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槍
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学生時代、ミスタードーナツでバイトしていた時期がある。夕方から閉店まで、基本はホールには出ず、厨房で副店長と2人で、ドーナツを作っていた。その時の副店長の話といえば、上司(店長)に対する愚痴が多かった。俺には夜のシフトばかり回しやがって。とか言いながらドーナツを油の中に放り込んでいた。ただ、時々登山の話をした。俺は毎年槍に登っている。1人でも行く。槍の為に働いている。というような話をしていた。
私も、その頃彼女の勧めで少しだけ山に行ったりしていた。上高地とか乗鞍岳、新穂高などに行った。乗鞍岳は、今のようにマイカー規制などなく畳平まで車で行くことができた。初夏だった。そこでキャンプをした。夜中に猛吹雪となった。耐えられず車に逃げ込んだが、車がなかったらどうなっていたか、わからない。
今と違って、携帯のない時代に槍ヶ岳山頂へのソロ登攀など、考えたこともなかった。まさに冒険家の領域であった。
その頃、山の情報は山の雑誌を買って読んで得た。ルートやかかる時間は山と高原地図を買って得た。でもそれらでは山のリアルタイムな状況など何もわからない。状況確認できるのは、ニュースの天気予報。それも松本市とかの代表地点で、山中の天気ではない。山頂の最低気温はどれくらいなのか、雪があるのか、風は強いのか、行ってみないとわからない。昔、まだ小さい息子と鈴鹿の山に登った帰り道で陽が傾き始めた頃、本当にこの道でいいのだろうかと思いながら歩いたことがある。強烈な不安感に襲われたことを今でも覚えている。息子には悪いことをした。
あれから30年。時代は変わった。山頂の天気、気温、コース、位置情報、さらにはGPSがルートを教えてくれる時代になった。登山中突然、前に歩いている人の携帯から、まもなく分岐です。とのアナウンスが聞こえた時は、まさに開いた口がふさがらなかった。便利になったものだ。だが、何かを失ってはいないだろうか?
とにかく山アプリの副作用として、ながらスマホしながら登山する人も増えてしまった。携帯使えなくなったら帰れますか?と思う。
いかん、よそう。時代の流れだ。受け入れなくてはならない。何を隠そう私も山アプリ入れている。
SNSのおかげでリアルタイムな情報が投稿されることによりさらに詳しい状況を確認でき、その状況に応じた用意ができるようになった。道具も服も、(入りずらい)登山店に入ることなく、あらゆるものがネットで調べることができ、ポチっとすれば数日で自宅に届くようになった。何度も言うが、便利になったものだ。
長々と書いてしまったが、そのような事でようやくこんな私でも、副店長の言っていた槍に登れる気がしてきたのでソロで行ってみよう、ということになった。
続く