小此木さくらのいない二年四組1。がんばれラブやん、ネームレス

「音がしないねぇ」
さくらとヒスクリフが消えたドラゴンスレイヤーのコックピットに石を落としてみたラブやんはちょっと首をかしげて、メガネを右手で支えた。
「私が入ってみましょうか?」
淀殿がごく自然にそう口にする。
「だめだよ。ここで淀殿までいなくなったら学級崩壊だよ!」
すでに崩壊して粉々と学校の先生方の間では有名な二年四組だが、本人たちにはそんな気は全くない。
みんな元気に学校に来て、仲良く楽しく面白く生活している。
まあ、週に一回くらいは厄介ごとに首を突っ込むこともあるけれど、それには已むに已まれぬ事情があるのだ。
たとえば面白そうだからとか・・・
ともあれ、淀殿を失うわけにはいかない。
「じゃあ、私が」
と手をあげたのどかを見て、男どもが我も我もと手をあげる。
いやクラス全員が手をあげている。
病弱だけど頑張ることをあきらめないのどかは、さくらや淀殿と違う方向で圧倒的なカリスマなのだ。
男どもに言わせると二年四組で唯一のヒロイン枠であり、癒しらしい。
ちなみにこの評価については女子も同じで、応援したくなるし、応援してもらいたいという点でも共通している。
ただし男どもののどか評価にはいやらしい気持ちがいっぱいある気がする。
そんなやつらからのどかを守るのが女子の使命である。
「でも運動できる系の男の子ってあんまりいないんだよねぇ」
副会長のメガネくんこと重藤くんがトップを独走中で、他は今彼とともにドラゴンスレイヤーの塗装に夢中な連中くらいである。
滝くんに、井沢くんとか趣味と実益を兼ねた塗装改造業のおかげで体力があり、抜きんでた有望枠だけど野に放つと帰ってこない可能性が高い。
オタク気質というのは一本気で無茶しすぎることもあるし、逆にすぐに逃げ出しちゃうこともある。
かといって切り札の重藤くんを出すと副会長がいなくなって男子の統制が乱れて、淀殿の苦労が増えることとなる。
まあ、淀殿はそんなこと気にしないだろうけど。
「僕がいこうか?」
とおずおずと言ったのは直哉。
さくらの幼馴染で、自称常識人だ。
まあ、破天荒なさくらについて歩いているだけで非常識だとも、そのおかげで常識人に見えるだけともいう男子だ。
「さくらちゃん探しとなればちょうどいいのかなぁ?」
けれどさくらちゃんがいると丸く収まるけど、さくらちゃんがいないとどうにもならないイメージがある。
「それなら僕がついて行こう」
そう言って髪をかきあげたのは――
「うーん、カオルくんかぁ」
東欧に来てから知り合った美形の銀髪のドラゴン族にして、とっても便利な幻覚能力を迷惑な方向に使っちゃう男の子である。
いやその頭の中が迷惑で、常にカッコよく目立つとか、劇的なシーンを生み出したいという欲にまみれたで変則ナルナル男子だ。
が、東欧ドラゴン村育ちのカオルくんの能力の高さは圧倒的で適任と言えば適任である。
ここに置いといてもどうせコントロールできないし――
さくらとヒスクリフが消えても、敵の十一体のドラゴンスレイヤーは健在でいつ動き出すかはわからない。
今は静かだけどすぐに戦闘再開になるかもしれない。
そんな中でさくらちゃんがいないのは痛い。
カオルくんが盗んできて、クラスみんなのアイデアで塗装済みだけど名前まで決まっていない聖ボット、竜狩猟機、ドラゴンスレイヤー「ネームレス(名無し)」が動かないのもつらい。
えむえむとか風魔さんが聖ボット対策の罠を仕掛けたりしているけれど、貧弱な長老退職組&純粋ニートの竜人たち六人は目を覚ましたけれど、マーガスさんは気絶したままだけど、やっぱりバトルリーダーのさくらちゃんが不在というのが一番不安だ。
さくら一人の存在で二年四組の士気は大きく変わる。
まあ、引き返せないところまで行っちゃうということでもあるけれど、今はさくらが必要なときだとラブやんは直感している。
恋愛という頭脳戦を得意とするラブやんの勝負勘は鋭く研ぎ澄まされている。
「あれ?」
なんか大丈夫な気がした。
よくわからないけれど、ちょっとそんな気がしたのだ。
