小此木さくらがいない二年四組。ヴァルキューレVSネームレス1

「聖クリフトがやられたよ」
唯一、目を塞がれていないドラゴンスレイヤー・聖アンドレを駆る聖騎士隊長の青年はやや落ち着いた様子で戦況を語った。
「宙に放り上げたハンマーが落ちてくるのを計算して戦ったってこと!?」
「うぅむ、聖ジョージはゲテモノドラゴンスレイヤーと思っていましたが、戦い方も美しくないですねええ」
「ハンマーでぶん殴るなんて騎士っぽくないですわ。騎士なら正々堂々と」
ロングソードの抜刀音とは明らかに違う音が風を切り裂く。
ドラゴンスレイヤー・聖テレジアが固有装備であるレイピアを引き抜いたのだろう。
聖テレジアはドラゴンをレイピアで華麗に倒した聖女だ。
正直、レイピアで竜殺しというのは容易に信じがたいがドラゴンスレイヤーとして聖遺物が残っている以上、本当に違いない。
聖騎士の鏡と言われた聖クリフトがいかにも聖騎士らしいドラゴンスレイヤーであるように、王からあらゆる武器を託されたと言われる聖ジョージがハンマー持つように、聖テレジアはレイピアで戦ったのだ。
教会が奇跡や伝承、そして聖遺物を見る目は慎重であり、その査定は何十年にもわたる場合はざらにある。
少しでも怪しさのあるものが聖遺物に認定されることはない。
「こっちに来る。僕が相手をするから、みんなは外に出てモニターを」
聖アンドレに搭乗する聖騎士隊長の青年は警告を発し、ドラゴンスレイヤーのソードを構え、前に出る。
ゲテモノタイプの聖ジョージ、竜殺しの中で唯一の聖女であるレイピア持ちの聖テレジア、そして聖騎士タイプと言われる聖クリフト以外のドラゴンスレイヤーは皆、聖アンドレと同じ姿をしている。
ノーマルタイプと呼ばれるドラゴンスレイヤーは中型の盾とソードで武装しており、その区別は機体に掘られた墓碑銘でなされる。
並べて置いていると自分の搭乗機体を見失うほどにその色形統一は没個性的だ。
理由は彼らが聖クリフトに従って、竜に挑んだ兵士たちだったからだと言われている。
もっとも著名な竜殺しの聖人ジョージは一人で竜に挑み、アラーナ達が乗る聖者の名を冠したドラゴンスレイヤーは聖クリフトに従い、複数で竜殺しを成し遂げたのだ。
彼らを指揮していた聖クリフトは騎士で、古き東方教会の聖堂騎士団聖騎士長クリフト・エーネマンというわけだ。
そのためドラゴンスレイヤー・聖クリフトには教義を深く学び、戦技戦術に優れた指揮官が乗ることになっている。
最初の罠を逃れ、戦意を失わず立っていられた聖クリフトの搭乗者は有力な東方教会の支部長であり、聖騎士団長であり、東方教会の教育大学の学長でもあった。
ただ彼はこの奇妙な聖遺物を監視する立場の人間であり、ロボットに魅せられて聖騎士になった者たちとはその成り立ちから違う。
彼は優れた教会長でもあったので、学識戦闘技術ともに卓越していたが、ドラゴンスレイヤーでの戦いなどは考えたこともなく、それゆえにドラゴンスレイヤー隊の隊長ともいえる立場でありながらその運用について、あるいは戦術の構築には一切かかわっていない。
正確には古くからある書物を学び、記憶した後に改良の余地を見出せなかったのだ。
そもそもドラゴンスレイヤーという聖遺物はそれを使って戦うどころか、動かせるかどうかすら怪しかった。
動かすことどころか、それに触れることさえ、禁止されていた。
戦術書を研究し、改良する必要がなかったのだ。
彼は教会発足以来、この馬鹿げた聖遺物がロンギヌスの槍と名付けられた木の中から出て動いたことはないのを喜び、そうであり続けることを守る立場にいたのだ。
誰が作ったのか、いやどうやって誕生したのかは不明だ。
教義書には竜殺しの聖人の似姿とも、力とも記されているが、それ以上の研究はここ数百年の間はされていない。
そもそも聖遺物を神学ではなく、科学をもって汚すことなど許されない。
ただしこの聖遺物が、他の聖遺物とは際立って異なっており、迷惑なものであるという意識はあった。
動かなければいいが、もし動いたとしたら、いや聖遺物である以上動くことに疑いはないのだが、それは危険なことだった。
