日に調えてあるので、後は上着を着れば会社に出掛けられる。
姿見鏡で全身をチェックする。
金髪より銀髪に近い髪質。
肩まである髪は、器用に纏めてシニヨンにしてあった。本当はいろんなヘアースタイルを楽しみたいのだが、仕事が堅い仕事なので割り切っていた。
身長は170センチ。
母親は元スポーツ選手で180センチもあった。
父親は天文学者で母より10センチ低かった。
実は、母親のモーレツなアプローチで結婚したのだ。
宇宙の空はロマンチックだ。父が話す宇宙の話は、まるで詩人のポエムのようでミッシェルも母も大好きだった。
この仕事に就いたのも父の影響が大きかった。
彼女も宇宙の虜になった1人だった。
「うーん…やっぱりママのジャケットは私にはちょうどね!オーバーサイズになるから格好いいわね。」
白のスキニージーンズに紺色のジャケットは様になっていた。
スカーフは薄いピンク色の差し色で、彼女の肌の白さと目のグリーン色がより映えた。
くるっと回って過姿見にウインクする。
ソファに置いていたノートパソコンとショルダーバッグをピックアップする。
日本のアニメのフィギュアが飾ってある玄関の靴クローゼット。綺麗な形のお皿置きにある車の鍵と部屋の鍵をピックアップした。そして鼻歌交じりで指にかけた。
フィギュアに奇妙なポーズを取ってウインクし玄関ドアを開けた。
彼女のお出掛けの儀式だった。
2階のアパートのから降りてすぐ真下の駐車場に軽やかな足取りで降りていく。
白のシトロエン C-4。
1600ccのコンパクトカーだ。
小さくてデザインがかわいい。キビキビと走るので彼女のお気に入りだ。
マニュアルシフトを1速に入れて軽やかに駐車場を出た。
石畳の住宅街。
空間がチャーミングで優しい街だ。
彼女はとても好きだった。
…………
「しかし、本当にモノ好きだな…君は。」
会社に出勤して早速部長に呼ばれた。
同僚達のデスクをすり抜けて軽やかに部長のいるビニールハウスに向かった。
透明のパーテーションで囲われた部長部屋。
タバコを吸うので透明感は薄くなり、畑でよくある不透明のビニールハウスによく似ていた。
ミッシェルは部長部屋を「ビニールハウス」と名付けていた。
ハウスの扉を開けると、部長が面倒くさそうにデスクから何か書類を取り出していた。
50代で小太り、家庭円満で幸せそうな人で、仕事より家庭を優先している愛妻家。薄くなった髪とお腹の出っ張りは「油料理」が好きな奥様の料理の結果だそうだ。お洒落なピンク色の老眼鏡も奥様からの誕生日プレゼント。
ミッシェルは、ニコニコしながらデスクの前で姿勢を正して待っていた。
異動の辞令を受けるのだ。
ミッシェルが「CNES/クネス」に入社したのは、父親の影響が大きかった。
宇宙が大好きだった。
大学時代に「月」に関するレポートが有名雑誌に掲載され推薦と本人の強い希望で「CNES」に入る事ができた。
フランス政府の立派な機関でもある。
小さい頃は宇宙飛行士になりたかったのだが大きくなるにつれ「宇宙を知りたい」と言う欲求が強くなりそちら側に鞍替えしたのだ。
しかし「CNES」で働き出したのに、宇宙を研究する部署ではなく広報の宣伝課であった。
フランス国立宇宙研究センター、略称は「CNES」。
フランスの政府機関で宇宙開発と研究を行いヨーロッパ諸国が共同で設立した欧州宇宙機関「ESA」で中心的な立場でもある。
「CNES」としては容姿端麗で宇宙雑誌掲載で一躍有名になった大学生のミッシェルは注目していた。彼女の「CNES」に入社希望は渡りに船であった。
当時、国が宇宙開発の無駄な投資をする事に否とする風潮を少しでも打開したかった時期。宣伝の為に彼女を採用したのだった。
それでも彼女は入社出来た喜びでいっぱいだった。持ち前の明るさと前向きな姿勢で仕事をこなした。
そして仕事外でレポートを書いては上層部に提出し、いつの日か希望部署に移動するのを楽しみにしていたのだ。
ピンク眼鏡の部長がデスクに異動に関する書類をドサっと置いた。
「本当に君はモノ好きだね。まさかあそこに異動したいなんて…。大丈夫なのか?」
彼は本当に心配した顔持ちだった。
姿勢よく立ってニコニコしているミッシェルを見上げた。
「何を言ってるんですか?部長!私、入社してからずっと異動をお願いしてたじゃないですか?」
上の空とはこの事だ。異動書類が気になって、彼女の頬が勝手に緩んでいた。
「いやー、スマン。全然覚えがないんだよ。あんな場所に異動したいなんて驚いたよ。本当にいいのかい?簡単には辞められないんだよ?最低5年は戻って来られないんだぞ?」
心配そうに部長は声を掛けた。
そんな陸の孤島にでも行くような大袈裟な話に、ミッシェルは初めて違和感を覚えた。
きっと、覚悟の事を言っているのかな?
