東大推薦生についての情報
先日、東京大学の推薦10期生の合格発表がありました。SNS上での反応を見ていると、未だに合格者については一般にアクセス可能な情報も少なく、誤解に基づく言説が(制度への肯定/否定を問わず)見られます。筆者の入学は8年前なので古い情報にはなりますが、何らかの史料的価値はあるだろうということで、また10期の節目で昔の思い出を懐かしむ気持ちもあり、ここに記録を残しておこうと思います。知り合いが見れば誰が書いているかは分かると思いますが、多少の気恥ずかしさもあるので匿名で書きます。
以下では、自分の分かる範囲で推薦生の情報について記述します。基本的には、SNS上でよく見られるイメージと対比しつつ、実態を書くという形を取ります。なお、大前提として推薦生は他の推薦生のことを何でも知っているというわけではありません。同じ学部の推薦生ですら、殆ど会話したことがない人もいます。他学部では、存在すら知らない人が殆どですし、下の世代の情報も分かりません。そのため、以下の情報は基本的には私自身と法学部の知りうる範囲というごく限定されたものです。また、現在とは少し異なる制度もあったため、その点は差し引いて考えてください。
著者の概要
世代:推薦2期(2017年度入学)
学部:法学部(第三類政治コース)*同期の推薦生は13名
出身:地方公立
進路:大学院
言説①:科学オリンピック受賞などの天才だけが合格できる
→正しくない。
理系については分かりませんが、一般に人文系でこの傾向はないと思います。私のケースでは、日本語ディベートの全国大会出場歴を履歴書に記載しましたが、1/3程度の参加校が通過できるものなので、決してこの受賞歴が決め手になるといった類のものではなかったです。知り合いでも、模擬国連や英語ディベートなど大会出場歴がある人もいれば、ない人もいるといった具合です。当時の自分としてはそれなりの時間をかけて努力をしたことですが、世間的に「天才」と形容されるほど傑出した成果ではないと思います。
また、留学歴と英語資格について、提出要求はありますが、これも極めて高い水準のものが必要ではありません。私は英検準一級(高2冬)だけ出しましたが、これは東大受験生なら殆どが合格できる程度です。周辺でも、同程度の資格で提出している合格者はいます。ただし、TOEFL100/120以上など高い水準の合格者もいるので、合格者全体で英語のできる傾向はあると思います。受験時点の能力とは無関係ですが、入学後に学内の留学制度を利用したのが4人以上いたのは、顕著な特徴です。
その他、高校の卒業研究などの提出もできますが、これも高度な水準が要求されているわけではないと思われます。私はディベートで扱ったことのある政策の是非について書きましたが(6万字程度)、入学後に読み返すと、とても学術研究のレベルには達していないという印象でした。字数だけは多かったので、高校生が必死こいていっぱい書いているという情熱は感じられるかもしれません。周囲に聞いても、各自が提出した論文について同じような印象を持っている人が多く、高校生の水準を超えたものが合格者の標準ということはないです。
合否の判定にどの要素が強く影響しているのかは、正直分かりません。一応、成績開示では、事前の提出資料と受験当日の討論・面接の二項目がA~Dの四段階で評価されていることだけが分かります。個人的には、事前の提出資料がそこまで他と差があったようには思えないので、グループディスカッションと面接の比重が大きかったように感じます。面接は、担当教員が専門的な視点から質問をしてきます。当時の自分は志望理由書に「熟議民主主義最高!みんなで熟議しようぜ!」みたいな雑なことを書いており、西洋政治史の先生からヴァイマル期の例を出しつつ批判的なコメントを頂いた記憶があります。選抜方法を踏まえると、一般入試と比較して、言語的コミュニケーション能力の高い学生が選択されやすい傾向はあると思います。これは、周囲の推薦生を見た印象とも合致します。
基本的に出願の要件からしても、受験資格を充たすこと自体はそれほど難しくありません。この点は大学側も強調しています。受験準備にかける時間も人それぞれで、筆者の場合は卒業要件でもあった卒業研究を除くと、殆ど時間をかけていません。学部の希望が固まっている場合は、気軽に出願を検討してもよいと思います。
