【創作童話】きつねとCDウォークマン
ぼくがそのきつねと出会ったのは、見なれない黄色い花ばたけを見つけた、あの日のことだ。
小さいときから絵を描くのが楽しくて、中学の部活はまよわず美術部を選んだ。
高校生になってから、真剣に画家の仕事をしたいと思うようになって、母さんに相談したら、最初はすごく応援してくれていた。
けれど専門学校を卒業しても、すぐに画家としてやっていけるほど甘くはなかった。
ぼくが、いつまでたっても仕事も決まらず、それでも画家になりたいって言ってたら、
「そんなこと言ってないで、まともに就職すること考えなさい」
って、母さんに言われた。
正直、ガッカリした。
母さんは、ぼくの夢をずっと応援してくれると思っていたのに‥‥‥。
やっぱり画家になるなんて、無理なんだろうか。
そう思って、つい、
「画家なんか無理に決まってんじゃん。ちゃんと仕事するからさ」
なんて、言ってしまった。
こんなこと、言うつもりなかったのに。
ぼくは気晴らしに、スケッチに出かけた。
思いつきで家を飛び出してきたから、スケッチブックと、絵の具のほかは何もない。
いつものカバンと間違えて、父さんのリュックを持ってきてしまったから、スマホも入ってないし、ついてない。
仕方なく、こっそり父さんのリュックを開けてみると、見慣れない黒いイヤホンがあった。
「これってたしか、父さんが子どもの頃に使ってた‥‥‥。えっと、名前なんだっけ?」
ぼくはしばらく考えて、
「あっ、そうだ。CDウォークマン!」
そう呟いたとたん、目の前がクラクラして、しばらく目を閉じた。
なんだ?
もしかして、地震?
いや、立ちくらみ?
しばらくして目を開けてみると‥‥‥。
ふと、遠くのほうに黄色い花がゆれているのが目にとまった。
その見なれない花ばたけは、ずっとむこうのほうまでつづいているらしかった。
どうして気づかなかったんだろう‥‥?
もし見つけていたら、まちがいなくあの花を描いたのに。
ぼくは走って黄色い花のそばに座ると、夢中になって、その花の絵を描いた。
あんまり夢中になって、どれくらい時間がたったのか、分からなかった。
「もう帰らなくちゃ」
そう思って、父さんのリュックの中をのぞいてみると、大事なCDウォークマンが入っていない。
きっと、絵の具を取り出したときに、汚れないようにどこかに置いて、そのまま忘れたんだろう。
あわてて引き返したけれど、どこを探しても、CDウォークマンが見当たらない。
「おかしいなぁ。道まちがえたのかな」
ぼくは不安になって立ち止まった。
そのとき、だれかが山からかけおりてきたんだ。
それもすごいスピードで、
「うわぁ、大変だぁ! たすけてくれぇ」
なんてさけびながら。
ぼくは少しイラッとして、
「おい、走ったらあぶないじゃないか。気をつけろよ」
と言った。
ぼくはのんきにそんなことを思いながら、ふりむいてびっくりしてしまった。
そいつは、
「大変なんだよ。化けものが、化けものがいたんだよぉ」
って足をぶるぶるふるわせている。
けれど、くつははいてない。
そのかわりに、そいつの手足は黄色だった。
そこにいたのは、小さいきつねだったのだ。
「そりゃあもう、こわいんだよ。見たこともないし、山の中では一度も会ったこともない、不思議ながっこうをしているんだ」
きつねは、息をはずませながらこういった。
ぼくは頭がおかしくなりそうだった。
それなのに、きつねに、
「化けものって、どこに?」
と、しつもんしていた。
とつぜんあらわれたきつねの話を、冷静にきいているこのぼくも、ちょっとおかしくなっているのかもしれない。
「あの、花ばたけの中だよ」
「どんなヤツだったんだ?」
するときつねは、両手でまるいかたちをつくってみせた。
「体はまるくてひらべったくて、手や足がいったいどこについているのかわからない。だけど、長いしっぽが二本生えていて、しっぽのさきにはまるいものがついていて、近づくとさわがしい音をたてるんだ。ぼくはびっくりしてにげようとしたんだけど、そいつはしっぽでぼくの足にからみついてはなそうとしない。ぼくは必死でもがいて、そいつの体をたたいてやったら、シュンって変な音を出したんだ。それでも、まだしっぽははなれないもんだから、もういちどたたいてやったら、今度は大きな口をあけて、ぼくにかみつこうとしたんだ。あいつ、口の中に目玉があるみたいで、中でピカピカ光るものを見たんだよ。ぼくはもうにげるしかなかったんだ。ただもうおそろしくて、からまった足をふりほどくのがやっとだったよ。そこからは、どこをどう走ったのかもおぼえていない。夢中だったんだ。そしたら、いつのまにかこんなところに出てきちゃってね」
