怪奇探偵 岸部露伴(『岸部露伴は動かない』シリーズのノベライズ全3作の感想)
人気漫画家の岸部露伴は、漫画の取材の為には手段を選ばない男だ。
リアリティある漫画を描き続ける為、今日も彼はあらゆる怪異に自ら飛び込んでいく。
岸部露伴と言えば、世界的に有名な人気漫画「ジョジョの奇妙な冒険」の登場人物である。
彼は主人公ではない。
それどころか初登場時は敵キャラだった男だ。
敵キャラが仲間になるのはジャンプ漫画の王道とは言え、主人公以上の存在感で何十年も愛され、スピンオフ漫画が出て、それがドラマ化までした例と言うのは他に聴いたことがない。
その漫画のノベライズ作品である「岸部露伴は叫ばない」「岸部露伴は戯れない」「岸部露伴は倒れない」の三作を最近一気読みしたのだが、思いのほか面白かったので感想を書く。
漫画のノベライズと言うのは、どうしても小説家の癖が強すぎて私は好きではなかった。
しかし、本書は原作の雰囲気の完成度が非常に高い。
能力を使った頭脳戦や奇妙なこだわりを持った登場人物など、原作漫画のファンなら「せんせえ、分かってんじゃねぇぇかよぉ――」とジョジョキャラに特有のチンピラ喋りでニヤニヤしてしまいそうなほど原作の雰囲気が良く出ている。
それに単純に怪奇小説としての完成度自体が高い。
本作は冒頭で説明した通り、「主人公が次々と怪異に遭遇する」と言う、 いわゆる怪奇探偵とでもいうべきジャンルの物語である。
この手のジャンルは多々あるが、この作品は群を抜いて面白い。複数の作家が物語を担当しているのだがどれも完成度が高い。
思うに岸部露伴と言うキャラクターが怪奇探偵として非常に使い勝手が良いのだろう。
まずは一つには動機が明確だ。
ホラーの登場人物は基本的にアホになりがちである。
「あそこ幽霊屋敷なんだって!観に行こうぜ!」
と言って特に理由もなく自ら危険に飛び込んでいく。
そもそも本当に幽霊がいたらただではすまないし、いなかったら行く理由もない。
ただ、「危ないからやめとこうぜ」などと、まっとうな事を言っていると話にならないので結果主人公たちはアホになる。
しかし岸部露伴にはちゃんと理由がある。
「漫画にはリアリティが必要だ」
と言う信念に基づき、彼はリアルな怪異に飛び込んでいくのだ。
馬鹿な大学生の命知らずとは違う、妥協のない漫画制作の結果として彼は怪異に遭遇する。
第二に、彼は探偵としては破格のチート能力を持っている。
彼の能力であるヘブンズ・ドアーは対象となった人間を本にする。そこには嘘偽りのない対象者の人生が描かれている。
普通、何らかの怪異が起こっている場所で、その事情を知っているらしき人間に会っても、ほぼ初対面の相手にべらべら事件の真相など喋るわけもないし、仮に喋ったとしてもその裏を取る術はほぼない。
と言うかいちいち裏を取る方法を考えるのは面倒(作者が)だ。裏の裏まで考えるともう切りがないし。
だから、怪奇探偵に限らず大概の探偵は裏を取らない。不思議な事に探偵には誰もが真実を話すのだ。あるいは推理と言う名のあてずっぽうが何故か必ず当たる。
不自然極まりない話で、この納得の出来なさ故私は探偵小説があまり好きではない。
しかし、岸部露伴は射程距離にさえ入れば(これが唯一の制約かな。遠いと駄目)初対面の人間の真実の記憶を知る事が出来る。相手がどれだけ警戒しようが関係ない。
物語を作る上で非常に便利なキャラなのだ。
最も、岸部露伴を主人公にすれば誰でも面白い怪奇小説が書けると言っている訳ではない。
岸部露伴シリーズの短編はどれも奇妙で強烈な、独創的アイディアに満ちている。
中でも「岸部露伴は倒れない」に収録されている「5LDK〇〇につき」は、原作未読組でもホラー好きなら是非読んでほしい傑作だ。
知人が奇妙な家を借りたと言うので取材に来た岸部露伴。
そこは駅にも近い5LDKの二階建ての家だが、家賃が月8000円。
何かいわくありげだが、家賃が安い理由は誰にも分からない。
ただ分かっているのは毎年6月の雨の夜に住人が消えると言う事だけ。
そして、知人が家を借りて最初の6月の雨の夜が今夜だという。
「これを漫画にしたら面白いと思うんだよね――」
そう嘯く知人の思惑通り、その家に泊まる事になった露伴。
一体消えた住人に何があったのか。
その真相を露伴は身をもって知る事となる。
これが無茶苦茶面白かった。
一体何が起こるのか見当もつかないところもワクワクするし、ただ怪異に逢うんじゃなくて、能力と知恵を使って戦うところがジャンプ漫画の主人公っぽくて熱い。
実の所、ノベライズでドラマ化しているのは「岸部露伴は叫ばない」に収録の「くしゃがら」だけだが、他の12作もドラマ化してほしい。
そして、これをお読みのホラー愛好家の方は、「ドラマ化するまで待てばいいか」なんて言わず、是非「5LDK〇〇につき」だけでも読んでみてほしい。
例え原作を知らずとも全巻一気読みしたくなること請け合いである。