ドラゴン族を名乗る存在との戦闘に関わった聖銃侍騎士団団員の報告とシールベラ教会支部長アラーナの要請をよって、ドラゴンスレイヤーの出動が決まるまで彼はできるだけ抵抗した。
教会本部会も抵抗したが、ドラゴン族という悪を倒すために、必要な力としてドラゴンスレイヤーが残されたという伝承がある以上は、結局は動かさざるを得なかった。
もっともドラゴンスレイヤーの出動が採択され、竜人の姿を確認してからは仇敵であるドラゴン族との聖戦に集中した。
ただしそんな中でもドラゴンスレイヤーの存在が外に知られぬように心を砕き、準備を整えることが彼の主な仕事だった。
聖騎士隊長の座に教会本部長の息子をつけ、教会の協力を仰ぎ、聖騎士たちに自重を求めた。
おかげでドラゴンスレイヤー隊は現地まで隠密性を保って運ばれ、外のものに警戒されることもなかった。
彼の積極的にドラゴンスレイヤーを動かしたがっている聖騎士たちにドラゴンの巣につくまでに、ドラゴンスレイヤーへの接触を一切禁じて、それを成し遂げた手腕は神業と言って良い。
タムマール東方正教会ランズベルトは有能な常識派だった。
ゆえに聖騎士団長としての矜持もあり、一時は叩き上げの上級牧師レイ・カリーニンと対立した。
だが、叩き上げの上級牧師レイ・カリーニンの戦時決断力、平時の判断能力を見て、その人柄に触れることで、彼は変節した。
聖騎士を目指した若者たちのほとんどが教会教義ではなく、ドラゴンスレイヤーに魅せられたように、彼はレイ・カリーニンという人間に男惚れしたのである。
良識ある教会大学学長である彼は本来はロボットに乗って「受けて立とう」というようなセリフを吐く類の人間ではないのだが、それをやってしまったのはレイ・カリーニンの人柄を模倣したいという意思の表れだ。
「生きているか?」
重厚な響きとともに搭乗槽の乗り込み口とは逆の方向が開く。
のけ反ったまま、ハンマーで胸を打たれたドラゴンスレイヤーはあおむけに倒れており、背中にある乗り込み口は地面に押し付けられ、塞がれてしまっているので救出に来てくれたのだ。
「カリーニン上級牧師。あなたの忠告通り、後方に待機していたにもかかわらず、この体たらくだ。申し訳ない」
「いや相手が悪かった。機械兵の操兵操作技術についてはあちらに一日の長があった」
搭乗槽の下にある非常脱出口から顔を差し込んできたレイ・カリーニンと目が合う。
精悍な面立ちの中に炯々と光る目には戦意が満ちている。
敗北を認め、しかもそれに立ち向かい勝利を得る者の目だ。
「何かやるつもりですな」
「機械兵は倒れても中にいる人間は戦える。戦闘車両を爆破しても、安全に搭乗口のハッチを開けられると思ってもらっては困る。そう思わせることは必要な場合はあるが今回はそうではなかった。おかげで我々は生きている。それに私はどちらかと言えば機械兵操作よりはこちらの方が得手なのだ」
レイ・カリーニンは自らの胸の辺りを左手で押さえた。
そこには上級牧師に与えられる拳銃が収められているのだろう。
「私はこれですな。消音性という意味ではカリーニン上級牧師の銃よりは優位でしょう。実戦で使うのは久しぶりですが、ドラゴンスレイヤーよりは上手く使えるでしょう」
ランズベルトは自らの腰にあるベルトに収められた複数本の短剣の柄を叩いて笑みを返す。
レイ・カリーニンのように百戦錬磨とはいかないが、ランズベルトは聖騎士たちの剣術指導教官であり、試験官でもあり、非常勤戦術教会長として、戦場に立ったこともある。
「期待している」
レイ・カリーニンは一つ頷くと左手を伸ばし、ランズベルトが搭乗槽から外へと出るのを手助けしてくれた。
彼が搭乗槽の外の空気に触れたのにわずかに遅れ、甲高く、しかし重厚な剣戟の音が響き始める。
「カリーニン上級牧師、彼らを助けに行くべきでしょうか?」
「いやあちらは彼らに任せるとしよう。ドラゴンスレイヤーを失った我々では足手まといだ。それにあれは千年二千年ぶりに起動した機械兵だ。人間との連携などは戦術に組み込まれてはいないはずだ。あの様子ではそういう考え方もなさそうだ」
