小此木さくらと誕生ドラゴンスレイヤー

巨石が飛び、木々が弾け折れ、おじさんが転がる。
私を仲間外れにしてヒースとおじさんが全力で遊んでいる。
簡単に言うとサッカーだったり、キャッチボールだったり、ボーリングだったり、かけっこなんだけどヒスクリフがやるととんでもなく規模が大きくなってしまうらしい。
わたしは理解がある方だと思うけどやっぱりこれじゃ村で嫌われちゃったり、怖がられちゃったりしても仕方ないなぁと思ってしまう。
ここは何もない森の中だからいいけど・・・
何もなくなっちゃった森の中だけど・・・
ヒースが遊んだだけで何もなくなっちゃったけど・・・
つか、わたしが思ってた以上にヒースは我慢して力を押さえてたんだなあ。
今はヒースのお母さんとお父さんにちょっぴり本気で謝りたい。
本当にヒースに対する態度にはイラっと来たけど、この光景を目の当たりにしたら怖がっても仕方ない気もする。
「ジョージおじさんは良くついて行ってるなぁ」
超大型台風とか、大地震みたいなヒースの遊びにジョージおじさんはよく食らいついて行っている。
ひどいことになる前にわたしが代わってあげようかと思っていたのだが、そんなにひどいことになっていない。
まあ、ボロボロだけど・・・
「もう手加減はせん!」
1000メートル走でヒースにぶっちぎられたジョージおじさんはハアハア言いながら、気合の声を上げる。
いやもう潰れたカエルみたいに地面にへばりついてるけど根性はすごい。
周りにあった木々が全部へし折れて、地面にいくつもクレーターができる状態になるまでヒースの遊びに付き合っていてまだ挑もうとは!
「ふーん、まだやるんだ。もう降参すればいいのに」
腕組みをして馬鹿にしたような言葉を投げかけるヒースがめちゃくちゃ嬉しそう。
今までおじさんみたいにガッツのある遊び相手がいなかったに違いない。
さっき怒られたから乱入はしないけど。
我慢するけれども。
が、ま、ん。
うがあああっ!
「そんなわけで、ここからはわたしが相手をする! 本気で来なさいヒース!!」

「さくら姉ちゃん、ひどいよ」
ヒースがさめざめと泣いていた。
う、うそだ。
あんなにパワフルでデンジャーなヒースがこんなに簡単に・・・
「手加減しなくても・・・」
「してないよ! さくら姉ちゃんは異常なんだよ! ぼくが全力で戦っても絶対勝てないってわかるオーラが出てたからおとなしく捕まったのに!! ぼくをいじめるなんてひどいよ!」
「い、いじめる・・・」
「そうだよ! いい大人が子供相手に本気を出すなんてひどいよ!」
「でもわたし中学生だし」
「ぼくの三倍はばばあだよ!」
ぴきん。
「ギャラクシー・ウイニングザレインボー!」
「わああああああああああああああああああああああ」
「ちょ、御使い様。ヒスクリフが、ヒスクリフがああああああああああ」

それから三日後、わたしたちはボロボロになって王様のお城が見える位置まで歩を進めていた。
先頭に立つジョージおじさんはスペシャルキングギドラの首を掲げ、わたしはヒースを背負い、お腹がすいたときの非常食としてスペシャルキングギドラの体を引き摺ってきている。
スペシャルキングギドラの鱗包みのホイル焼きは絶品だった。
たまには焼けた毒の欠片を飲んで悶絶したりもしたけれど・・・
ともあれ、歩きに歩いて三日間である。
わたしたち三人が歩きに歩いて三日かかる距離・・・
完全な密林・・・・
あれだけの大破壊があっても、天空へと駆け上がる虹が発生しても何の影響もなさそうなお城・・・
「おじさん、もしかして厄介払いされただけなんじゃないの? 毒竜って何百年も前からいたんでしょ? 竜がいても別に迷惑じゃなかったんじゃないの?」
「そんなわけはないでしょう。こやつは生贄を求めていたサタンですぞ」
「そんなことできるほど賢くなさそうだったけどなぁ。そもそも誰がスぺちゃんの言うことを聞いて生贄送り届けてたの? スぺちゃんがここまで飛んできたってわけじゃないんでしょ?」
「スぺちゃんてなんですか。スぺちゃんって。しかしそういわれればそうですな。まあ腐りきったサタンですし、そこらへんは何とかしたのではないですかな?」
わたしの言葉にジョージおじさんは首を傾げた。
これは確認とかしてないな。
悪魔がいるといわれて、とっ捕まえに行ったらヒースだったみたいなオチかもしれない。
スぺちゃんはもうただのお肉になっちゃったけど・・・
「ちょっと考えた方がよさそうね。今日はここで野宿!」