それがさくらの無事に対してのことなのか、今、動き出した敵のドラゴンスレイヤーに対してのことなのかはっきりしないところがひっかかるけど。
「仕方ないからあたしたちでやれるところまでやろっか」
ラブやんはおさげ髪をなびかせ、腰に手を当てて、こちらに向かってくる敵のドラゴンスレイヤーを見下ろした。
その姿はまるで――

ドラゴンスレイヤーの再稼働を命じたのはレイ・カリーニンだった。
シールベラ神殿教会の支部長であるライラ・グリーブ・フェストは未だに帰還していない。
そしてドラゴンスレイヤーの中からやってきた伝説の聖人聖騎士レヴィンの処置についての決定も、その聖騎士レヴィン再臨のきっかけとなった聖銃侍騎士団聖騎士の聖人認定の手続きも終わってはいない。
だが血風逆巻く混乱を押し流すには攻撃に出るしかない。
あのドラゴン族を名乗る『デーモン』、あるいは『デーモン』を名乗るドラゴン族である以上、三度の襲来は考えに入れておかなければいけない。
最初の邂逅ではその体を四散させたが、今回はそうではない。
再襲撃までの猶予は少ないと考えるべきだ。
『デーモン』がドラゴンスレイヤーを奪い、支部長をさらって言った意味も気になる。
もっともドラゴンスレイヤーを奪われたことはある意味幸運であったともいえる。
竜人が消え、その竜力の探知ができない以上、ドラゴン族という悪への突撃は不可能であり、ゆえに行動基準にすることはできない。
だが古代の超聖遺物であるドラゴンスレイヤーの位置は特定できる。
そこに聖銃侍騎士団の対基地を襲った『デーモン』がいると思えば、士気も上がり、行動もできる。
不安を消すには行動しかない。
もちろん無益な行動は自滅への道しるべでしかない。
だが危機的状況に、打開策もなく身を置くことは並の兵士にはできないことであり、明らかに危地であり、死地であると思える場所に留まることはどんなに優秀な兵士にとっても無益である。
レイ・カリーニンは自らの鍛えた聖銃侍騎士団が優秀な戦士であり、兵士であることを確信している。
そして彼の直感はあの場に留まることは危険であると知らせている。
だから無謀とも思える出撃を決意し、実行した。
並の指揮官であれば、支部長の不在と教会への手続き、聖人の出現に重きを置いて戦術行動を放棄していただろう。
どんな戦場でも敵の砦を攻めるより、自身の砦にいることが好ましいと思うのが人情であり、将帥の気持ちなのだ。
十一体のドラゴンスレイヤーの内、搭乗者が代わっている機体は二体。
いにしえの聖人にして聖騎士レヴィンが原因不明の衰弱によって搭乗不能となった先任者と交代した一体と前線指揮を執るために竜狩猟機の人となったレイ・カリーニンの一体だ。
レイ・カリーニンが先頭を滑るように走り、その左右に五体ずつが翼を広げるように続き、先頭を行く機体の後ろに聖人レヴィンのドラゴンスレイヤーが続く。
「そろそろ反応地点だ」
レイ・カリーニンはドラゴンスレイヤーの搭乗槽の中にある通信機で、各機体に注意を促した。
最初にこの洞穴を襲ったときは相手は油断しており、奇襲となって容易に勝利を得ることができたが、今回は違う。
相手にも相応の準備があるだろう。
わざわざドラゴンスレイヤーを奪い、その存在を夜に瞬く灯台のごとく明らかにしているということはそう言うことだと理解すべきだ。
右翼に位置していたドラゴンスレイヤーの隊列が乱れた。
そしてレイ・カリーニンのドラゴンスレイヤーの足元の土が盛り上がり、爆発する。
いや地面に張られたロープに足を取られたドラゴンスレイヤーのつま先が土に突き刺さり、それを爆発的に抉り取ったのだ。
聖ボットであるドラゴンスレイヤーは巨体であり、その移動にはホバー機能の助力を得ている。
空中を滑空するように、地面を蹴らずして、移動しているのだ。
その速度は自動車が走る速度に近い。
そして自動車とは違い、その速度を全身で受け止めることはできない。
人型である以上、負担は足にかかり、つま先をひっかけられれば前につんのめってしまう。
人が時速80キロの勢いで躓けばどうなるか?
