乾杯
僕の家族はお互いのプライベートについてあまり話をしない。ましてや恋愛話なんか以ての外で家族として最低限の情報交換しかしない。
こんな風に言うと、家族仲が悪そうと思われるかもしれないけど、そうじゃない。
家族で映画を見に行くこともあるし、外食もする。
ハナレグミの永積タカシさんの言葉を借りれば、「友達のようで、他人のように遠い愛おしい距離」があると思っている。
そんな距離が自分にはとても居心地が良い。
でも友人が「20歳の誕生日に父親と晩酌したよ」と聞くと多少羨ましくも感じる。
けれど僕が父親とそんなことしたら、気恥ずかしくて蒸発してしまいたくなる。
ある日の午前中、燦々と太陽が照りつける父親と2人だけの車内で、普段は音楽を聞かない父が柄にもなく「音楽流すか。」と言って選曲したのは、長渕剛の「乾杯」だった。
歌詞を聴きながら、きっとこれはもう少しで社会という荒波の中に飛び出す父から自分への応援歌なのかなと思った。
あのとき、確かに心の中でグラス片手に父と乾杯した。