ベラベラと、きつねはいっきにしゃべりまくった。
‥‥‥今日は、おかしな日だなぁ。
見覚えのない黄色い花ばたけに、人間みたいにおしゃべりなきつね。
それに、きみょうな化けものか。
この山には、おかしなヤツがいるものだ。
ぼくは、しばらく考えこんだ。
「そんなの、聞いたことないな。なにかとまちがえたんじゃないのか? ぼくもさっきこの近くで絵をかいていたけど、そんな変なヤツ見なかったよ。どうせ、草かなにかが足にからまったんだろ?」
あぁ、それにぼくだってどうして、こんなにふつうに、きつねと会話なんかしているんだろう?
「そんなはずないよ、ぼくはずっとこの山でくらしてきたんだから。草と見まちがうはずはないよ。ああ、こわい。今にも大きな口が目のまえにあらわれそうだ」
きつねは、心配そうにきょろきょろとあたりを見まわした。
「そんなにこわいんなら、もういかなければいいじゃないか。だいたいおまえ、なんでそんなもんに近づこうとしたんだ?」
「あそこには、ボクのたいせつなお花があるんだ。あしたは妹のたんじょうびだから、今日はたくさんつんでおこうと思って。だけととっても不思議なんだ。ボクは今まで、お花のことなんてすっかりわすれていたのに、とつぜん思い出したんだもの。きっと、あなたに会えたおかげだ」
「ぼ、ぼくに?」
「そうですとも!」
きつねはとつぜん、言葉づかいがていねいになったかと思うと、目をかがやかせてこういった。
「むかしから、不思議なことはみんな神様の教えなんだって、うちの父さんがいってました。ぼくにお花ばたけを思い出させてくれたのは、きっと神様‥‥そう、あなたです! ああ、あなたは神様だったんですね!」
「はぁ? なにいってるんだよ、急に」
「だって、ボクがお花をつもうと思ったのは、神様からのお告げがあったからなんです。きっと、そうなんですよ。だってボクは、ついさっきまで家の仕事でいそがしく、なにしろ、お庭のそうじにさらあらい、おふとんの葉っぱをお日さまにあててかわかして、それがおわると食べものをさがして、夕方までにお料理こしらえて、夜は妹とあそんであげて、毎日そんなくらしをしていると、いったい今日が、何月何日なのか、わかんなくなっちゃうでしょう? そんなとき、ふっときこえたんですよ。空から、お花をつみにいきなさいって、ささやくように声がしたんです。それはきっと、神様がボクにおしえてくれたんですよ。妹のたんじょうびをわすれるなってことです。そうでしょ?」
「ぼく‥‥、そんなの知らないよ」
きつねは、ぼくのいうことなんてまるで聞いちゃいない。
夢中で話しつづけてる。
「ボクはそれまで、妹のたんじょうびも、お花をプレゼントすることも、わすれていました。それどころか、お花ばたけがあることも、たんじょうびがあることまでもわすれていました。ほんとうに今日が何日で、今何時なのか、まるでわからなくなっていたんです。それなのに、ふと目がさめたかのようにひらめいたんです。神様の、そう!あなたの声で」
「花をつみにいけなんて言ってないってば」
「いいや!ボクにはちゃんときこえたんだ」
もう何を言っても、きつねの耳に入らないみたいだ。
「あのときもう少しで、葉っぱをねどこにもっていこうとしていたんだけど、その声をきいて、ボクはもっていた葉っぱも、はめていた手ぶくろも、はいていた長ぐつも、みんなほうりだして、お花ばたけへ走っていったんだ。まにあってよかったぁ。外へ出なけりゃ、ボクはまた一年間、妹のたんじょうびをいわってやれないところだった。ボクがいわってやらないと、あいつは一年間おとなになれないんだ。たしかあいつ、去年も年をとらなかったからなぁ。そんなかわいそうなことはもうこりごりだよ。だから、思い出してほんとにうれしいんだ」
きつねは、ぼくの両手をにぎりしめてこう言った。
「ほんとうにありがとう。神様」
「ちょっとまってよ。ぼくのどこが神様なんだよ!」
まったく! 神様がリュックサックしょってても、なんの不思議もないっていうのか?