確かに異動先は、世界中の研究員が憧れる場所で、科学の最先端を研究する場所である。誰もが簡単に行ける場所ではない。広報の仕事でミッシェルは何度も訪れているので理解していた。
「私が簡単に辞めたら、きっと部長のお給料に関係するわよね。」
ふふふと笑ってしまったミッシェル。
その仕草を見て部長はさらに呆れたようだ。
「そうか…。まぁ、あそこは変わり者も多いからね。…君に合っているか私には分からないが…頑張ってきなさい。欠員が急に出たそうで、早速だが君には来週から赴任して貰うが大丈夫かね?会社としては君にはここに残って欲しいんだがね…。」
嬉しさでいっぱいのミッシェルは、早くその異動書類を貰いたくて目線を外さなかった。
…………
週末にかけて引っ越しの準備をした。
異動先ではアパートから通える距離ではないし、何より提供される宿舎に住まわないといけない契約なのだ。
自宅アパートの荷物は、会社が手配してくれた業者によって異動先の宿舎に運んで貰っていた。
後は大事なフィギュアを自分で持っていくだけだった。
異動先の施設はフランスの国境外れ。
たしかアパートから車で2時間の距離だった。
パスポートは必須だった。それは場所がスイスの国境を跨いで施設があるからだ。とても大きな施設で1つの都市としての機能もあるようだった。
彼女の記憶ではそんな機能は無かったのに、あまり気にも留めなかった。
週明けの月曜日に異動先施設に向かう。午前中に着けばいいようだった。
今日は部署への挨拶と入居手続きで終わりそうだった。
今朝は大好きなブレックファーストタイムは無し。
ガランとしたアパートの部屋。
玄関ドアを開けて振り返ってウインクした。
「今日まで楽しい時間をありがとう。」
バッグを2つ両手にもって階段を下りて愛車に乗り込んだ。
この素敵な街ともサヨナラだけど、これから出会える新しい事にワクワクしてミッシェルの頬が緩んでいた。
……………
白いシトロエンが爽快に走る。
車で2時間で到着すると思っていたのに…4時間も掛かっていた。
「あれ?遠くなったのかな?」
スイスのジュネーブがすぐそこだった。
何度も広報の仕事で訪れた憧れの施設。距離や時間を間違えるはずがなかった…。
ようやく施設の看板が見えてきた。
最後は1年程前に来た場所なのに風景が少し違っていた。
「Meyrin通り」の様子がおかしい。
この大きな国道の左右には施設のBUILDINGがよく見えたのに…大きな鉄柵と壁が張り出して風景がよく見えなくなっていた。まるでバリケードのようだった。
今日は、職員用のゲートではなく、一般用のゲートを通るように指示されていた。
そこは何度か広報の仕事でメディアを連れたりVIPを案内したりで通った馴染みあるゲート。
ナビゲーションの案内通りに左折してゲート前に入った。
ここは一般用なので、車で駐車場までは簡単にアクセス出来た筈…。
シトロエンの前には車止めのゲートバーで遮断されていた。まるでテレビドラマでよく見る軍事基地のチェックポイントのようだ。
ゲートバーの左右には、監視小屋のような小さな建物。
監視カメラが複数こちらをチェックしている。
「こんな仰々しいゲートでは無かったわよね?」
困惑気味のミッシェル。不意に運転席のウィンドウがノックされた。
いつの間にか、職員が彼女の車をノックしたのだ。
1人ではなく、彼女に気付かれない場所、車の後方に職員が配置していた。彼は物騒な姿勢を崩さなかった。
ミッシェルは困惑しながらも笑顔でウィンドウを開け要件を告げた。
「おはようごさいます!CNESから異動になりました。ミッシェル・フォーリーです。宜しくお願いします。」
彼女はとびっきりのスマイルで職員に応答した。
「おはようございます。では、コチラに手と顔をお出しください。」
彼は職員と言うより、シークレットサービスのようなスーツスタイル。
サングラスと耳にはイヤホンを装着し笑顔ながら注意は怠っていなかった。