「面目ない」
ランズベルトは思わず、頭を下げた。
ドラゴンスレイヤーの戦術考証と立案は聖騎士団長たる彼の責務である。
だがそれ以上にドラゴンスレイヤーと人間との連携という戦術の影すら思い浮かべたことのない自分の及ばなさを恥じた。
「あなたの責任ではない。私も機械兵に乗って戦い、実感として、今、この場で思いついただけだ。最初に連携を提案されても、一考はしても訓練時間が足りなさすぎると却下したに違いない」
レイ・カリーニンはランズベルトの謝罪を笑い飛ばすと敵のドラゴンスレイヤーが飛び出してきた場所へと視線を向ける。
「仕掛けられたトラップとの位置関係を考えれば、そう遠くはないはずだが、トラップ群の仕掛け位置は熟練の軍隊のそれに匹敵するものだ」
「つまりは敵のドラゴンスレイヤーの襲撃方向も欺瞞行動のひとつだと?」
「考慮の余地はある。だが動かずにいるよりは動くべきだ。何か起こればそれが指針になる」
聖騎士団長ランズベルトと上級牧師レイ・カリーニンは射線を意識して倒れたドラゴンスレイヤーの陰に身をひそめながら、進むべき道を慎重に吟味し始めた。

風魔さんの操るネームレスは横薙ぎに払われたソードを左手に持ったショートソードで受け流した。
そして右手に握った盾をソードを振るってきたドラゴンスレイヤーの右手首へと叩きつける。
いや盾のふちで斬りつけたというべきだろうか?
これにネームレスを斬りつけたドラゴンスレイヤー・聖アンドレは対応できずに、打たれた右手首を軋らせて、剣を取り落とす。
聖アンドレは反撃にそなえて盾を目前にかざしており、それで敵ドラゴンスレイヤーのショートソードを受け止めるつもりだったので仕方がないともいえる。
そして右手首への負荷を感じて、盾を用いた体当たりを仕掛けたことは褒められてもいい。
だが相手が悪かった。
風魔さん操るドラゴンスレイヤー・ネームレスはその身を地面につくくらいに伏せさせると体当たりを仕掛けてくる聖アンドレの盾を右手の盾で受け流しつつ、ショートソードを離した左手で聖アンドレの右足を掴むとバックブリーカーの形で放り投げたのだ。
ネームレスのパワーと風魔さんの操作技術の融合のすごさは、聖アンドレを地面に叩きつけた反動を使って、そのまま跳ね起きたことだろう。
はっきり言ってロボットの動きではない。
「さすが」
と声をあげたのはえむえむだ。
実は風魔さんとえむえむのどっちがネームレスに乗るのかは、二年四組全員の関心事だった。
MMOプレイヤーとしてクラスの仲間にゲームを布教して回っているえむえむのゲーマーとしての知名度と信頼度は風魔さんよりずっと上だ。
一方で、えむえむにしてみれば世界のトップオブトップの大会を制覇している風魔さんは憧れであり、目標だ。
風魔さんは孤高のゲーマーというか、他人に趣味を押し付けるのを自粛している節があるので、その実力はクラスの中では全く知られていないわけだ。
ただその立ち姿とか、喋り方とか、雰囲気を見れば風魔さんは明らかにただ者ではないことは誰にでもわかる。
えむえむ布教によってMMOゲームの楽しさを知った者たちはえむえむを推し、風魔さんのただ者ではない感じというか大人っぽくてミステリアスで強キャラ感マシマシなところを感じ取ったゲーマーたちは風魔さんを推した。
そしてえむえむも、風魔さんもゲーマーとして、ロボットに搭乗したいという思いを譲らなかった。
敵のドラゴンスレイヤーは目前に迫っており、しかも優劣を決めるための手段、つまりはゲームをやる環境がない。
こうなってくるとその判断は、クラス委員長の淀殿に任される。
ラブやんでも、委員長っぽいメガネくんこと重藤くんでもなく、ましてやさくらちゃんでもなく、淀殿である。
このちっちゃな真のクラス委員長に二年四組は全幅の信頼を置いている。
みんなが固唾をのんで見守る中、淀殿は一つ頷くと
「ネームレスには風魔さんに乗ってもらいます」
とはっきりと言葉にした。
力強くではなく、ごく自然にほほ笑みながら。
「理由を聞いてもいいか」
そう言ったのは風魔さんだった。