次の日の朝・・・
「考えたけど何にも考え付かなかったから、あっちが何かしてきたらとっちめるってことで」
わたしはヒースのドラゴンブレスの熱できれいに焼けたスぺちゃんの尻尾のお肉を頬張りながら、人差し指を立てる。
「ちょっとはびっくりしてくれてもいいのに・・・」
「まあ、ドラゴン族名乗るぐらいなんだから火ぐらい吐けても別にいいじゃない。便利だし。もうちょっと火加減がよければもっといいんだけど」
「みんなもっと驚くっていうか怖がるからやらないようにしてたんだけど」
まあ、あれだけの「遊び」を見せられた後に火を吐くだけで驚けって言われても無理な話。
そういえば死にかけていたようにみえたヒースも、おじさんもスペちゃん肉を食べると見る見るうちに元気になったなぁ。
ちなみに昼間ヒースをおんぶして歩いているのはいきなり超本気の「ギャラクシー・ウイニングザレインボー」という超必殺天空かちあげアッパーを食らわせてしてしまったお詫びである。
空に向かって虹色の光を描きながら星になるヒース。
良く生きてたなぁ。
ヒースじゃなければ危なかったかもしれない。
「ヒスクリフ。残っているワインを水を割ってやるから飲むがいい。その頑丈さはまさに神の御加護。体を大事にするのだぞ」
「わたしは? わたしもワイン飲みたーい」
「もうこれでワインはお終いです。水もなくなりましたから御使い様は川に水汲みに行ってくだされ。わしはヒスクリフを看ていますので」
「ジョージおじさんが冷たい!」
「御使い様、私はあなたの尻拭いをしているのです。わかっておられるのですか?」
うわっ、何か久々に丁寧な口を利かれた。
きょ、距離を感じるなぁ。
「それじゃ、わたし水を汲みに行ってくるね。他に何かあったら言っといてくれればやってくるよ」
「甘いものが食べたいなぁ」
「だそうです」
「ヒース、いい根性してるわ。あんた」
わたしはこぶしを握り締めぷるぷるさせながら、大人しく川へ水汲みに行った。

水場は至る所にある。
城が見えているのにまだまだ森は深く、ヒースの大遊びで破壊された場所なんて問題にならないくらい緑にあふれている。
自然が豊かというより自然しかない。
わたしは川の水で顔を洗って、がぶがぶ水を飲んでから、水袋に水をくむ。
ちっちゃい氷が混じった川の水は冷たい。
「あとは甘いものかぁ」
そう思って周りを見回すと足元に野生のイチゴがある。
いつも食べてるやつと違って、つぶつぶが荒いというか、すごい自然パワーがあって大丈夫かなぁって感じがしないでもないけど、持って帰ろう。
いいにおいだし、
わたしは一つちぎると口の中に放り込む。
「んー」
すっぱあまい。
わたしが自然の味を堪能していると遠くに赤くておいしそうなリンゴの実がなっている。
「自然のリンゴなんてあったんだ」
森の木々の中にリンゴの実を付けた木が何十本も連なっている。
一つちぎって食べてみる。
自然な味がする。
まあ、あんまりあまーいって感じじゃないけどイチゴよりは甘い。
「じゃあこれを持って帰りますか」
わたしは木の一本に手をかけて登るとリンゴがなっている枝をに三本へし折って肩に担いだ。

