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退職した日。私は20数年ぶりにヒトに戻った

8月31日。
新卒で5か月働いた会社を、退職した日の夕方。

淡いピンク色に染まった空。なのに、どしゃぶりの雨が降っていた。

レインパーカーのフードを目深にかぶった私は、自転車に乗って、全身をびっしょびしょに濡らしながら駆け抜けていた。

それはそれは不思議で、どこか不気味でもあったけれど。
自転車を漕ぐ私の背中に、心地よい風を吹かせてくれた天気だった。

私にとって、今日は特別な日。でも、仕事は仕事だ。そう割り切って、淡々と目の前の仕事をこなしていった。

最後の出勤日も、職場の人はいつもどおり接してくれた。

この日のために髪をばっさりと切った私は、緊張した面持ちで職場の人と顔を合わせたのだが、驚く人もいれば、可愛いねと言ってくれた人もいて。誰からも変なリアクションを受け取ることはなく、胸をなでおろした。

最後の日も何とか、特に何もトラブルなしに仕事を終えることが出来た。
この5か月がトラブル続きだった私にとっては、退職代行サービスを使う手もあったけれど、本当にお世話になった人や味方になってくれた人達は何人か居た。

職場環境自体は自分に合っていなかったとしても、最低限、自分の面倒を最後まで見てくれた人たちに礼を尽くし、「立つ鳥跡を濁さず」で退職するのが理想だと思っていたのだ。

だから、最後まで至って「普通に」仕事が出来るだけでも、私はもう十分花丸だと思えている。

これが正解ではない。色んな形の職場があるし、色んなタイプの人がいる。色んな方法で辞めるって選択肢もある。自分が壊れてしまう前に次の手を打つのが大事だし、人生において大事なものの優先順位も人によって違う。
これはあくまで、私の考えに過ぎないってことは付け加えておきたい。

職場の人に挨拶を済ませ、ロッカーの中身を空っぽにした私。もう未練はない。自転車に乗り、颯爽と職場を後にした。

次第に雨が強まっていく。そして、瞬く間に全身が、靴の中まで、温かい雨に侵食されていった。

思えば、家族や周りの友人で、今までに一度でも転職経験がある人は、誰もいなかった。みんながみんな、同じ「与えられた役割」を演じ続けているのだ。

雨に打たれながら、私だけがなんだかアウェイになっているなんて事実に、今更気づく。
一抹の不安。

「与えられた役割」から降りたら。降りてしまったら。一体私はどうなってしまうんだろう。

生まれて間もない私を保育園に預けてから、24年が経った今も懸命に働き続ける両親や、何だかんだ4年も一つの仕事を続けている姉の姿をずっと見てきて。私も(”正社員”として)一つの仕事を全うするのが正解だと思っていたし、それに対して何の疑問を抱く余地もなかった。

せっかく人生のレールを与えてくれたのだから、誰かの期待に応えるのが。何よりも、私をここまで育ててくれた親の期待を裏切らないのが正義だと、無意識に思っていたんだ。

私にも”正社員”としての仕事は当たり前のように出来ると思っていた。周りの人は出来ているんだから。

でも私には、無理だったな。この場所では少なくとも、「与えられた役割」を演じるなんて出来なかったんだよ。そう割り切るまでに、正直、かなり時間がかかった。

誰かの期待に応えるって何だろう。自分の体や心を犠牲にすることが正義なんだろうか。

違う。私は違うって信じたい。

泣いても笑っても、悩みまくって心がぐっちゃぐちゃになってもいい。私は自分に正直でいたい。

私を支えてくれた人は本当に沢山いるし、そんな人たちに対して、感謝の気持ちを忘れないようにするのは大事だと思う。

でも、誰かの期待に応えるのって、「与えられた役割」を無理やり演じ続けることだけが正解ではない。それで身も心もボロボロになっては元も子もないから。

そんな「役割」を、自分の人生において少しでも満足が出来る道を選択することは、誰にでも出来るはずだ。私はそう信じたい。そう思えるだけの体力や気力を残して退職することが出来た自分を、今は少し誇りに思っている。


不安。希望。少しの後悔。

自転車を漕ぐ私の中で、あらゆる気持ちが浮かんでは消え、交錯していた。

雨は容赦なく私の身体を叩き続ける。だが、時間が経つうちに、なんだか「与えられた役割」の皮を被った自分が、洗い流されていくような気持ちになった。

それはまるで。20数年ぶりに、生まれて間もない、ただの「ヒト」に戻ったかのようだった。

理不尽と闘うための武器は、持ち合わせている自信がない。だから、今後も不本意な役割を背負うこともあるかもしれない。

でも、これからは「ヒトとしての私」で、「与えられた役割」の皮を自分から被りたい。
「ヒトとしての私」にしか見られない景色を見に行きたい。

怖いけど、何とか毎日を生き抜く。埋もれてしまった幸せの形を一つでも多く見つける。

これだけでいい。何も特別なことはしなくていい。

家に着くと、雨はもう小降りになっていた。
見上げた空には、ピンク色の光が射し込んでいた。