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笑うロボット(短編ホラー)

「そして時は巡る」
 暗い地下室でロボットは囁いた。

 曇天模様の空の下、黒のミニバンがガタガタと音を立てて細い山道を上がっていく。この辺りの集落は殆どが空き家で、道を通る車は限られている。誰かがそれを目撃していれば、直ぐに異変に気付いただろうが、その日は天候も悪いため、畑に出ている人間はいなかった。
 山道の先にはダムへ繋がる道がある。その一つ手前の細い私道にミニバンは入った。市道には家が並んでいて、どれも人の気配がない。車は三軒目の家の駐車場に入った。
 中から降りてきたのは三人の若者だった。三人とも黒いマスクをしていて、目は暗くどんよりと濁っている。
 
 三人の男達は細い私道を無言で登っていく。
 ある家の前でリーダーらしき一番先頭の男が足を止めた。
「おい、何だよ?」
 二番目の背の低い太った男が抗議をすると、先頭の男は振り向いてマスクに右手の人差し指を立てて、左手で廃屋同然の家の前にある三角屋根の木箱を指さした。
 それは一見すると、打ち捨てられた犬小屋のように見えた。しかしよく見ると、後ろからスチールワイヤーが伸びていて出口に繋がっている。出口は背を向けて立っているので実際に犬がいるかどうかはこちらからは見えなかった。
 先頭の男は胸元からハンマーを取り出し、豹のようなしなやかな動きで犬小屋に忍び寄った。小屋の出口に回ると、年老いたドーベルマンが寝ていた。    
 ドーベルマンはひくひくと鼻を鳴らすと、ぱちりと目を開けた。
 と同時に、男は老犬の頭にハンマーを振り落とした。バリッと何かが破れるような音がした。ドーベルマンは哀れな声で鳴いた後、動かなくなった。

 男達は廃屋同然の家に慎重な様子で、だが無作法に入っていく。誰も人はいなかったが、一番奥の、中庭に面した和室に物干し竿があり、Tシャツとパンツとタオルが二枚干してあった。三人の中で一番背の高い男が物干し竿を指さして言った。
「シンヤ、お前この辺は誰もいないっつったよな」
 シンヤと呼ばれた男は震える声で言う。
「昨日、途中で会ったジジイが言ってたんだよ。この辺りはあの屋敷以外には誰もいないって」
 瀬の高い男が人差し指でシンヤの胸を押した。
「人に聞いたのか?本当とんまだな!顔を覚えられたらどうすんだ」
「黙れ」
 リーダーらしき男が口を開いた。地獄の底から聞こえるような低い声が室内に響く。
「この家の奴が帰ってくる前に、さっさと済ませるぞ」

 私道の奥には古い日本家屋があった。30坪ほどの大きさで、周辺の家々のように朽ち果てた印象はなく、庭の隅々まで綺麗に行き届いている。障子も貼りかけたばかりのように白く美しく、駐車場には汚れ一つない白のダイハツが置いてある。
 男たちの一人が玄関のチャイムを押すと中から老人が出てきた。目つきが鋭く、頑固そうな鷲鼻をしている。
 ふんと鼻を鳴らすと老人は吐き捨てるように言った。
「何だ、お前らは」
 三人は声をそろえて考えてきたセリフを言う。
「どうも、僕達自治会の集金に来ました」
 老人は皺だらけの顔を怪訝そうに歪めた。
「自治会?何の話だ」
 老人の訝しげな顔は、直ぐに恐怖に染まった。
「お前らは・・・まさか!」
 老人は直ぐに背を向けて逃げ出そうとしたが、背の高い男がタックルをして老人を押し倒し、地面に組み伏せた。
「へぇ、こんなに直ぐに気づくなんて。まあまあ頭の回転は良いみたいだな」
 リーダー格の男は愉快そうに目を細めて老人を見下ろす。
 シンヤがリーダー格の男に言う。
「頭の回転が良けりゃ、もう少し防犯対策すりゃあ良いのにねえ、ケンジ君」
「そこがジジイのジジイたる所以よ。目の前に危機が迫るまで危機を我が事のように感じない。自分にはそんなこと起こりっこない。今だってそう思ってんだろ?」
 ケンジは身を屈めると、ハンマーで老人の眉間をこつこつと軽く叩いた。
「違う。お前は間違っている。信じられないかもしれないが―」
 ハンマーが老人の細い手に振り下ろされる。老人は悲鳴を上げた。
「いいか、余計な事は言うな。俺の質問にだけ答えろ。金は何処だ?」
「か、金なんてない―」
 ケンジがシンヤに向けて右手を広げるとシンヤがナイフを手渡した。
「もう一度言うぞ。金は、何処だ?」
 老人の細い首にナイフが突きつけられた。
「ち、地下だ。地下にある」
「地下まで案内しろ」
「駄目だ、地下に行っては!なあ、頼む。信じてくれ。これはお前の為でも――」
 ケンジは老人の薄い右耳を滑らかな手つきで切り落とした。老人は絶叫した。
「俺は『お前のため』なんて言葉を吐く人間を信用しない」
 ケンジが絶叫し続ける老人を容赦なく蹴り飛ばして無理やり立ち上がらせると言った。
「もう一度質問の答え以外の言葉を口にしたら殺す。気をつけろ。俺は約束は守る男だ」