「だってふーちゃんがそんなにそわそわしているのを見たのは初めてだもの。自信があるんでしょ。後悔しちゃだめだよ」
「よーちゃん」
風魔さんの言葉に、二年四組がどよどよっとどよめいた。
「淀殿が」
「風魔さんが」
はっきり言うといつもと違う。
いつも超然としている風魔さんが、子供みたいになって、いつもです、マス口調で礼儀正しい淀殿が――
ただ明らかに背が高い風魔さんにしゃがんでもらって、背伸びしてその背中を叩く淀殿の姿はいつもの淀殿だ。
そしてみんなの中に生まれていた気持ちを完全に吹っ切らせたのが、えむえむの一言だった。
「淀殿が言うなら今回は風魔さんに譲るしかないわね。ただし後で操作感とか教えてもらうから」
二人に背を向けて、えむえむが肩を震わせる。
本物のロボットに乗れる機会なんかもう二度とないかもしれない。
悔しいに違いない。
でもえむえむは、皮肉気な口調にはならず、あきらめの声色を出すこともなく、いつもと同じように、同じになるように風魔さんに声をかけた。
「承知だ。存分に楽しんでくる」
淀殿に背中を押された風魔さんは豊かな胸を張って、長い黒髪を首に巻いていたスカーフで邪魔にならないようにポニーテールにする。
「なんかカッコいいね」
「ゲーマーの誇りってやつじゃないかな」
ラブやんのつぶやきに、直哉が応える。
「おそらくはお互いへの敬意と尊重だ。彼女たちは立派な――」
メガネくんこと重藤の言葉の最後の部分は声にはならなかった。
クラス委員長に間違えられる確率100%の男は感激しやすい男でもあった。
「あー、また」
「メガネくん涙もろいもんね」
ぽろぽろ涙を流す、メガネくんをクラスのみんながいつものように見守っていた。

ほとんど超人的な動きで立ち上がったネームレスは背中のハンマーを目の前で、あおむけに倒れているドラゴンスレイヤーに打ち下ろした。
だがそのハンマーはドラゴンスレイヤーの盾によって受け止められる。
ドラゴンスレイヤー・聖アンドレにとって幸いだったのは、左手の盾が腕に輪を通してから持つものであり、派手に転がされて手を離しても、簡単に手元から離れないタイプだったからだ。
もっともそうであっても、誰もが咄嗟に盾でハンマーを受け止められるわけではない。
ネームレスは受け止められたハンマーを二度ほど盾に叩きつけると、背中から槍を取り出し、盾の範囲の外にあるドラゴンスレイヤーの足を突く。
装甲が厚そうな脛ではなく、膝関節の辺りを狙っている。
さすがにハンマーを受け止めるために盾を動かすことに集中していては、避けられない攻撃だった。
膝がスライドし、槍の穂先が地面を穿つと同時に、ハンマーが聖アンドレの頭部右半面の装甲を砕く。
ガラスが砕けるような音がして、ドラゴンスレイヤー・聖アンドレの右目が光を失う。
致命打ではない。
しかし槍で足の膝関節を狙いながらの打撃としては奇跡的と言って良い急所狙いであり、成果であった。
搭乗槽から出て、ドラゴンスレイヤーのモニターの役割を果たす目を塞いでいる絵具を拭っていたアラーナは戦慄した。
MMOのワールドランカーである彼女には、それが偶然でも奇跡でもないことがはっきりと分かった。
ゾワゾワと背中を駆けあがる戦慄は、歓喜でもあった。
「あの人に勝ちたい。勝負したい」
そんな思いがあふれてくる。
その思いに応えるかのようにアラーナのドラゴンスレイヤー・ダダイ・ダナが稼働音を響かせる。
「やる気になってるってことね。ヴァルキューレ」
目の部分に張り付いていた絵の具を、苦労してぬぐい取ったアラーナはドラゴンスレイヤー・ダダイ・ダナにつけた秘密の名を呼んだ。
不思議機能が満載のドラゴンスレイヤーの搭乗槽は、搭乗者のイメージによって変わる。
そしてアラーナの搭乗槽にはパスコード入力がある。
他のドラゴンスレイヤーにはない機能で、アラーナはそのコードをヴァルキューレとしている。
ロボテクバトラーでアラーナが使っている唯一無二の機体登録名――人口に膾炙し、ありふれたその名は彼女の戦績によりロボテクバトラーの中では唯一無二の名となっている。