ミッシェルは社員カードと異動証明書を出そうと構えていたが…どうして手と顔を近づけるか分からなかったが言う通りにした。
彼は黒色の薄い小型のカメラ付きのケースをミッシェルの目に向けた。そして右手にもカメラを向けた。
「WoW!網膜スキャンね?指紋も撮ったのかしら?さすが最先端の施設よね!アナログの書類は必要ないのね!」
彼女は、ワクワクして心の中でつぶやいた。
「OKです。確認できました。では車をゆっくりと進めてコチラに来てください。」
職員がシトロエンの前を歩き、その後をゆっくりと車を進めた。
左右に金属製の背の高いポールがあり、路面も銀色の鉄板が置いてある所を職員の先導でゆっくりと通過した。
しかしシトロエンの後ろでもう1人の職員が鋭い視線と体勢を崩していなかった。
このポイントは車のチェックをする場所に違いない。どんなセンサーを使ってどんな制御をしているのか…ニコニコと周りを観察するミッシェル。ワクワクが止まらない。
シトロエンの前で、ステイを支持していた職員が、イヤホンからの指示で確認を取ったようだった。
彼はにこやかな笑顔でミッシェルの元に近づいた。
「すみません。少しナビゲーションを触ります。」
と言って助手席側に回りドアを開けてナビゲーションを操作した。
このナビゲーションも元はココで作られ支給された物だった。
「これで大丈夫です。設定しましたからナビの通りに進んで下さい。」
彼は笑顔で助手席から降りて、後ろに下がり頭を下げた。
職員のタッチパネル操作をチェックしようと覗き込んだが手元がよく見えなかった。
「うーん…残念。」
ミッシェルは彼に手を振りゆっくりと車を進めた。
職員の2人はシトロエンが角を曲がり見えなくなるまで注視していた。
2人は手首に仕込んだあったマイクで本部に報告を入れた。
終始、彼等のサングラスの中の目は笑ってはいなかった。
ミッシェルはナビのモニターをみて驚いた。
これまで見慣れていた地図のアイコンから路面の風景色まで全て別物になっていたからだ。
「これは…やっぱりシークレットモードじゃない?うーん…くやしいなぁ、何度も設定を触って調べたんだけれどな。」
施設内のみで起動するモードなんだと推測しながら、ミッシェルはニヤニヤが止まらない。
本当に特別な場所なんだと感動していた。
角を曲がると見慣れた建物が現れた。
この建物の前で写真撮影やメディアの取材で使う定番の場所だったからだ。
白い建物が研究所だと勘違いされるが、ここは玄関棟で博物館のような場所なのだ。
本当の研究施設は、メディアや一般には絶対に公開してはいけない決まりだった。政府機関の重要施設なので当然の処置である。
ナビではココで止まる指示は無いが懐かしさのあまり、シトロエンを停めてミッシェルは降りていた。
「あれ?」
見慣れないモノを見つけてミッシェルは近づいてみた。
大きく奇妙な像がど真ん中に建てられているのだ。
こんな奇妙な像は見た事はなかった。しかし取り付け台座や像の劣化を見るに相当昔から設置されてるのが推測される。
「こんなど真ん中に?私が気付かない?」
初めて見た奇妙な像…きっと裏手か他の場所にあったのを、ここに設置し直したのだろう…。とミッシェルは結論付けた。
でも像をよく見るとミッシェルの好きな日本のアニメのキャラクター。
フィギュアも持つほど好きな「セーラームーン」のポーズにも似ていた。
奇妙な像が何だか愛着が湧いてきた。
このヘンテコなセーラームーン像が、もしかしたら私をココに呼んでくれたのかも…なんて思ったミッシェルは、像に向かってセーラームーン「お仕置きのポーズ」を取ってみた。
テンションが上がりすぎて私は何をやっているだ?と苦笑いした。
さて異動先に早く挨拶に行けなきゃ…。
ミッシェルは、像に向かってウインクしてシトロエンに戻った。
その正面の建物。
最上階の窓からミッシェルの一連の行動をチェックする男がいた。
