最後のホームラン〜泥棒と呼ばれた本塁打王〜 6話
https://note.com/bright_oxalis53/n/nad18c0ad9736
https://note.com/bright_oxalis53/n/nffabb86fec55
https://note.com/bright_oxalis53/n/n48bf51f971b0
https://note.com/bright_oxalis53/n/nb4dd6b2a9217
https://note.com/bright_oxalis53/n/n7623309931de
https://note.com/bright_oxalis53/n/ndd9150de12bd
六話 消せない疑惑
『松崎重病説』
支配下登録の報道の次の日、各社一斉に一面で報じた内容だ。あの場に記者は吉野しかいなかった。一社独占になりうるところを見事逃した男は、戸崎から怒られる未来を予知することに成功していた。
開かれた監督室は今日も閉ざされていた。中には松崎と山元監督が朝から何やら話をしているようだった。
平川は一面を眺めて大きなため息をついた。支配下登録が決まった次の日にこの報道だ。ある種の同情論などもあり、最後の思い出作りとして一軍に上がるのでは?という憶測などもネットを賑わせた。
2軍での練習漬けのために痩せたその姿も重病説に拍車をかける一員だった。この件について特に会見などは行わず、支配下登録こそ決定したがしばらくほとぼりが冷めるまでは一軍昇格は見送りとなった。
復活を懸ける男の重圧はこの頃、余計な重さを持ってのしかかっていたのだろう。騒動以後、練習場と家の往復を松崎は繰り返していた。一方でスイングにはより力が戻っているように写っていた。
『ポメラニアンツ8連敗』
シーズンもオールスターが明け、後半戦に突入する頃、チームの状況はある種の悪循環の中に飲み込まれようとしていた。明らかに契約により固定されている新外国人のギャローズへのバッシングはとどまることを知らず、山元監督へも飛び火していた。投手陣で何とか持っていたポメラニアンツも、疲弊し始めており、平川登板でも連敗を止めることは出来なかった。
再び松崎待望論が囁かれ始めた。
あの騒動も沈静化して忘れられていた頃だった。球界のプリンスとも呼ばれた井上投手の女性スキャンダル、母校の海王高校の甲子園でのフィーバー、監督の采配に不満を持ったことで大暴れした助っ人セイバーJr.の騒動など、埋もれさせるには十分なほどの話題がそこにあったからだ。
球界のプリンス井上は今シーズンも順調に投手4冠王確定かという調子の良さであった。ただ現役アイドルとの熱愛報道に端を発し、19股に不倫もあったと盛りだくさん。逆に今までよくぞ何もバレずにここまで来たなという乱れっぷりに、連日ワイドショーを賑わせていた。
他2つの話題もお伝えしたいところだったが、あまりに筆頭として世間を賑わしているこの話題のみにしておこう。
「山元監督辞任しろ」
「契約野球で8連敗」
「ギャローズをクビにしろ」
熱心なファンの多いポメラニアンツファンから心ない言葉の数々が浴びせられ、集客も若干の落ち込みを見せていた。
そんな最中に白羽の矢が立ったのが松崎だ。ついに松崎復帰で勝とうが負けようが球界に明るい話題で注目を取り戻そうというのが球団としての魂胆らしい。
松崎の職人のように野球だけに取り組む姿勢は2軍でもお手本として高く評価されていた。ただ騒動以降のその姿は狂気すら感じるほどであった。
監督室に再び呼ばれた松崎は、重病説を否定するのが困難なほど思い詰めたような表情をしていたが、一軍復帰を告げられたのであろう後には久しぶりに表情が戻った様子であった。
『松崎一軍復帰へ』
一体何日ぶりなのだろうか。一軍メンバー表に松崎の名前が刻まれている。改めてスターであることを実感するほど、多くのファンが練習の時点から詰めかけていた。
どの媒体においても結果で示すだけだとコメントを残している松崎へ、もう変な質問をする記者も少なくなっていた。
99番という馴染みのない背中ではあるが、躍動する松崎の姿を記者も含めて楽しみに待っているのだ。
球団の意向としても平川が登板する試合でのスタメン復帰する目論見があった。平川も松崎もある程度察しが付いている部分でもあった。ポメラニアンツにとっての起爆剤としての役割も期待される中、その時は2日後のカイザースとの3連戦初戦に決定した。
当然チケットは飛ぶように売れ、一部の悪質な転売が社会問題化するほどの影響力であった。馴染みのない背番号ではあるがユニフォームの売れ行きも相当なものだったらしい。もたらされた副産物として大きな経済効果も産んでいた。
平川もいつも通り先発に向けた調整を進めていた。松崎の様子に違和感を覚えたことも緊張から来るものなのだろうと即座に理解することができた。自身の感覚の中では、チームを率いる一つの柱が戻ってきたような安心感に包まれていた。
あえて、何か声をかけるようなことはせず、普段通りの1日を過ごし、運命の復帰戦へ臨んだ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?