言説②:一般入試は余裕な層が合格している/一般入試では無理な層が合格している
→人による。
個人差があるのは当然として、全体の傾向としても学部と年度によるばらつきが大きいと思います。筆者自身は一般入試でも文Ⅰを受験する予定でしたが、東大模試などのデータでは平均して200位前後だったようです。一般入試が余裕な層ということは全くなく、十分に落ちるリスクのある層に当たると思います。他の推薦生について、順位帯などは詳しく知りませんが、法学部では一般入試でも東大を受験する予定だった人が多数派でした。そうではない人もいます。これは、伝聞の範囲なので正確には分かりませんが、他学部に比べると高い割合のようです。法学部の基準として、校内で上位5%の成績証明が出願要件に含まれていることも関係しているかもしれません。
一般入試では合格しない人が推薦生に含まれること自体は事実でしょう。そもそも前期課程では東大に出願していない人もいます。その割合については正直分かりませんが、法学部ではそこまで多くないという印象でした。
基本的に推薦生の一般入試の尺度での学力はある程度のバラつきがあり、一般化は難しいでしょう。ただし、法学部は全体として英語ができる傾向にあり、東大の前期試験では英語の得点が高水準で安定すると合格しやすいため、比較的一般入試の適正も高い傾向はありそうだというのが個人的な見解です。
言説③:入学後の成績が優秀
→人による。
法学部の成績評価を基準とすれば、客観的な指標では優秀とされる人が比較的多いと思います。筆者は、卒業時に三類(政治コース)の代表でした。また、卓越(法学部で一定の基準を超える成績評価)として表彰された人が、1つ下の代も合わせて合計で4名以上いるので、学部全体の推薦生の比率からすればやや高いです。推薦生の平均値などは分かりません。
また、単位不足等による留年が少ない傾向は、学部全体の比率からすると、あると思います。少なくとも知っている範囲では、3年次まではいません(4年目は留学していたので分かりません)。同期では、私を含めて4人以上が留学に行ったため、この割合も学部全体と比べると高いでしょう。推薦生が、一定の傾向を持っているということはおそらく言えるはずで、これについては全学的な追跡調査を期待したいところです。
言説④:研究者の候補を合格させている
→留保はあるが、正しくない。
まず、全員をそういった基準で合格させているかについて言えば、確実にNoです。受験時点ですでに法曹志望や公務員志望などを明らかにしていた人もいます。ただし、学部全体との比較で言えば、研究者志望の割合が多いという傾向もおそらくあります。知っている範囲では、同期と1つ下がそれぞれ2人以上法学政治学研究科の研究者志望のコースに進学しています。
言説⑤:地方公立、女子等のマイノリティ属性が合格しやすい
→部分的に正しいが、留保が必要。
まず、一般入試の合格者の人口統計的特徴と比較した際に、この傾向はあります。ただし、合否の判定において社会的属性によるバイアスが働いているというよりは、出願段階でこれらの属性が一般入試よりも多くなる傾向にあるというのが実情でしょう。私の代では、(当時の大学の記録上では)男5女8でしたが、受験者全体も概ね同じ比率です。地方か首都圏かについては、概ね半数が地方出身です。受験者全体の情報は分かりません。
出願段階で社会的属性について一定の傾向が生まれる原因については分かりませんが、各校の出願に上限があること(当時は男女1人ずつ)、選抜方式上高く評価されやすい能力(e.g. 言語的コミュニケーション能力)と社会的属性の間に一定の相関があることなどが考えられます。これについては、大学による分析を期待したいところです。
まとめ
推薦生全員に当てはまるような過度な一般化はできず、基本的には一般入試と同様に内部にそれなりの多様性があります。ただし、東大全体と比べると、学部の成績や留学経験、大学院進学の有無などの点で一定の傾向が見られるようです。繰り返しにはなりますが、選抜の基準については年度や学部による違いもあるため、以上はごく限られた範囲の情報に基づくものです。その点を踏まえて参考にして頂ければと思います。