ヴァルキューレと言えば、ロボテクバトラーのトップランカーであるアラーナ以外を思い浮かべる者はいないのだ。
とりあえず視界を担当する目の部分が開けたところで、アラーナは搭乗槽の中へと滑り込んだ。
搭乗時のあの独特の感覚が湧き上がり、モニターに聖アンドレの姿が映る。
頭部の右半分の目の部分を砕かれ、うつぶせに倒れているドラゴンスレイヤー・聖アンドレの背中にゆっくりと三叉のピッチフォークのようなものが差し込まれていく。
ネームレスが右の視界を失ったドラゴンスレイヤー・聖アンドレが盾を右に向けたところに、右横腹の下を踏みつけるように蹴り上げ、盾の重みで裏返し、同時に、ハンマーと槍を離した手で三叉の槍を取り出して、突き刺したのだろう。
アラーナが搭乗槽に乗り込む間に、それをやってのける敵の技量は恐ろしい。
だがもっと恐ろしいのは――
「勝負っ!」
中空に放り投げられていたハンマーが回転しながら戻ってくる。
それを受け止めようとしたネームレスに向かって、ドラゴンスレイヤー・ダダイ・ダナは剣を突き出した。
絶妙のタイミングと言えた。
だがネームレスは大地に突き立てていた盾を引き抜き、それを受け止める。
本来なら、ネームレスの左手に収まり、ドラゴンスレイヤー・聖アンドレの頭を砕くはずだったハンマーが大地を叩く。
「やってくれる!」
風魔さんがにやりと笑う。
「受け止められたの?」
アラーナが驚愕して目を見開く。
速さもそうだが、それ以上に威力が乗った一撃がこうも容易く?
もしネームレスが盾を片手で持ち、ハンマーを取っていたら、その威力によって盾を弾き飛ばし、その機体を貫いていたに違いない一撃は、ハンマーをあきらめ、両手で盾を掲げたネームレスによって受け止められていた。
アラーナは戦慄した。
必殺必滅捨て身の突きが、こうもあっさりと受け止められるとは信じられない。
ネームレスの口から気合の声が発せられた。
ドラゴンスレイヤー・ダダイ・ダナいやヴァルキューレの突きを受けたネームレスは、素早くロングソードに手をかけ、抜き打ちにヴァルキューレを薙ぐ。
ヴァルキューレはネームレスの盾を蹴りつけるような動作で、ホバー機能を全開にし、空気の壁を蹴るような形で身を翻し、その一閃を回避する。
今までやったことはないが、やらなければ斬られると直感し、やってみたのが上手くいったのだ。
「飛べるのか」
今の一閃は地面に身を伏せても、転がっても、体当たりを仕掛けてきても、回避不能な斬撃だった。
ヴァルキューレが足を上げたとき、ネームレスはヴァルキューレが盾を蹴りつけて、その反動で身をかわそうと考えていると判断した。
その手での逃げは通用しないと確信していただけに、ヴァルキューレが視界から消えたことには驚いた。
百戦錬磨の風魔さんとは言え、さすがに現実にロボットが空を飛ぶとは考えなかったのだ。

正確にはヴァルキューレは空を飛んでいるわけではない。
ホバー機能によって生まれた空気の足場を蹴って、移動しているのだ。
しかしその動きの何と流麗なことか。
クルクルと右足を動かし、上空へと舞い上がる姿はまさに天上を駆けるヴァルキューレの名にふさわしい。
「バニッシュ・インパリメント!」
細く鋭い剣先が鞭のようにしなりながら、十二の鋭鋒をあらわにする。
二体目のドラゴンスレイヤー・聖テレジアだ。
思わず天空を舞うヴァルキューレを見上げていたネームレスは、盾を捨てて、大きく飛びずさる。
ドラゴンスレイヤーの巨躯を考えれば、あり得ない後退距離だ。
ヴァルキューレの常識外れの旋脚飛翔を見た後でなければ、ネームレスは鋭いレイピアの切っ先を避けられなかったに違いない。
「どうやら抑えすぎていたようだ。不満だっただろうな」
風魔さんの呼びかけにネームレスの稼働音が唸るように答える。
「ならば、見せてもらおう。お前の秘めたる力をすべてを!」
ネームレスの稼働音がさらに上昇し、風魔さんの手の中のコントローラーが激しく振動した。



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