小此木さくらとヒースの本気

気合の声が響く。
ガチだ。
あのおじさん本気でヒスクリフの玉を取りに行ってる。
対するヒスクリフも髪を逆立てさせて受けて立つ。
こうしてみると金色の髪が銀髪に生えている角みたいにも見えちゃう。
ヒスクリフの目はギラギラと輝き、暗い森を駆ける獣の素早すぎる動きを強調しているようだ。
わたしは思わず、こぶしを握り締める。
あ、あんなものを見せられたら当たり前だ。
(乱入したい!)
わたしは心の底からそう思う。
心の底の野獣が咆哮を上げ、魂の牙がリングを翔けたがっている。
「ワイルドウルフ・バージングイーン!」
気づいたときにはわたしの体は宙を舞っている。
上空からのダブルファングキックをヒスクリフとジョージおじさんの顔面に食らわせたわたしは親指を立て自分を指していた。
「かかって来い!オラっ!」
ノッテきた。
今からワールドプロレスダークワイルドも顔負けの大立ち回りを・・・
「御使い様」
「さくら姉ちゃん」
さっきまでのイケイケな感じが完全に消えている。
「あれ?」
「けしかけておいてあまりにもひどい仕打ちです!」
「けしかけといて邪魔するなんてひどすぎるよ!」
「いや、そのもっと盛り上げようと思って」
「一対一の戦いを邪魔されては盛り上がるも何もありません」
「そうだよ。逆に盛り下がっちゃうよ」
「冷めてしまいますぞ」
「そうだよ。せっかく盛り上がってたのに・・・、何かさくら姉ちゃんのせいでやる気なくなっちゃったよ」
「ええっ!?」
ヒスクリフの言葉にわたしはショックを隠し切れない。
こんなに盛り上がる演出乱入で盛り下がっちゃうなんて大丈夫なのヒース!?
「もういいよ。おじさんあっちいこう」
「うむ。そうだな。けしかけておいて邪魔するような無粋な御使い様は放っておいても良いだろう。天使の考えることはわからん。まあ、わかってしまえばわしも天使レベルなわけだがまだまだということだな」
「ちょ、ちょっと待ってよ。わたしのこの昂りはどうしてくれるのよ!」
「知らないよ」
ヒスクリフが舌打ちしたそうな目でこっちを見ている。
「御使い様はお好きなようになされてけっこうです」
おじさんが透き通って消えそうな目をしている。
わたし、やっちゃってる?

「首持って帰るんだ」
「証拠がないと王も安心できんし、信用もしないだろう。まあ全部持って帰る気はないがな」
わたしが膝を抱えて、頬を膨らませているのを無視してジョージおじさんとヒスクリフがスペシャルキングギドラを解体している。
腕ぐらいある鱗を一枚一枚剥いで、その下にある肉の部分に剣を突き刺して、ごりごりと剣で骨を削っている。
ジョージおじさんはスペシャルキングギドラの返り血で真っ赤に染まっているし、鱗を剥いで回ったヒスクリフはそれを積み上げて作った椅子というかベッドの上で足をぶらつかせている。
「そういえば竜の血を飲んだらパワーアップするって誰かが言ってた気がするなぁ。おいしいのかは知らないけど。おいしいのかは知らないけど!!」
「サタンの血を飲んでパワーアップなどとわしは御免ですぞ」
「まずはさくら姉ちゃんが試してみてよ」
何か、おじさんもヒースも冷たい気がする。
「わたしはいいや。どうせ邪魔なんだろうし・・・」
興味はあるけど死体の血をがぶ飲みっていうのは抵抗があるというかまずそうだし、ヒースとおじさんが冷たい。
「舐めるだけでいいんだったけ」
ちょっとだけならいいかな?
そう言えばドラゴンの肉の調理法がどうとかラノベマスター田中くんから聞いたことがあるなぁ。
魔力が詰まっているからそれを肉に閉じ込めるためにホイル焼きにするのがいいとかなんとか。
竜の鱗で包んだホイル焼き・・・
「スペシャルキングギドラもそうなのかな?」
わたしは寂しい気持ちを、やる気に代えてそこら辺に転がっていたでっかい包丁みたいなものを拾い、ごりごり骨を削っているおじさんに近づく。
おじさんは知らんぷり、ちょっとくらいかまってくれてもいいのに・・・
わたしは唇を尖らせ、鱗のはがれた部分の肉をえいっと切り取る。
これだけでっかい獣類にしてはすごく柔らかい手ごたえだ。
「わちゃちゃちゃちゃっ」
肉を切り取ったときにぴゅーって噴き出した緑の液体が腕にかかって煙を上げる。
熱いというか痛いというか。
「み、御使い様。毒竜の毒袋を――」
言いかけたジョージおじさんはわたしの腕があっさりと再生したのを見て、あんぐりと口を開けて、慌てて顔をそむけた。
あっ、無視してやろうと思ってたけど心配でこっちを見てくれたんだ。
「大丈夫、ほらほら、傷も残ってないでしょ」
「い、いや、御使い様にとっては毒など何の害にもならないことはわかっておりましたぞ」
「またまたぁ心配だったくせに」
「そんなことはありませんぞ」
「だいなみくえんとりー!」
わたしとおじさんはいきなりファングキックをかましてきたヒスクリフの足を受け止め、地面に叩きつける。
わたしは右足、おじさんは左足を捕まえてヒスクリフを投げたわけだけど、タイミングピッタリとはいかなかったんでこうなった。
ヒースは顔面を押さえて涙目。
「ヒース、わたしに演出乱入キックをかますなんて百年早い! ダークファングプロレスリングを百回見て出直してきなさい!」
「御使い様の真似など人がやっていいことではない! 教義書を読み直して出直してくるが良い!」
「うう、さっきはさくら姉ちゃんのこと怒ってたくせにひとりだけ仲直りするなんてズルいよ! わーん!」
「いや、わしは御使い様と喧嘩をしていたわけでは・・・。むむう、ではこうしよう。詫びというわけではないが、わしがお前の言うことを何でも一つだけ聞いてやろう」
地面で手足をばたばたさせるヒスクリフを見て何か悪いことをした気になったのか、ジョージおじさんが無謀な約束をする。
相手は子供だよ。
何でもはガチで何でもなんだよ?
「じゃあ、聞いてくれるお願いを百個に増やして!」
ほらね。
「なっ!? み、御使い様なんとか」
「約束したのはおじさんでしょ。約束は守らないと」
わたしがにやにやしながら言うと
「こ、これも試練ということか」
がっくりとひざをついたおじさんの向こうで、ヒスクリフがガッツポーズをとるのが見えた。
やっぱりウソ泣きだったな!
とか思ったけど、いまさら遅い。
もはやジョージおじさんがヒスクリフから逃れる術はないのだ。
「じゃあ、まずは・・・」
わたしは「最後の一個になったらもう一回あれやるんだろうなぁ」と思いつつ、おじさんの肩をぽんっと叩いてあげたのであった。









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