その答えがそこにはあった。
爆発した土が煙となり、視界を塞ぐ。
盛大に転ばないのは、ドラゴンスレイヤーが戦いに特化した、いやそのためだけの聖遺物であることと何よりレイ・カリーニンのバランス感覚の賜物だ。
レイ・カリーニンは機械操兵術においても他の追随を許さない。
もっともドラゴンスレイヤーを現代の粗末な、いやまだシミュレーション上の存在でしかない機械兵と比べるのは失礼にあたるだろう。
ドラゴンスレイヤーは火器こそ装備していないが、その精密かつ自由度の高い機動性では現代理想とされている機械兵よりはるかに優れている。
まるで戦場で戦う騎士をそのまま、いやさらに重厚で戦闘的に磨き上げて巨大化させたような色合いがある。
もっとも二本足で立つ人型兵器である以上は転ぶ危険性は高いし、人に対する罠を巨大化させたものが効果的であることは言うまでもない。
戦車が装甲を厚くすることで機銃の無効化を狙ったために、足が遅くなり、移動のために使う動力であるキャタピラと連動するエンジンを積んだ薄い下部装甲を地雷に喰い破られ餌食になったように利点を得れば欠点も生まれるのだ。
欠点のないもの、弱点のないものは世界に存在せず、あるとすればそれこそが教団協会の崇める神のみなのだ。

「重藤くん、滝くん、えむえむ、ごんたん、KJソフ、今っ!」
原始的ではあるがそれゆえに効果的な罠がドラゴンスレイヤーたちの足並みを乱したのを見て、ラブやんの指示が飛ぶ。
天空を染め上げる絵具が虹を描く。
メガネくんこと学級副委員長重藤くんが色を付け、ロボモデラ―滝くんがその色を調整し、えむえむが調整された絵の具の弾丸を滝井沢コンビが発見したドラゴンスレイヤーのメインカメラの位置へと叩き込むという作戦だ。
メガネくんが絵具を大量に生み出し、滝くんがそれを球状に分けて固めて、えむえむが射撃する。
もちろん避けられないようにバランスを崩したドラゴンスレイヤーの足元をごんたんの力で泥濘化させ、アニオタじゃないというアニメオタクのKJソフの二次元波動を加えて、アニメ的奇跡を起こす。
まあ、アニメ的奇跡なので完璧な幸運は起こらないんだけどメインキャラ以外には超効果的だ。
七色の絵の具の弾丸がべちゃべちゃとドラゴンスレイヤーたちの顔に張り付いていく。
「風魔ちゃん!」
「承知だ」
ラブやんの言葉に応えたのは塗装済みのドラゴンスレイヤー・ネームレスに乗り込んだ風魔さんだ。
搭乗口にあった変な空間はどうなったかって?
今もそのまま残っている。
だけどこういうロボットには搭乗口とは別に脱出のための専用口があるのがふつうで、風魔さんはそこから乗り込んだのだ。
搭乗口にあった変な空間は薄い膜というかお皿みたいな円盤みたいな感じで存在していて、搭乗口側から触らなければ被害を受けることはないらしく、とりあえずはカオルくんと直哉くんが生贄になることはなかった。
リアルロボットシミュレーションをプレイしていれば、壊れたロボットの脱出専用路から脱出し、市街地の廃墟に身を潜めて、敵プレイヤーのロボットの救助ハッチを外から操作して、脱出路を開き、そこから乗り込んで乗っ取るようなプレイはとても嫌がられる。
だがそれができるのが上位ランカーで、風魔さんは世界屈指のMMOハクスラオールラウンドプレイヤーでもある。
風魔さんの乗ったネームレスは多種武器装備型ドラゴンスレイヤーで、ナイフからロングソード、果ては鍛冶屋のハンマーみたいなものまで背負っている。
何か武器になりそうなものは持てるだけ持ってたった一人でドラゴン退治みたいな感じで、機体のあちこちにこっそりとだけどたくさんついている手裏剣みたいな十字架がとても気になる。
そして十字架を完全に手裏剣扱いして、投げ心地を試していた風魔さんが罰当たりな感じがした。
「一応言っとくけど自爆とかしたらダメだからね。ネームレスにはさくらちゃんたちが落ちた穴も一緒についてるんだから」
「もちろん承知だ。この重量感と質感、まさか本当のロボットに乗って戦えるとは夢でしか思わなかった。本当に楽しみだ。さあリアルなゲームをはじめようか」
風魔さんはワクワクを隠し切れない様子でその瞳をギラリと輝かせた。
もちろんその様子は外にいるラブやんには見えなかったが、ネームレスの立ち姿や気配、さらに見えるはずがない陽炎のようなオーラの輝きとかを感じて思わず、こうつぶやいていた。
「うーん、これは勝っちゃたみたいだなぁ」と。





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