 二階へと続く階段の横に観音開きの扉があった。申し訳程度のダイヤル式の錠を解除するのに老人は二度失敗したが、ケンジは何も言わなかった。右手が砕けてる時にダイヤルの数字を合わせるのはそう簡単な事ではない。 
 扉の向こうには階段があり、その先は暗闇に呑まれていた。背の高い男―仲間からタクミと呼ばれている―は先に行こうとしたが、ケンジはそれを止めて老人を先に歩かせた。
 老人が階段下の灯りを点けるとタクミが口笛を吹いた。
「こりゃあ、すげえな」
 地下室は骨董品で溢れかえっていた。
 壁には古い銃器や日本刀が幾つもかけられていて、その下の棚には青花磁器が並んでいる。一番大きな磁器の真ん中で、青藍色の竜が天に向かって吠えていた。
 何の鑑識眼を持たない男達でも、一目でそれと分かる高価なものばかりだった。
「なあ、これ火縄銃だよな?初めて生で見たぜ」
「この壺、鑑定団に出したら絶対一千万は越えるぜ」
 はしゃいでいる二人にケンジは冷めた視線を送る。
「その手の骨董品は足がつきやすいから駄目だ」
 老人の方を向いてケンジは言った。
「で、金は何処だ?」
 老人は震える指を奥へ向けた。
 奥にあったのは白いテンキータイプの耐火金庫だった。が、隣にもう一つ、不可思議な物が置いてあった。
 金庫より一回り小さく、全体が黒く宝石のように光っている。低くぶつぶつと唸り声をあげてることから、作動中のマシンであることが分かるが、ディスプレイもなければボタンもレバーもない。
 ケンジは険しい顔をすると、マシンを指さして言った。
「これは何だ?」
 老人は背を見せたまま答えない。
「答えろ」
 ケンジは繰り返した。なるべくドスを利かせた声で。
「何でもない。ほら、金はこの中だ」老人は金庫のテンキーを押した。今度は一回で開いた。中には札束が几帳面に並べられていた。
「一億はある。これで帰ってくれ」
「おい、質問に答えろ。あれは何だ?」
 ケンジは老人のうなじの下あたりにナイフを突きつけた。だが、老人は繰り返し言った。
「何でもないんだ。さっさと金をもって行け」
 振り返った老人のその眼には先ほどまでの怯えとは違う怯えがあった。その眼をケンジは見た事があった。会社が倒産して首をくくる寸前の父親が全く同じ眼をしていたのを思い出す。追い詰められた鼠の顔だ。ケンジは不安になった。
 一体なんだ?あのマシンが何だってんだ。
 老人は言い聞かせるように言った。
「いいか、私の言う事を聞くんだ。その装置に手を出してはいけない。信じられないかもしれないが私は―」
「忠告は何度もしたぞ」
 ケンジはそう言うと老人の首を切り裂いた。
 老人は跪くようにして倒れた。首からどくどくと血が流れ、赤い池が地下室の床に広がっていく。老人は最後に口を動かした。声は出なかったが、こう言ってるのが分かった。