「ただいまー。甘いものあったよ」
わたしがリンゴの木の枝とキイチゴの房を見せるとヒースは大喜びした。
木になっているリンゴとか、野生のイチゴをはじめて見て、びっくりしたらしい。
ジョージおじさんの方は「よく見つけてきましたな」と褒めてくれた。
「リンゴの木がそこら辺にあるなんてめずらしくない? わたし自然のリンゴの木とか初めて見た」
「東欧は自然豊かですからな。わしのいた土地ではリンゴが自然になっているような場所はないですが栽培は盛んですぞ」
ジョージおじさんはリンゴをヒースに渡しながら、にこにこしている。
ドラゴン族は許さん的なことを言っていたおじさんがここまでデレるとは、遊びってすごい。
「でさー。これからどうする? まずはおじさん一人で自慢しに行ってくる?」
「さっきはみんなで乗り込もうっていってなかった?」
「何かされたらやりかえすってだけ。いきなり人数が増えててもおじさんが難癖付けられそうだし。ほら一人で毒竜を倒したってのとわたしたちの力を借りて毒竜を倒したっていうんじゃ違うでしょ?」
「いやいや、御使い様には一緒についてきてもらいますぞ。何せあなた様は天使であり、わしが神の加護を受けている証なのですから」
「そう簡単に信じるかなぁ」
「大丈夫です。御使い様の奇天烈な恰好をみれば誰でも信用します」
「キテレツってどゆこと?」
「さくら姉ちゃん、おじさんに協力してあげてよ」
「くぅ、ここでイテテとか言ってきたら問答無用で断ったけど」
素直なお願いなら聞いてもいいか。
わたしはそう思いながら、リンゴをかじった。
あんまり期待してなかったけどすごく甘い。

「ど、毒竜を退治したと!?」
「そのようで」
王の言葉にそれを伝えた貴族の一人が噴き出る汗を拭う。
門前の騒ぎを聞きつけ、見物に行ったのである。
門番から連絡を受け、門へと言ってみるとそこには見たこともない化け物の首をかかげた血塗れの、いや乾いた血の色に汚れた衣服を着た男が立っている。
首は人の体より大きく、さらにそのそばには同じような首を持つ馬をニ十頭いや百頭も合わせたような巨大な体を引き摺る奇妙キテレツな恰好の少女が立っていた。
男はその少女を「御使い様」と呼び、彼らの神の使いであり、正義の証だと喧伝していた。
「毒竜に間違いないのか?」
「それは・・・。毒竜の姿を直接見た者など居りませんので」
貴族はそれ以上の言葉を発することができない。
現王国の前の前の代の公国の、さらにさかのぼった時代の書物に毒竜伝説がある。
その書物にそのことが記されたのは千年以上前のことになる。
いわく岩をも溶かす毒を吐く獣、二十人の猟師、差配役を差し向けたが一人しか返ってこなかった、その一人の体は数日で崩れ死亡したなどの伝説である。
ちなみに現在にもっとも近い五十年前に先代の公国王が騎士団を引き連れ、毒竜に挑み全滅し、現王国が誕生したという歴史がある。
そのために王国は城を毒竜の生息地域と思われる騎士団の目的地付近を立ち入り禁止にし、民の保全に努めている。
もっとも立ち入り禁止にせずともその場所は遠く、どんなに森に深入りしてもたどり着けそうにはないのだが。
ちなみに生贄になったはずの若い娘たちは今は後宮で楽しく暮らしている。
毒竜の要求の原因は王のハーレム建造だったのである。
一年に一人なので、ここ十年の間で十人が王のハレムに入った。
もう十分なのでそろそろやめようと思っていたところに民からの突き上げがあったので弱気な王は娘を差し出すと言ったのである。
実はハーレムが完成したあとは騎士が奮闘し、毒竜は退治される予定だったのだが、あの男が割り込んできたのでいろいろと無駄な出費をすることになったのだ。
実は証拠の毒竜の首も作ってある。
古い言い伝えに従って、職人が完成させたもので、相当な手間と金がかかっている。
もっともハレムを建設すると言って買う反感と抵抗を思えば安いものだ。
「まったく異教の徒というのは」
いつも問題を起こす。
「雷神ペールと太陽神アーンこそが我らが祖神であることを否定などできるはずがないというのに」
王がため息をついたとき、勇者の帰還を報じる鐘の音が鳴り響く。
「謁見の間の準備が整ったようです」
「会わねばなるまいのう」
弱気な王は重い腰を上げ、謁見の間へと向かった。