彼は、この施設の象徴でもある「シヴァ神像」に対しておかしな行動をする彼女に眉をひそめた。
「何だアイツは?何をしている?例の人物の関係者なのか?」
困惑した表情浮かべ、タブレットで何処かに連絡を取っていた。
……………
ミッシェルのシトロエンはナビ通りに大きな建物の駐車場に着いた。
ご丁寧に自分が止める専用の駐車スペースもモニターに映し出され驚いた。
「Welcome Michel!」
停車した時にモニターに表示された時は声を上げてしまった。こんなセレモニーは受けた事がない。
ミッシェル、は、この施設に異動出来た事に誇りに思った。
ここで思う存分に物理学の観点から「月」を調べて宇宙の秘密に少しでも近づけられる確信をしていた。
ミッシェルが当初から異動願いをしていた憧れの施設。
「欧州原子核研究機構」
通称「CERN/セルン」と呼ばれる。
規模は大きくスイスとフランスとの国境地帯にまたがって位置している。
世間的には世界最大規模の素粒子物理学の研究所と紹介されている。
が、実際には、ありとあらゆる先端技術研究やら王道の情報技術、またバイオ研究…そして兵器になり得る研究等あらゆる研究が当たり前の様に行われていた。
スポンサーは、国に留まらず企業から個人まで様々である。基本的には自国の機関を通さないと参加する事は出来ない。
そして各国も米国、フランス、イギリスと、この3国の承認を得る必要があった。
代名詞とも言える加速器。
これを使用する為に各国はCERNに参加したがった。
現在、承認されたのは17カ国である。
CERNには世界最大規模の2つの加速器を持ち、10年後に3つ目の規格外の超巨大加速器設置に向けて施工中であった。
その加速器は地下に設置され全周 27km の円形加速器・中型ハドロン衝突型加速器と全周71kmの円形加速器・大型ハドロン衝突型加速器の2基が国境を横断して設置されていた。そして10年後に全周135kmの未来円形衝突型加速器・超巨大衝突型加速器の設置を発表したばかりだった。
これが完成すれば地球が滅亡すると、多数のカウンター団体が反対を表明していた。
……………
ランチタイム。
ミッシェルは途方に暮れていた。
「悪い夢でも見てるのかしら…。」
オフィスのある施設棟のカフェテリア。
もう既に誰もが仕事に就いていた。
ミッシェルは初赴任の挨拶だけが今日の業務だった。
これから宿舎アパートで荷解きをして明後日には初出社となるスケジュール。
お腹は空いているのに、食べる気も起こらない。
珈琲だけをピックアップしてテラス席でため息を付いていた。
グリーン色のコートを着ていたが驚くほど寒い。
それも気にならないほどミッシェルは落ち込んでいた。
「いったい…これはどう言う事なのかしら?…何が起こってるのかしら?」
珈琲を飲むでも無くマドラーでクルクルと掻き回してばかりいた。
……………
ミッシェルはシトロエンを停めて足早に異動先の施設棟に向かった。
この辺りはこの時期でも寒い。
用意していたコートを羽織っていた。
「ここは、そんなに厳重なチェックポイントはないのよね?」
ホッと安堵して施設棟の前で振り返った。
去年来た時とは風景がまるで違うのだ。
沢山の建物が乱立している。そしてその先の奥行きが広大な広がりを感じていた。
何より驚いたのは大きなマンションのような高層ビル?多数見られた…。まるでその先に都市があるかのようだった。ミッシェルは大きな違和感を感じながら眺めていた…。
ハッと我に返る。
そんな事よりも早く挨拶をして、アパートに届いているであろう荷物を片付けないと…。
異動先は、ここCERNの中にあった。
ミッシェルが働く「CNES/クネス」欧州宇宙機関と協力して最先端の技術を用いて宇宙の解明を進めていた。将来的には米国、ロシアを抜いて宇宙開発を進めたい目的がある。
フランス国家の支援を受けてCERNでは割と大きめな施設棟を独占していた。