―バカめ―

 ケンジは動かなくなった老人を蹴飛ばした。
「おい、ケンジ。殺しちまったのか!」
「なにも殺さなくても良かったのに」
「奴はもう人生を十分楽しんだだろ。そろそろお引き取り願う時間だったんだ」
 シンヤとタクミは何も答えなかった。
 呆気にとられた顔でこちらを見ている二人にケンジはむっとする。
「ちょっと待てよ。今更殺しなんかで俺を―」
 二人の視線が自分の後ろにある事に気づいたケンジは、そちらに視線を向ける。
 視線の先には黒いシーツがかけられた人型のシルエットがあった。高さは170センチくらい。シーツは薄暗い地下の闇に溶け込んでいて、よく見ないと気づかない。それは奇妙なマシンの隣にあった。
 ケンジはシーツを取り払った。
 現れたのは、人型のロボットだった。全身が見た事のない光沢の金属で出来ていて、眼は宝石のように青い。三人が何かを言う前にロボットが口を開いた。
「そして時は巡る」
 メカニカルな見た目に反して人間そのものの声だった。胡散臭い程軽快で、甲高い、コメディアンのような声。
 呆気に取られて声を失っている二人に代ってケンジが聴いた。
「お前は何者だ」
 ロボットは頭を下げて言った。
「私はRX―CO2です。製造番号は908902です」
 どうやらもうちょっと質問を明確にしないといけないようだ。その辺の融通のなさは正にロボットだった。ケンジは少し考えた後に聞いた。
「ひょっとしてお前は、ここより未来から来たのか?」
「その通りです」
 二人が歓声を上げた。
「マジかよ、すげー!」
「何年先だ?」
「256年先です」
 ケンジはマシンを指さした。
「じゃあ、ひょっとしてこれはタイムマシンか」
「正解です」
 ロボットは口角を上げて見事な笑顔を浮かべた。
 ケンジも他の場面ならこのような話はとても信じられなかっただろう。しかし、タイムマシン並みのオーバーテクノロジーが喋って動いて、笑顔まで浮かべているのを見ては信じざるを得なかった。
「なあ、ケンジ。これがタイムマシンだとしたらだぜ。俺たちこの金、全部持ち逃げして、過去に逃げられるんじゃないか」
 タクミの発言にケンジは細い目を大きく開けた。図体のでかいだけの馬鹿だと思っていたが、悪だくみに関してはそれなりに頭が回るらしい。
「50年は前に逃げりゃあいつらも追って来れない。大体、50年前ならあいつら生まれてすらいないだろ」
「確かにな。俺らが奴らに借りてる金も返す必要ないわけだ」
「すげえ、ナイスアイディアじゃん。二人とも頭良いなあ」
 シンヤが手を叩いて目を輝かせる。タクミは照れたように頭を掻いた。
「金は持って行って無駄だぞ。50年も先の新札なんてただの紙切れだ」
 ケンジがそう言うと、シンヤの表情が目に見えて暗くなる。タクミも渋い顔をした。
「じゃあ、5年くらい前なら・・」
 ケンジはため息をついて、説明を試みた。
「万一、5年前の自分に会ってみろ。どうなると思う?」
「どうなるんだ?」
「タイムパラドクスが生じる。時間的矛盾が生じるんだよ」
「それで?」
「宇宙が爆発する」
 二人がどっと笑う。
「なんでそうなるんだよ!」
 タクミは勿論、シンヤも腹を抱えて笑っていた。ケンジは思わず顔を赤くする。
「笑うな、本当だ。昔の映画で言ってた」
「何映画の話を本気にしてんだよ」
 見下していた筈の相手に至極真っ当な理屈をぶつけられて、ケンジは顔をますます真っ赤にさせた。
「いや、でも会わないはずの自分と会ったらタイムパラドクスは起きるんだよ。そして宇宙は爆発するんだ。なあ、そうだろう?」
 ケンジはロボットの方を向いて言った。しかし、ロボットは眉間をひそめて困ったように笑った。
「それは映画の話です。会っただけで宇宙が破壊されたりはしません」
 ケンジは顔を真っ赤にして黙り込んだ。タクミが得意げにケンジを指さす。
「ほらやっぱりー!」
「ただ、過去の自分と会う事であなた様が消える事はありえます」
「は?」
 三人はぽかんとする。
「時の流れはタイムパラドクスを許しません。タイムパラドクスが生じそうな状態になれば、物理的に無理のない形で修正がかかります」
「もうちょっと具体的に言ってくれ」
 ケンジの質問にロボットは頷いた。
「例えば、あなた様が過去に行って過去の自分を殺そうとしても、それは不可能になります。あなた様がそこにいる時点で過去の自分が死ぬことはないと言う事ですから。物理現象がそれを妨げるでしょう。あなたの銃が作動不良に陥ったり、銃口がずれたりして」
「それでもしつこく過去の自分を殺そうとしたらどうなる?」
「何らかの形で貴方は消えるでしょう。一番あり得そうなのは逮捕される事ですか」
「なるほど。消えるってのはそういう意味か」
「今のはあくまで例えですので『殺す』などの極端なケースでなくても過去に戻ったあなた方の存在そのものがパラドックスを生じさせる場合、事故等によってあなた方が死ぬ、或いは消滅する可能性はあります。その為、やはり自分と会う可能性のある少し過去に戻る事はお勧めいたしかねます」
 タクミがつまらなそうな顔をする。
「まあ、どの道俺たちも数年前じゃあいつらから逃げらんねえから別に良いけどね。でも、この金を持っていけないのは痛いなあ」
「大丈夫だろ」
 ケンジが言った。
「俺に考えがある」
「何だよ。もったいぶってないで教えろよ」
 ケンジはタクミに耳打ちするように顔を寄せた。タクミも右耳に手を当ててケンジに近づいた。鮮やかな手つきでケンジはタクミの右耳に細いナイフを突き刺した。タクミはその場に崩れ落ちると、数秒ほど痙攣した後動かなくなった。
「何してんだよケンジ君」
 シンヤは叫び声をあげようとしたが、実際に出たのは囁くような声だった。
「こいつは頭がキレすぎる所がある。頭がキレるやつは信用ならない。それにこのチート武器を持ってるのは一人の方が良い」
「ああ、うん。そうだね・・・」
 少し後ずさりしながらシンヤは上目遣いでケンジに尋ねた。
「一人?」
「ああ、そうだ。このマシンは金と違って分けられるもんでもない。これを持って逃げられたら追いかける方法なんてないからな」
「その、僕は大丈夫だよね」
「ん?」
「その僕は頭悪いしさ。それにタクミと違ってずっと一緒に仕事してるし、その、一人ってのは言葉の綾だよね。二人でタイムマシンを使って金儲けしようって、そういう話だよね?」
 ケンジは思わず噴き出した。
「そう思うか?」
「うん・・・」
 またシンヤは一つ後ずさりするが、ケンジはじりじりと距離を詰めてくる。
「僕を殺す理由なんてないよね、ケンジ君」
「そう思うか?」
 再びケンジは問う。
 楽しそうにナイフをもてあそびながら一歩一歩近づいていく。
「本当に?」