ぼくも何か言おうとしたけれど、
「いやぁ! お花ばたけにいかなかったら、化けものにだいじなお花を全部とられるところだったよ。ほんとうに、はやく気づいてよかったなぁ」
って、すっかり無視されている。
「おい、まてって」
「ありがとう、神様。何回お礼をいってもたりないくらいだ」
「聞けよ! ぼくは神様なんかじゃない」
「また、そんなこと言って」
きつねは、ぼくの服のそでをひっぱった。
「こんな人間の服までかりて、人間のふりして、ボクをおどろかさないようにしているんでしょ? やさしいなあ、ほんとうに。神様っていうのは」
「あのねえ、ほんとにぼくはただの人間なんだよ! ここに絵をかきにきただけなんだよ。信じてよ」
「じゃあ、なんでボクのこと、まっててくれたのさ」
そでをつかんだまま、きつねがぼくを見あげる。
「何言ってんだよ。べつにおまえのことまってたわけじゃ‥‥‥」
「いいや、まっててくれたんだ。あしたまでに、妹にお花をつんでかえらなくちゃならないボクのために、化けものにおそわれたあと、ここで話をきいて、こうして化けものたいじに行こうとしてくれているんだからね」
「ぼくがいつ、化けものたいじするって言ったよ!また勝手なこといって‥‥」
「あなたは神様だ。ボクの心に伝わりますとも。さぁ、どうかはやく、あのおそろしい化けものをやっつけてきてください! ねっ、おねがいしますよ。ボク、案内します」
きつねはぼくの手をひっぱった。
もうすっかり、きつねのペースだなあ。
だけど、そんなこと言って、だまそうったってムダだぞ!
ぼくは冷静になって考えた。
きつねなんて、人をだましておもしろがってるにきまってる。
わるがしこくて、お金を葉っぱとすりかえたり、人間にばけたりするんだ。
きっと、その化けものだって、きつねの仲間が化けているんじゃないのか?
ぼくは相手にしないことにした。
これ以上おかしな話をきくのはやめよう。
「わるいけど、おまえにつきあっているひまはないんだよ。絵を描いたら、はやく帰らなきゃ」
「そんなぁ、ついてきてくれないの?」
「なんでついて行かなきゃならないんだよ」
「だって、ひとりじゃ帰れないもん。大きな口に食べられちゃうよ。二本のひょろひょろ長いしっぽをまきつけられちゃうよ。口の中の、ギラギラ光る目玉ににらみつけられちゃうよぉ! ああ、どうしよう! そんなことされたら、今夜はボクぐっすりねむれないっ! 神様、ボクをおいて行かないで。おねがいだよ!」
きつねは、ぼくにしがみついてきた。
体をぶるぶるふるわせながら、今にも泣き出しそうな顔で、あんまりさわぐもんだから、ぼくはなんだかことわれなくなってしまった。
「まいったなぁ」
だけど、どうしたらいいんだろう?