異教の男の手柄話など誰の耳にも入っていなかった。
謁見の間を支配するかのように体を広げている毒竜の大きさと恐ろしさにその場にいる誰もが肝を奪われていた。
どんな獣にも似ていて、どんな獣にも似ていない。
それは土着の宗教観から言えば獣の王であり、ありていに言えば自然神の一柱にしか思えない。
そういう存在がいることを現王国人であり、旧公国人たちは疑ってはいなかった。
それは人が崇拝し、暴威を避け、豊穣を祈る存在であり、それを与えるだけの「力」がある存在であった。
それが今、異教徒の手で倒された。
その事実に誰もが立ちすくんだのだ。
神の一柱は決して人間の倒せるような存在ではない。
(こやつらは人間ではない)
そう思うと冷たいのか熱いのかわからない汗が噴き出してくる。
王は報告にやってきた貴族の汗の意味をようやく理解した。
これほど恐ろしいことはない。
いやこの恐怖の発信源である男をどうするべきなのかがわからない。
神を殺したのだ。
人の手で倒すことなどできるはずがない。
「毒竜を倒したのはすべて我が唯一絶対神の御加護であります」
男の自信にあふれた言葉に王は恐怖した。
そして男に促され、毒竜の前に出てきた少女の姿に衝撃を受けた。
恥も外聞もない奇妙キテレツな恰好である。
肌を必要以上に露出し、その体を覆うのは複雑な紋章とも文字ともつかない異様な色彩文様が刻まれている。
露出した太ももの上にあるズボンは短く、しかし鎧のように固そうで、しかしそれを着ている少女は軽々と動いている。
あの少女は鎧の重さをものともせぬような存在なのかもしれない。
靴は木ではなく、布でもなく、いや布のようだが見たことのない形で、硬さがあるように思える。
何よりその色が見たこともない鮮やかさを醸し出している。
「我らが神の御使い、さくらさまでございます」
「よろしく!」
腕を組んで胸を逸らす姿には王権への恐れなど微塵もない。
それどころか王である自身の弱さを見抜いているように、こちらの顔から眼をそらさない。
「不敬であろう」
どこからかそんな声が上がらないものかと思っていたが、王自身が言えないのに他の貴族が言えるはずもない。
「よろしく!」
御使いさくらはもう一度言い、「挨拶を返さないなんて礼儀がなってないんじゃないの?」と不機嫌そうに眉を寄せ、「やる気ならいつでも相手になるわよ!」と王に向かってびしっと指を突き付ける。
それから呪術師の呪文のような言葉を唱え、呪いの声をあげた。
その迫力に王は椅子から転げ落ちそうになった。
リング上の気合の入ったマイクパフォーマンスなどというものは王にはわからない。
「御使い様、それくらいにしてください。ここからは私が話しましょう」
奇妙キテレツな御使いさくらに恭しく礼をして前に出た男が、穏やかだが力強い声で、彼の神について説明していく。
よくわからないながらもまとめると正しい信仰はただ一つであり、天地創造という御業を行われた存在こそが唯一絶対だというような話らしかった。
正しい信仰を持つことだけが救いであり、それ以外に救いはないと男は熱弁していた。
何もなければ一笑に付すところだが、ここには毒竜の死体があった。
神を殺した者に誰が逆らえようか。
王は信仰を受諾するには皆が得心することが必要だと逃げた。
だがこれは逃げにならなかった。
なぜならこの場にいる全員が王と同じ気持ちであり、力なき民にこの毒竜退治の勇者に挑む者がいようとは思えない。
玉座に座ったままの王は目の前が真っ暗になり、未来さえ閉ざされるのを感じた。
もはや選択の余地はないのだ。