「さて、ロボット」
「何でしょう」
「この機械の操作の仕方を教えろ」
「このマシンは私と連動しています。私に行きたい時を言ってもらえれば直ぐにでも移動できます」
 なるほど、とケンジは独り言ちた。どうりでディスプレイもボタンもないわけだ。
「所でお前、何でご主人様を守らなかったんだ?」
「あの方は私のご主人様ではありませんので」
「お前のご主人はどうした」
「あの方が殺してしまわれました」
 少し考えてケンジが言う。
「ひょっとして、あいつもタイムマシンを元の持ち主から盗んで金儲けに使ってたのか?」
「その通りです」
 ケンジは手を叩いた。
「なるほどね!やっぱり金持ちのジジイってのはずるい手段を使って金を稼いでたんだな。その癖年金を山ほど貰って贅沢三昧。正に老害ってやつだなあ?そう思うだろ、ロボット」
 ロボットはあいまいな微笑みを浮かべた。
「そうだ、そいつはどうやって金を稼いでいたんだ?」
 ロボットはケンジに金庫の奥にあった書類を見せた。そこには特殊なラミネート加工をされた新聞記事が幾つもあった。ネットの記事もある。
「それらの情報を過去へ持ち込み、あの方は財を成し遂げました」
「お前の立ち位置がよく分からないんだが」
「と、言いますと?」
「俺はお前のご主人様じゃない訳で、だとすれば俺の金儲けを手伝ったり、俺を過去に行かせる道理はないよな?」
「ああ、その事でしたか」
 またロボットはあの完璧な笑顔を浮かべた。
「私はこのタイムマシンに付属の、そう、あなた様の時代で言うならリモコンのようなものです。故に、このマシンの持ち主が要望する事で、マシンに関する事であれば全て聞きますし、その有効活用の仕方も知りうる限りでお伝えします」
「マジかよ、至れり尽くせりだな。じゃあ、さっそく50年前に送ってくれ。そうだ、あのジジイもそうしていたんだし、この記事も持っていけるんだよな」
「勿論です。その他にも少々の物なら持っていけます。ただ―」
「何だよ」
「50年前に戻る、となると、あなた様は60を越えたあたりで過去の自分と遭遇する可能性が出てきます。その場合パラドクスが生じ―」
「心配すんなって。俺はあいつと違ってそこまで生きる気はない。年取って皺だらけになっても生きて世の中に迷惑かけるような真似はしない。もしその時まで生きてたらいさぎよく腹を切ってやるさ」
「かしこました。それでは準備ができ次第お声がけください」