とにかく今は、なにをいっても人間だって信じてもらえそうにない。
だけど、どうにかしてにげ出さなきゃ。
神様だとかいっといて、あとで何をされるかわからないからな。
ぼくは思いきって、きつねのいう神様ってモンになりきってみることにした。
すっかり信じこんでるこのきつねには、こうするのが一番だ。
「じゃあ、おまえ。ほんとうに化けものをたいじしたいっていうんだな」
「そう!そうなんですよ、神様。ボクがせっかくそだてたお花なのに、そいつがみんなふみつぶしているんだから、ボクはあたまにきてるんだ」
「わかった。そこまで言うならかなえてやろう」
「ほんとですか? うわぁ、よかった!ああ、うれしい! ありがとう神様。いやぁ、さすが神様だ」
きつねはよろこんで手をぱちぱちたたいた。
「ただし、一つ条件がある。それはぼくがさっき‥‥‥おい、聞いてるか? きつね!」
ぼくがせっかく神様になりきっているっていうのに、きつねのヤツすっかりはしゃいで、
「神様におねがいすると、かなえてもらえるっていうのは、ほんとだなぁ。いやぁ、やっぱりたのんでよかったなぁ」
って、ぼくのまわりを走りまわっている。
「話を聞けー!」
ぼくがさけぶと、きつねはピタッと走るのをやめて、
「なぁに?」
といった。
「化けものをたいじするのは、おまえがぼくのCDウォークマンをもってこれたらの話だ」
ぼくは、ひそかに考えていたんだ。
きつねがCDウォークマンをさがしにいっているあいだに、こっそりにげようと。
どうせきつねのことだから、CDウォークマンがどんなものかもわかるはずがない。
もどってこないうちにかえれば、もう二度と、このへんてこなきつねに会うこともないだろう。
ところが、きつねは
「ええ〜!?」
と、つまらなそうな顔をした。
「そんなの神様、自分でとってくればいいじゃない。神様だったらかんたんでしょ? なくした場所が頭にひらめいて、ぱぁーって、つえでもってこれるんでしょ? 手をつかわなくたっていいんだから、らくちんじゃないか」
「ええい、うるさい! それができないなら、ねがいをかなえるのはやめにするぞ!」
ぼくが本気でおこったように、うでをくんでみせたら、きつねはあわてて、
「うわあ、神様。行きます、行きます。とりに行きますとも。だからどうか、ねがいをかなえてくださいよぉ!」
ってさけんだ。
「よし。それじゃあ今すぐとってこい」
「何をです?」
「CDウォークマンだ」
「ねぇ、それってうまいのか? どんな味するんだ? ボクもほしいなぁ。そうだ! せっかくだから、妹のたんじょうびのごちそうにしますよ。どんなかたちしてるんですか? どこに生えてます?ボクたくさんとってきて、冷蔵庫にしまっておきますよ。お料理のしかたもおしえてくださいね!」
「あのねぇ、それは食べものじゃなくて‥‥‥」
そういって、ぼくはこうかいした。
これじゃあ、CDウォークマンってものを説明しなきゃならなくなる。
あぁ〜、うそでも食べものだって言っとけばよかった。
予想通り、それは音楽を聴くものだっていう説明をさせられたあげく、
「ああ、それならボクももってますよ。月のきれいな晩に、父さんとふたりで野原に出かけていったときに見つけた小石で、これが夜、そっと耳にあててみると、いい音がするんです。死んだ母さんといっしょに山をかけまわったときの風の音がきこえてきます。神様、その石のことまで知っていたんですね。さすがは神様。ボクのことはなんでもお見通しだ」
と、ますますほめられてしまったのだった。
「あのう‥‥そういうんじゃなくて」
「でもまさか、あれがほしいんですか?いくら神様でも、あの石はあげられませんよ。ボクのたからものですからね」
「いらないよ、そんなもん!」
あぁ‥‥、このおしゃべりきつねにつきあうのって、けっこうつかれるな。
「もういいよ。ぼくが自分でとりにいくから」
「それじゃ、化けものは? たいじしてくれるんでしょ? 神様」
きつねは、ちょっと不安そうにぼくを見あげた。
これじゃあほっとけないよ。
ついさっき、相手にしないと決心したばかりなのに‥‥‥。
「わかったよ、ついてってやるよ。ぼくのCDウォークマンとりにいかなくちゃならないし。そうだ。せっかくだから、その化けものの絵をかくのもおもしろいな」
ぼくは、その化けものをちょっと見てみたくなった。
いったいそいつはなにものなんだ?