そして5部門も研究施設を持ちCERNでは1番大きな割合を占めていた。
ミッシェルは初めてココに来てから最新のテクノロジーで研究を進め宇宙の謎と月の謎を解明する技術者達と交流し誇らしい気持ちで一杯になった。
将来は絶対に働きたい、と憧れの地でもあった。
ミッシェルは、それを思い出しながら胸を張って施設棟に入館した。
事前に貰った異動案内書には、プログラムがキチンと示されていたので、仮の入館証を貰いに「Company Reception」を訪ねた。
玄関アプローチの階段を上がると建物入口。
「あれ?」
去年来た時と建物自体が変わっていた。
「改装したのかしら…。」
ガラス張りの大きな壁が近代的で驚いたのだ。
そのまま歩いていくと、ガラスの大きなスライドドアが自動で開いた。
その直ぐ後ろ側には大きなスクエアのバーがあり、入館者はそこを通るようだ。
ミッシェルは以前に行ったフランスの諜報機関「対外治安総局/DGSE」の施設を訊ねた時の事を思い出した。
「え?…ここまでするの?」
以前にはなかったシステムに驚いた。
取り敢えずくぐり抜けてみた。
幸いな事にレッドランプ点灯はなく、ギミックなの?と警戒し過ぎていた自分に苦笑いした。
不思議な事に周りを見渡しても、このアプローチフロアには誰も見当たらなかったのだ。
前方には、2階に向かう大きな階段と真ん中はエスカレーターがある。
「やっぱり改装したのね?とてもお洒落で綺麗になってるわ。」
ここで働けるだけでもウキウキなのに新築のような建物に、ミッシェルはさらに高揚してニコニコしてきた。
2階には進まずに受付のある場所、手前にあるステーションに入った。
扉が見当たらない。中が丸見えだ。受付事務所とは思えない白を基調としたお洒落なカフェみたいだった。
構わずにミッシェルはそのまま中に入った。人気が無さそうだが声を掛けてみた。
「すみません!こんにちわ。広報部から異動さてきたミッシェル・フォーリーです!」
この施設棟は彼女か働く「CNES/クネス」の専用棟の筈だった。
だからここの社員は全員会社の仲間だ。なので気兼ねなく声を掛けてみた。
「こんにちわ、ミッシェルさん。こちらに来て貰えますか?」
機械的な声がした。
声のした左側に顔を向けるとモニターが付いている大きなロッカールームのような金属製のBOXがあった。赤色LEDが点灯してきた。
「WoW!無人受付?すごいわ…。」
いそいそとBOXの前にミッシェルは移動した。
彼女が話そうとした時に
「そのまま顔を近づけて下さい。網膜を登録し入館の許可とします。」
男性のような女性のような?中立的な機械声で優しく話した。
顔をモニターに近づけようとした時
「登録しました。Thank you。本登録はGovernment officeにて承りますので本日中にお越しください。24時間承っております。Thank you。」
不意を突かれて間抜けな顔になった自分にミッシェルは苦笑いした。
「Government office?なんだろう?ま、いいわ。…って私の異動先の素粒子原子核研究室のオフィスはどこにあるのよ?」
と独り言を言った時にモニターが点灯した。
「Hi!ミッシェルかい?私は上司のガブリエルだ。事務所に来てくれるかい?2階のカフェテリアの横にある。そのまま上がってきてくれ。」
メガネ姿の男性?映像が揺れてよくわからないが直ぐにモニターは落ちた。
ミッシェルは言われる通りにフロアまで戻りエスカレーターで2階に上がる。
振り返って見下ろしたフロアは、本当に大きくて明るく清潔だ。…が人の温もりが何故か感じられなかった。
「ま、いいわ。」
社員食堂のカフェテリアは標識を見なくても匂いで分かった。美味しそうな匂いだ。珈琲の匂いもする。
「カフェテリアの隣なんて嬉しいけれど、騒がしくて業務に集中できるのかしら?…そうか!研究室は別の階にあって事務をする場所がここなんだわ。」