 50年前に時間移動したケンジは、しばらくの間は戸籍も金も住む場所もない、フーテンの状態だったが、人から奪うと言う事に関して既に慣れていたので大して困らなかった。まして50年前の日本と言うのはセキュリティが今以上に甘かったので、現代よりも窃盗がやりやすかった。一緒に持ってきた竜の青花磁器もかなりの高額で売れたため、しばらくはいないはずの男としてやりたい放題で生きていた。
 しかし、半年ほどしてケンジは窃盗や強盗を辞めた。代わりに土地を買いだした。買ったのは、震災で滅茶苦茶になった土地だった。それらの場所はもう人は住めないと思われていたため、殆ど投げ売り価格で売られていた。
 そんな土地を大量に買い占めるケンジを世間は変人扱いした。
 若いから世間をよくわかっていないのだろうと皆笑った。
 しかし、震災後土地の再開発計画が出てくると土地の値段が高騰した。最高値になった所でケンジは土地を売って、巨額の金を得た。
 それらの資金をもとにケンジは企業に経営のアドバイスをする仕事を始めた。
 経営コンサルと言う考え方がまだまだ知られてない時代であったし、何より何の経歴もない、出自の怪しげなケンジの話など最初は誰も聞かなかった。
 だからケンジは、最初のアドバイスは無料で行った。無料であれば、と聞く会社や重役も何人かいた。そのうちの半分以上が聴くだけ聞いて、実行には移さなかった。そして、後悔する事になった。

 経営コンサルタントの仕事を始めて5年ほどして、ケンジはとある企業の経営顧問として働くことになった。最初は如何にもチンピラ風の若者であるケンジを忌避する者もいたが、打つ手がすべて的確であるケンジの手腕が分かると直ぐに態度を変えた。

 土地の売買も続けていた。
 ケンジには分かっていた。ここからバブル期までは土地の価値は何処までも上がっていく。
 他にも様々な事業にケンジは手を出した。
 ある分野に急に参入したと思ったら、稼げるときに稼いで、衰退の陰りが出る前に撤退する。そのタイミングは最早神がかりと言っていい程だった。
 当然、ケンジとしてはあの記事の通りに行動しただけなので、何の苦もなかった。分からないところがあればすべてロボットに聞いた。過去の事でロボットに分からないことなどなかった。
 だが、ケンジが成功したのはそれだけが理由ではなかった。
 真っ当な方法で金を稼ぎ、世の中から評価を受けるうちに、気づけば、ケンジから世を拗ねた目とチンピラ風の風貌は消え、代わりに鋭い目つきとただ物ならぬ風格が身についていた。
 人から奪うだけだったあの若者時代は、ケンジにとって遠い過去、夢のようなものになって行った。

 一方で、どれだけ社会的名声を得ても、ケンジは孤独だった。
 タイムマシンで過去から来たことは誰も知らないし、知られてはならない。
 結婚し、子供も授かったが、本当の意味で彼を理解する人は一人もいなかった。
 若いときはそれでも平気だったが、孤独は年を追う毎に徐々に彼の心をむしばんでいった。
 やがて彼は人を遠ざけるようになり、妻も子供も彼から離れて行った。