「え? なんですって! 絵をかく?」
きつねはうろたえて、首をブルブルとよこにふった。
「やめたほうがいいですよぉ。神様、食べられちゃいますって」
「食われるんなら、おまえもいっしょだろ」
「ぎゃああ!そ、そんなのやだよぉ!」
きつねの声があんまり大きかったから、ぼくは耳がいたくなった。
「ボクは生まれてから、一度も化けものに食べられたことがないんだよぉ! それなのに、このボクが食べられちゃうなんてぇ! やだよ、やだよぉ。ボクたちどうなっちゃうの? ボク油揚げにされちゃうの? それともサンドウィッチみたいにはさまれちゃう? ハムみたいにうすっぺらにされたら、もう父さんや妹にだって会えないよぉ」
「大げさだな。なんでそんな話になるんだよ」
「こわいよぉ! 神様たすけてえ。ボクだけおいてにげたりしないでね!」
「わかった、わかった」
ぼくはあわてて話をかえた。
きつねがこれ以上、ややこしい話をはじめたら大変だ。
「とりあえず、その化けもののところへ案内しろよ」
ぼくは、先に花ばたけの中を歩きはじめた。
「まってくださいよ、神様!」
きつねの声がおいかけてきた。
「神様、空とんでいかないんですか? ボクとんでみたいなぁ。雲とかよばないんですか? ねぇ、神様ってばぁ」
このきつねのおしゃべりのせいで、かなり遠回りしてしまったらしい。
30分くらい歩いたはずなのに、どっちを向いても、さっきの黄色い花ばたけがあるだけで、ちっとも進んだ気がしない。
「なんだよ、ここさっきの場所じゃないか」
「だってボク、化けものに近づきたくなかったんだもん」
「もしかして、同じとこぐるぐる回ってたんじゃないだろうな」
「あったり!」
「おまえ、いいかげんにしろよ」
「だって神様、全然気づかないんだもん」
きつねがけろりとしていうもんだから、ぼくはあきれてためいきをついた。
「ここだよ! 化けもの、この池のそばにいたの」
きつねが小さな池をゆびさした。
「神様なら、きっとあの化けものをおとなしくさせることができるんだろうなぁ。そうだ! ぼく、いいこと考えた」
「今度はなんだよ」
「ボクね、目玉やきが食べたいの」
きつねがまた、みょうなことをいいだした。
もっとも、ぼくはもうほとんどおどろかなくなっていたけれど。
「あの化けものの口の中には、目玉があるの」
「あっそう」
「ピカピカ光るヤツなんだ」
「さっききいたよ」
「あれ、やいてみたいな。どんな味すると思う?」
「さぁね」
「神様! つくってよ目玉やき。ボクおなかすいちゃった」
「何でそんなことしなきゃならないんだ」
「だってえ。ずっとなんにも食べずにお花ばたけを歩いてたんだよ。これからごはん食べるところだったのに、急にお花をつみにいけって神様によばれて」
「だから、ぼくはよんでないってば!」
まったく、きつねのヤツは!
だけど、そう思いこんでるんだからしかたないな。
ぼくは、リュックの中からおべんとうをとりだした。
ちょうどぼくもおなかがすいてたんだ。
「うわぁい! 神様すっごい。もうお料理できちゃったの?」
きつねはおおよろこびで、ぱくんと一口食べると、幸せそうに笑った。
「おまえって、食べてるときは静かなんだな」
「だって、おなかぺこぺこなんだもん。神様、はやく化けものつかまえて、目玉やきにしちゃってよ」
「おまえ、ほんとに化けもの食べたいのか? さっきあんなにこわがってたのに」
「だって、神様。わかってたんでしょ?ボクがお花をつんで、おなかがすいたら食べられるように、わざと化けものをつれてきてくれたんでしょ? せっかくだから、いただこうかなって思ってさ。だけど、できれば化けものじゃなくて、もっとかわいいのとか、おいしそうなのとか、食べやすいのにしてほしかったなっ!」
「あのねぇ‥‥!」
といいかけて、ぼくは思わず笑ってしまった。
とうとう化けものまで、神様(ぼく)のせいにされてしまった。
いつのまにか、このきつねといるのが楽しくなっていた。
ぼくがあまった画用紙で、きつねの絵をかいてやったら、すごくよろこんだ。