歩みを進めるとカフェテリアがあった。
驚くほど大きくて、建物の半分以上ありそうなスペースに見えた。
オープンカフェテリアなので、本当に広い。デザインも凝っていてお洒落だった。
ここで過ごすのは素敵だわ。
そして先程まで見当たらなかった社員達がアチコチに見掛けられ彼女は少し安堵した。
前方から走ってくる男性がいた。
明らかにミッシェルを見て駆け寄ってきた。
「やぁ、すまないミッシェル!僕がガブリエルだ。ようこそ。」
身長は私と同じくらい。年齢は40代くらいかしら?清潔感のある短髪の髪型とお洒落なメガネ…ピンク色だった…。「ピンクメガネの上司に縁があるのかしら?」
差し出された手を握りにこやかに握手をした。
「ミッシェル・フォーリーです。宜しくお願いします。」
ガブリエルはスリムな紺色のスーツスタイル。ネクタイはしていない。表情も明るく研究員と言うよりOfficeWorkerのようだった。
「君は有名人だからね。会社で君を知らない人はいないよ。でも本当にびっくりしたよ!まさか君がここを志望してるなんて!光栄だよ。」
にこやかに握手してくれた。「行きましょう」と、私がこれから勤務するオフィスに案内された。
カフェテリアの隅…思ったより狭い場所だった。
ドアはスライド式の自動ドアで驚いた。
ドアが開く前にガラスに書かれていた文字。チラッとと見えた。たぶんここのオフィスの名前なのかな?
「Groupe d'Études et d'Informations sur les Phénomènes Aérospatiaux Non-identifiés」
ガブリエルはオフィスに入ると私が使うデスクを案内してくれた。
「ここが君が使うデスクだよ。他のスタッフはあと2人だ。ここは何でも屋だから、なかなか皆で集う事はないんだけどね。」
ん?何でも屋?沢山の業務を手分けして忙しいのかしら…。
「でも、本当に君みたいな有名人がこの部署に来てくれるなんて驚いたよ。2年前かな?君からの異動希望届けを見てびっくりしたのを思い出したよ。ここは忙しいのに人数に限りがあって欠員が出ない事には募集が掛けられなかったんだよ。」
デスクの椅子に座りスプリングの確認をしてみた。デスクも椅子も新品のようで気持ちよかった。
「あぁ…君のデスクは新しいのに変えてあるんだよ。」
「辞められた方は定年か何かですか?」
先週、部長に聞いた話だとなかなか簡単に辞められない職場だと聞いてたので興味本位で聞いてみた。
「うーん…。そうかぁ…。そうだよな……。説明は聞いてないか…。」
ガブリエルは顎に手を当てて天井を見上げて何か1人で問答し思案していた。
「CERNの玄関棟の前に建てられてる像は知ってるよね?」
あ、…あのヘンテコなポーズを取っていた像ね。
「シヴァ神像と言ってCERNの象徴の像なんだが…。」
シヴァ神は確か破壊神だよね?なんでCERNの象徴?
「欠員とはね…前任者のヘレンの事さ。…彼女は1ヶ月前に、そのシヴァ神像の前で亡くなったんだよ。」
【Epilogue/エピローグ】
「私…狐につままれたの?いったい…何が起こってるの?」
珈琲をマドラーでクルクル回しながら思案していた。
現在…ミッシェルが置かれた環境は知っていた現実とあまりにも剥離しすぎたのだ。
広報部長が、ここに異動するのを不思議がって、何度も念押ししているのに合点がいった。
憧れの「CERN」。
2年前から異動届けを出してようやく来られた念願の場所だったはず。
この場所は、彼女の勤め先「フランス国立宇宙研究センター/CNES」が宇宙開発と研究をより進めるのに加速器を持つ、CERNで専用の施設棟を借り切って多数の部署が存在していた筈だった…。
それが2年前に全てが撤退していたなんて…。
政治的な駆け引きがあったようだった。フランス政府の主導で企業や大学の研究部署を代わりに入れていたのだ。当時はニュースになるほど事件であったらしい…。
私は知らない!