「見事でしたぞ。これでこの国は正しき教えに目覚め、東方正教会の本部として機能することでしょう」
ジョージおじさんはほくほく顔だ。
「そううまくいくかなぁ」
わたしはスぺちゃんを引き摺りながら首をかしげる。
わたしが謁見の間に運び込んだスぺちゃんことスペシャルキングギドラこと毒竜を引き摺っているのは、スぺちゃんを片付けようとした兵士の一人が毒袋を破ってしまい、その鎧があっさりと溶けたの上に、そのとき吹きあがった毒気の影響で謁見の間にいた何人かがぶっ倒れてしまったせいだ。
王様が「何とかして」って顔でこっちを見てくるので、「片付けはまかせて」と言っちゃったのだ。
そのときジョージおじさんが「正しき信仰を持てば御使いの加護がありましょう」とかダメ押ししたんで、王様がわざわざわたしのところへ降りてきて、手を握ってお礼を言ってきた。
何か詐欺みたいですごく気まずかったけど、スぺちゃんを片付けるのが危ないので王様の手を払うみたいなことはできなかった。
わたしはけっこうお人よしなのかもしれない。
ラブやんがいたら、にこにこツッコミされたに違いない。
まあ、竜の体は宝の宝庫とか、二年四組ではよく聞く話だし、あそこに置いておいてもいいことはない気もする。
鱗とか牙とかを奪い合って殺し合いなんてのは見たくない。
あとまだ竜肉食べたいし。
「ジョージおじさんに、さくら姉ちゃんお帰り~」
城の前で待っていたヒースがぶんぶん手を振っている。
その周りには人だかりができている。
「勇者様たちが帰ってきたわ!」
「たち?」
わたしたちの姿を見て、人だかりが、わっと盛り上がる。
「さくら様に、ジョージ様ですね。お話はヒスクリフ様から聞いております。ばーっと飛び出してズシャーと毒竜を打ちのめしたとか」
「ドジャーンって真上から食らわして、こうやたとか」
両手を胸の前に組んで感無量な顔をするおばさんに、話ながら両腕をクロスさせるおじさん。
超盛り上がっている。
「もっと話してくだされ」
「そうそう毒の霧をササっと避けたところをもう一度」
「こうやって毒が来る瞬間に」
ヒースがちょっと後ろを向き、大きく飛びあがって宙返りする。
それに対して村人たちがやんやと喝采を送る。
ズシャーとかドジャーンとかが通用してたのはハイパフォーマーンスが原因か・・・
「さくらさまはもっとすごいだよね?」
ヒースよりちょっと年上っぽい少女がキラキラおめめで見上げてくる。
くぅ。
「あっっつたりまえでしょ! 見てなさい!」
「ぼくだって」
「ちょ、御使い様。大人げないことは・・・」
わたしのヒースが城門前で繰り広げたスーパーパフォーマンスはめちゃくちゃ好評だった。