「神様うまいなぁ。鏡を見ているみたいだ。なんだかかしこそうな顔がボクそっくりじゃないですか。父さんもよくいってたなぁ。おまえはかしこい子だって。母さんのかわりに妹たちのめんどうをよくみてくれて、ほんとうにたすかるよってね」
「うん、そうだろうね。毎日いそがしそうだし。よくやっているんだね」
ぼくがちょっとほめてやったら、きつねのヤツすぐ調子にのって、
「あっ、分かります? やっぱり、ボクってかしこいんだなぁ。神様にそう言われたんだもの、まちがいなくかしこいんですね!」
なんて言ってる。
「おまえ、それ自分で言うなよ」
「あれ? 言っちゃいけないことなんですか? なにしろボク、かしこいってどういう食べものかよくわからなくって。きっとおいしいものなんだろうって思っていたんですよ。だってボクみたいな顔のこと、こんがりやけておいしそうとかっていいません? ボクうれしいな。そうやってほめてもらえるなんて」
「おまえって、ほんとおもしろいやつだな」
「え? ほんとに? うわぁい、またほめてもらっちゃった!」
きつねがむじゃきに笑うと、ぼくもしぜんに笑っていた。
このままこうして、きつねのおしゃべり聞いてるのもわるくない。
このとき、ぼくはきつねからにげ出そうとしていたことなんか、すっかり忘れていた。
こんなおかしなヤツめったにいない。
1人でいるよりずっと楽しい。
そんなことを考えていたときだった。
「きゃああああ、でたぁ! たすけて神様!」
きつねが大声をはりあげたんだ。
「あ、あれだよ。あれが、化けものだよぉ!」
ぶるぶるとふるえているきつねの前に、黒い化けものが口をあけているのが見えた。
ぼくはおそるおそる近づいていった。
どんな化けものか見てみたかったけど、いざとなると、やっぱりちょっとこわいな。
だけどすぐに、ホッとした。
そこには、ぼくが忘れたCDウォークマンがあったんだ。
きつねの花ばたけの真ん中で、ふたがひらいたままになっている。
「そうか! おまえこのCDを見て、口の中に光る目玉があるなんて言ったんだな」
急いでCDウォークマンをもちあげて、
「心配ないよ。これ、ぼくのだよ」
って言おうとしたのに。
きつねのほうをふりかえったとき、あいつはもう、
「うわぁ。神様、こわいよぉ!」
って、さけんでにげてしまっていたんだ。
「あっ、まってよ。おーい!」
ぼくは、あわててあとをおいかけた。
あやまらなくっちゃ。
こわい思いさせてごめんねって。
ぼくがCDウォークマンを置き忘れたせいで、おまえのだいじな花をつぶしてごめんねって。
だけど、きつねのすがたはどこにもなかった。
そのあとすごい雨がふってきて、しかたなく家に帰った。
雨がやんだあと、もういちど外へ出てみたけれど、きつねどころか、あの黄色い花ばたけさえも、見つけることはできなかった。
ぼくは、きつねにだまされていたのかな。
ぼんやりとそんなことを考えた。
あのきつねは?
黄色い花ばたけは?
みんな夢だったんだろうか‥‥‥?
ぼくが見た黄色い花ばたけも、だれに聞いても知らないっていうんだ。
だけど父さんのCDウォークマンには、あの黄色い花びらがくっついている。
「不思議なことは、みんな神様の教え」
きつねの言葉を思い出した。
ぼくもそう思うことにした。
もしかしたら神様っていうのは、あのきつねのほうだったのかもしれないな、とぼくはときどきそう思う。
それからぼくは、まよわずきつねの絵をかいた。
黄色い花ばたけのまんなかで、大きな目玉やきを食べているあいつの絵だ。
画家になる夢は、やっぱりあきらめられない。
どんなに時間がかかっても、自分が思った通りにまっすぐに夢を追いかけよう。
あのおかしなきつねと出会ったあの日から、不思議とそう考えるようになっていた。
だれがなんと言おうと、まっすぐに。
どんなに違うと言われても、ぼくを神様だと言いつづけたあいつのように。
その思いは、いつのまにか、まわりのみんなを明るい気持ちにさせるから。
やがて、CDウォークマンみたいに大きな目玉やきを食べている、きつねの絵が完成した。
そのきつねは、
「うん、おいしいね。この化けもの」
といっているようだった。
おしまい