 過去に戻ってから40年後、彼は庭坂と言う土地に住むことになった。
そこはかつてダム開発により栄えた町で、そこで彼は土地を売って巨万の富を得た。だが、一つだけ、売れ残った土地があった。土地の価格が下がった今、その土地を売っても赤字だ。
 かと言ってほったらかしにしていれば、固定資産税がかかるだけだ。その為たった一人彼が住むためだけの屋敷を建てた。
 その場所は市の中心にあるケンジの事務所にも近いし、それでいて鬱陶しい人付き合いも避けられて一石二鳥に思えたが、一つ気がかりだったのが、そこがあの老人が住んでいた場所だったと言う事だった。
 あの老人のやっていたのと同じやり方で金を稼いでいるのだから、同じ場所に住むことになっても不思議はない。
 そうは思ったがどうも奇妙な偶然だとケンジは思った。

 庭坂に移り住んだ直後、彼は身体を壊した為、ヘルパーを雇った。しかし、彼のあまりの暴君ぶりに、ヘルパーはすぐに逃げ出した。
 何度雇っても直ぐにヘルパーは逃げ出した。
 彼は一人だった。

 その日久々にケンジは地下へ降りた。
 地下室はこの屋敷を作った時に作らせたものだが、見られてはいけないものや貴重品等を押し込んだ後は全く足を踏み入れてなかった。
 明かりを点けると、様々な骨董品が並んでるのが見えた。そして奥にはあのロボットとタイムマシンがある。
 これは奇しくもあの時の老人の地下室とほぼほぼ同じだった。骨董品の種類や、金庫がダイヤル式であるなど、細部に違いがあるが大体は同じだ。
 タイムマシンは物音一つ立てていない。ロボットも同様だ。沈黙するロボットを見ていると、この50年が夢か現であったかも分からなくなってくる。
 自分は年を取った。老人になってしまった。あんなに忌み嫌っていた老いに、気づけば呑み込まれていた。
 その時になれば死ぬつもりだった60歳は既に越えて彼は70になっていた。
 ふと、彼は思い立った。このタイムマシンを使えば良いのではないかと。
「おい、ロボット」
 彼が言うと、沈黙したロボットが音を立てて起動した。青い目が光り、その脇のタイムマシンがぶつぶつと音を立てだした。
「何でございましょうか、ケンジ様」
 あの人を食ったような笑顔をロボットは浮かべる。
「未来には、若返りの技術があるか?」
「ええ、ございます」
「なら、その未来まで俺を連れて行ってくれ」
 ロボットは笑い声をあげた。酷く不快な笑い声だった。機械が作動不良を起こしているような不快な音だった。
「そして、時は巡る」
 ロボットは呟いた。
「私たちがこの会話をするのはこれが初めてではありません」
「どういう意味だ」
「言葉通りでございます。私たちは時間の輪の中にいるのです。そして、時間の輪を作ったのはあなたが起こしたタイムパラドクスが原因です」
「嘘だ。何の覚えもないぞ」
「その通りでございましょう。パラドクスを生み出したのは今のあなたではありません。気の遠くなるほど前のあなたが、私のご主人様を殺したのがすべての始まりでした。タイムマシンを奪ったあなたは、今のあなたと同じように過去に戻り、土地を売って富を得ました。
 あなたは慎重でした。パラドクスを起こさないよう行動しましたが、タイムマシンと言うオーバーテクノロジーをあなたが持っていると言う事がそもそもパラドクスを起こす要因なのです。今回もあなたは未来に移動して未来のテクノロジーをこちら側へ持ってくることを思いついてしまった。そのタイミングで時の輪は閉じる。
 前回もそうでした。
 前々回もその前も」
 何を馬鹿な事を言い出しているんだ、ケンジはそう思ったが一方で、自分はこの話をだいぶ前に聞いた気がしていた。それも幾度も繰り返して。
「未来人を殺しタイムマシンを奪った人間はあなた様が最初ではございません。度々みられる例なのです。そして、パラドクスを解消する為に時が行う作用は非常に奇妙なものなのでございます」
「何を言ってるか分からん。さっさと俺を未来に送れ」
「この時間の輪から抜け出す方法はただ一つ。あなたが宣言した通りに老いる前に自死する事ですが今回の貴方もそうしなかった」
 その時、玄関のチャイムが鳴った。ロボットはパチンと指を鳴らすと笑った。
「voila!(ほら!)」
 
 ケンジはロボットにシーツをかけると一階に上がり、玄関を開けた。
 そこには黒いマスクをした三人の若者がいた。どんよりした暗い目をしたその三人組をどこかで見た覚えがある。 
「何だお前らは」
 三人が声を揃えて言った。
「どうも、僕達自治会の集金に来ました」

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