次の日、わたしとジョージおじさんとヒースは城に呼び出された。
「竜殺しの聖人ジョージ、あなたの偉業をたたえ、あなたの持つ信仰を受け入れよう」
真っ青な顔で王がそう言うと城外から大歓声が上がった。
ここは城の外からも見えるバルコニー型の大広間。
功績を広く村人たちに知らせたり、いろんな儀式の開始終了を宣言したり、罪人を裁いたりするときに使うみたい。
ちょっとうずっとしたけれど、さすがに王様がいるのに外に手を振るわけにもいかない。
「ヒスクリフさまー、さくらさまはー?」
「ダメですぞ」
ジョージおじさんが立ち上がろうとしたわたしのデニムショーツを掴む。
けっこう力強い。
ヒースと遊べたんだから当たり前か。
「かまわぬ。民は竜殺しの英雄たるあなたたちの姿を見たがっている」
王様の言葉におじさんは頷き、バルコニーに出て手を振った。
竜殺しの聖人とか、ドラゴンスレイヤーを讃える声が響く。
そして
「さくらさまは?」
「御使い様はどこだ!」
「そうだ、そうだ、御使い様を出せ!」
「世にもキテレツな恰好と技があると聞いて見物にわざわざ隣村から来たんだぞ!」
何か期待されてる?
「御使いはここだー!」
わたしはバルコニーの傍にある塔のてっぺんへと飛び移って、こぶしを振り上げる。
巻き起こる大歓声がすごく気持ちいい!
それからはわたしとヒースの大車輪の活躍でみんなが満足して帰って行くまでいろんなパフォーマンス&レスリングを繰り広げた。
ちなみに邪悪なドラゴン族のプリンスヒスクリフVS聖なる天使さくらビーナスのショーである。
いや自分でイテテと恥ずかしいけど・・・。
ショーがひと段落して、まじめな話が始まった。
「民に教えを広めるために教義を教授願いたのだが」
「我が教団の教義書を」
とジョージおじさんが取り出した本のようなものはボロボロだ。
「竜の鱗とか皮で作るとすっごい丈夫になるらしいから、そうしたら?」
「竜皮ですか。そういえば御使い様がいっぱい剥がしていましたな」
「お肉への道だからね。竜皮はお土産にしようと思ってたんだけど」
「毒竜の皮ならまだまだ剝ぎ取れるでしょう。ご友人へのおみやげは持って帰っていいと思いますぞ」
「まあ、こっちの乾いたやつはあげる。わたしは新しく剥いだやつでいいから。あと鱗とか角とか牙とかも持って帰るつもりだし」
「では、とりあえず御使い様が今までに剥ぎ取った竜の皮から教義書を作りますかな。文字は掘るか、焼き付けた方がいいかもしれませんな。ふつうに描くのは難しいでしょう」
「そういうときは竜の血を使うといいよ。すごい力がつくって聞いたことがある」
ラノベマスター田中知識である。
「竜の血ですか、何か悪いことが起こりそうですが」
「悪い竜は生きている竜だけだって言葉があるらしいよ」
「善い異教徒は死んだ異教徒だけだという言葉もありますぞ」
元ネタかな?
「では洗礼の儀式を行いましょう。聖油はありますかな?」
「せいゆ? 洗礼の儀式?」
「いや簡単なものなので、少しお待ちを」
そう言ってジョージおじさんは懐から手のひら大の陶器を取り出すと王を差し招き、儀式の内容について簡単に説明する。
手招きされた王様は大人しくジョージおじさんの傍にやってきて話を聞くと頷いて、ひざをつく。
ジョージおじさんは胸に手を当て、天を仰いで、父なる神と精霊と御子が何たらとかいって王様の額に陶器の瓶を傾ける。
わーっと歓声が上がった。
ヒースが派手に飛び上がっていたけど、王様の洗礼を喜んでいる人の声だよね?
まあ、盛り上がることはいいことだけど。
こうして洗礼の儀式は終わっ――
「御使い様からも何か祝福を」
「えっ」
いきなり言われても。
「何でもいいですから」
「じゃあ」
わたしはこほんと喉を整えると
「絶対帝国! 公国超えたら頂点! 王国なんかで満足してたら滅亡!」
とまくし立てた。
わたしの言葉に王様は一瞬、呆気にとられ、それから眠そうだった目を輝かせた。
「御使い、さくらさまの予言だ! 我々は大帝国となる運命を今、賜ったのだ!」
王様の声に貴族たちも同じような反応をした。
それを見たわたしはさすがにやばいと思ったので「安全第一で」と付け加えた。
まさかこれが後の・・・、いやいいや。
ともあれ、わたしたちは王様の返事も聞いたので外へ向かって手を振るヒースを連れて城を出ようとして、呼び止められた。
振り返ると貴族っぽい人が、こっちへ向かって全力疾走してくる。
「さ、さくら様、聖ジョージ、国教教会の教主たるべき御二方には場内に部屋が準備してあります。お願いですから城の外には出ないでいただきたい。教会神殿の建設に関しての話もしなくてはなりませんし、王が入信したと国内に知らせるための時間もかかりますし、とにかくひと段落つくまでは城に滞在してください」
息も吐かずに言い切って、わたしたちの足に縋りついた貴族の目には「絶対に逃がさん」という強い意志が燃えている。
「ヒースはいいの?」
「えっ」
わたしが指さした先ではヒースが城壁にのぼって、人差し指を突き上げている。
村人たちの大歓声が響く。
「もう勘弁してくれ。王都中の人が集まってここまで大騒ぎするなんて前代未聞なんだ。何かの拍子に大事になったらどうするんだ!」
貴族は頭を掻きむしりそうな様子だったけど、わたしたちの足を掴んだ手は離さない。
ちょっとわたしたちが盛り上がっているときの担任の姿を思い出す。
こっちに来てドラゴン族の隠れ里までは一緒だったけど、竜の巣じゃ見なかったような・・・
まあ、何だかんだで無事だとは思うけど。
こうしてドラゴンスレイヤーとなったわたしとジョージおじさんは忙しい日々を送ることになった。
そうそう王様が準備した贅を尽くした料理は果物以外も結構おいしかった。
昔はコショウとか塩とか調味料が高級品だったってラノマスが言ってたから激マズ料理も覚悟したけどさすがは王宮料理、しっかり味がついていたし、手間もかかっていた。
ジョージおじさんはその豪華さに「ここまで贅沢をするのは堕落」とか言って頭を抱えていたけど。
ヒースが自分の分がないと不貞腐れていたので、おじさんが「ワシの分を食え」と勧め、ウインウインな食事は終わり、その日はバーニャとかいうサウナみたいなところで汗を流して、すやすやとベッドで眠った。
明日からまた忙しくなりそうだなぁ。










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