聞かされてもいない。
私が希望していた研究室や部署はとっくに存在はしていないのだ。
そして驚いた事に、CERNでは定番の情報技術以外にバイオ研究、食料研究、若返りの研究、最先端の研究が行われていた。何でも100年先の未来の技術の基礎が作られているという。
そして…代名詞であるCERNの加速器が、2つある事だった。
これには驚きしかなかった。
27km の円形加速器は、何と中型と呼ばれる大きさらしく、本命は71kmもある円形加速器がある事に驚いた。
71km!!
こんなモノを回したら何が起こるか想像ができないからだった。
さらにCERNは超巨大衝突型加速器の計画が進んでいて…なんと135km!!
「これが完成すれば地球が滅亡するわね。」
CNESは全て撤退したのでは無く「部署」を1つだけ残してもらっていた。
…が、どうやら裏の仕事を兼ねているようだった。
それがカフェテリアの隅にある部署。
ガブリエルが上司を務めるオフィスの部署名は
「GEIPAN/ゲイパン」。
何でも屋と言うのは、この施設棟はフランス政府の息が掛かっている専用棟。企業や大学やら他の研究室が入っている。
そもそも政府自体も一枚岩ではなく思惑が入り込んでいる。
この「GEIPAN」は、この専用棟の全ての部署への出入りが自由であり、問題があれば解決や統括をする機関も兼ねているそうだ。そして本当に助っ人として頼まれた仕事をこなす何でも屋の由縁らしい。それでフランス政府に其々の進捗や問題を報告をする立場にあるようだった。
この棟の監視も兼ねてる?
まるでSF映画に入り込んだようだ。
全く見知らない別の世界線に放り込まれた主人公の気分だった。
ミッシェルは、冷静沈着で先読みの才能と積極性、そして何よりポジティブの塊で失敗を悔やむより、失敗のリカバーを直ぐに考えられる女性だった。
この摩訶不思議な話をガブリエルから聞いて思考が追いつかなかったが、マドラーを回す事によって頭の整理と置かれた現状の把握に努める事が出来た。
もう既に引き下がる事は出来ないからだ。
嘆くより、自分が明日からどう動くかを既に考えていた。
「あーあ…ま。面白くは、なってきたわね。広報の仕事よりはやり甲斐がありそうだもん。」
それにしても部署の名前はたまげた。まさかだった…。
「GEIPAN」はフランス国立宇宙研究センターの部門である。「未確認大気宇宙現象研究グループ」と言う政府公認の機関でもあった。
専門は…
「UFOの研究と調査」である。しかも政府公認だ。
米国政府公認のUFO調査組織「Project Blue Book」以来の機関である。
月にUFO基地があると話題になった時に本社にあった「GEIPAN」に話を聞きにいったのを思い出した。
ミッシェルは溜め息をつくと笑い出した。
「まさに、うってつけの部署だわよね。」
クスクスと笑った。
父親のお父さん、Grandfatherのミハエルが大好きだった「Xファイル」を思い出したからだ。
小さい時にDVDを見せられて怖かった思い出があった。
本当に「Xファイル」の世界に来たようだ。
ガブリエルの話には続きがあった。
このCERNは「国」であり「未来都市」であると言う。
国境のゲートは、こちらに来る時に見ていたので納得はしていた。
道理でゲートが厳重だったのも理解できた。
病院から学校、カーショップからスーパー・マーケット、娯楽施設など都市として必要なモノは全て揃っているそうだ。
2030年に全世界で作られる「スマートシティ」のモデルケースらしい。
現金は存在しなくてデジタル通貨なるものしか使えないそうだった。
そしてデジタルによる完全なる健康的な管理を都市がリードするらしい。
今日から私はスマートシティの市民として管理されるとの事だった。
ミッシェルは冷えた珈琲を一気に飲み干した。
大好きなセーラームーン。彼女達を好きなのは、理不尽な出来事が起きても立ち向かう勇気だった。
「ま、なるようになるわ。」
そして彼女は珈琲カップをテーブルにドン、と置いた。
■■■■next
↓第2話、第3話
https://note.com/bright_quince204/n/n4a51fe514f7f
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