
俺は走っていた。まさに死に物狂いで、走っている。
俺の爪は、鋭い刀のようになっている。後ろから、同じような爪を持った全身血だらけの人間の形をした生物が追ってきている。俺は逃げまとうが、前からも同じような生物が襲ってくる。俺は前からの生物に体を引っ掻かれ、後ろからくる生物に背中から突き刺された。そいつらはお互い狂ったようにお互いの体をも切り刻む。骨が見えている。内臓が引きずり出されていても、争いをやめない。
地面が熱い。熱いというレベルではない。鉄だ。真っ赤に焼けた鉄の床だ。その鉄板の上でたくさんの人間が焼かれている。獄卒が鉄の棒で人間を炒めている。遠くでは人間の形をした生物が鉄串に刺されて火炙りされている。
しっかりと焼かれた俺は鉄板から放り出された。すぐに犬や狐、鳥たちが集まり俺の体を喰い始めた。ここに来てすでに3年は経っているか。何千回目の気を失っていく、、、。
目を開けると、大きな顔が二つあった。とても優しそうな顔で俺を見つめて笑った。
温かい布団の中で、俺はおぎゃーって、嬉し涙を流しながら思いっきり泣いた。
(産んでくれてありがとうございます。)
ここは中村区十王町という場所だ。
死後7日目
俺は床に座らされていた。ここは裁判所のようなところだ。裁判官のような人が目の前の中央の席に座っていた。机には秦広王と書かれてある。横にいる補佐官が俺の生前に行った殺生について、俺の経歴書を読み上げている。
・・・。あなたは小学校2年7月30日、友達とザリガニを釣りに行きました。まず最初のザリガニをタモで1匹捕まえて、それの胴体を引きちぎり、上半分は池に捨て、下半分を紐に付けて大きなザリガニを28匹釣っていましたね。餌が無くなったらまた取ったザリガニを引きちぎり餌にした。取ったザリガニは、最後いらなくなって自転車で踏み潰したりもしていましたね。
8月4日。あなたは蜂の巣を見つけると、タモで巣ごと取りました。蜂は全部タモ内で踏み潰したりした。その年の合計で巣は八個、蜂は340匹、幼虫と蛹は96匹殺しています。間違い無いですね?
幼虫は、フナ釣りの餌にしていましたね。
夏休みの間にセミやカマキリもたくさん取ってたくさん意味もなく殺していましたね。合計29匹です。
あなたは家で熱帯魚を飼っていた。アストロノータスオセレータスを毎日いじめていましたね。死んだ時、わずかに罪悪感は感じていたようですが、すぐにまた違う魚を買い始めましたね? あなたは・・・・
補佐官は、俺の生きてきた全てを読み終えた。
秦広王 『命をなんだと思っているのです
か?』
89歳。俺は死んだ7日後、区役所のようなところに呼び出されていた。俺の他にも大勢の人がいる。名前を呼ばれた人から順に受付を行い、ファイルを渡されて指定された部屋に入る。ここでは過去にした無益な殺生について、生前の経歴書をもとに審理された。
補佐官
次は一週間後です。外の川を渡り、向こうに見える建物の中にお入りください。そこでまた名前を呼びますので呼ばれたら、ランプのついた部屋にはいってください。
14日目
今日は、主に生前の盗みについて審理が行われます。駄菓子屋でチョロQを3個、ジャスコでなめ猫のプロマイドを5枚、熱帯魚店でテトラミンを7個、釣具店ではリール2個、竿1本。ユニーでは包丁を盗み万引きの現行犯で店員に捕まりましたね。
テトラミンは、親にバレて親がお金を払いにいってくれましたね。あと、自分たちより弱そうな子からタカリを行っていましたね。反抗した子を叩きました。傷害罪も適用されます。そのあとすぐに警察に通報され、補導されましたね。・・・・
初江王 『反省の色が見えませんね、あなたは
悪いことをしたという自覚はないの
ですか?』
次はまた一週間後です。補佐官は言った。
21日目
今回は性にまつわる生前の行いが全て映し出された。女性に対して行ったいろいろな行為について、いろいろ尋ねられた。
宋帝王 『相手への合意なき行為は特に
見当たりませんでした。
終わります。』
また一週間後になります。と補佐官は言った。
27日目
ここではどれだけ嘘をついたか、生前の資料をもとに審理が行われる。人の人生を貶めるような嘘をついたかどうかが焦点となる。
五官王 『お前は自分の罪を隠すため、とこ
ろどころ嘘をつくことがあったな』
35日目
ここは、大きな鏡が置いてあった。僕の生前の生きてきた全てが映画のように写し出された。僕に殺された生き物達も鏡を見つめている。地面には多くのザリガニ。アストロノータスオセレータスもいる。蜂もたくさん飛んでいる。
いいところも悪いところも含めて全ての人生を改めて見た。そして今までの裁判官の罪状も目を通した閻魔王は、僕に言った。
『お前は地獄道に行くのが相応しい。』
42日目
三つ目の赤鬼と青鬼がいる。正面には6番目となる裁判官、変成王が、地獄行きが決まってうなだれている僕を見て話しかけてきた。
『周りの環境、幼少期のトラウマ、恐怖からくる精神へ受けた影響等、生前の善業などを考慮し、、、。地獄の最上部の等活地獄に行くことが、相当であろう。そこで己の生前の悪行、殺生を反省し続けなさい。』
と告げられた。
49日
いよいよ、地獄へ行く日が来た。
泰山王 『お前は生前、無益な殺生を多数
行い、盗みを働いた。嘘もついて
生きていた。五戒を破った罪で
等活地獄へ行くのだ。さぁ行け!』
僕はヨロヨロと八つある鳥居のうち、1番近くにある等活地獄と書いてある鳥居に進んだ。
一番奥の鳥居には阿鼻地獄と書かれていた。とてつもない悪寒がその鳥居を少し見ただけで全身に走る。何かとても恐ろしい、まさに身の毛もよだつ暗黒の気配がその鳥居からはゾクゾクと伝わってきた。
熱い、暑い。猛烈に臭い。ぐつぐつ煮えたぎっている糞尿の鍋の中で僕はもがいていた。気持ち悪い大きな幼虫がうじょうじょといる。
幼虫は、僕の体の皮を食いちぎり、内部に入って内臓を食べている。
100日目
僕は、熱鉄の斧で、獄卒達に体を切り刻まれでいた。そしてそのあと岩で、骨まで粉々にされた。
活!活!活!と声がする。すると粉々になった肉や骨がずるずると集まり、また俺の体は復活する。そしてまた獄卒達は斧を振り上げる。
平等王 『遺族からの供養はあるようだ』
意識が朦朧の中、声が聞こえた。
2年目
2年目と言っても、ここでは時の進むのが遅い。気の遠くなるほどの年月が過ぎている。
都市王 『光明箱を渡す。中を開けてみよ。』
ありがたい経文が入っていた。僕は獄卒に金棒で殴られながら針の山に登る途中、毎日毎日、経文を唱えた。
3年目
僕は獄卒に舌に太い針を刺され、引っ張られた。容赦無く引っ張られた舌を根元からハサミで切られていた。舌はすぐに生えてくる。何千回も何万回も続いた。
五道転輪王が僕の横に来て話した。
『人間界に、子供を欲しがっている優しそうな夫婦がいる。お前はそこでもう一度、人間道をやり直してみよ!』
その後も何千回の責苦を受けて、何千回の気絶をしただろう。
1970年、場所は中村区十王町。
目を開けると、大きな顔が二つあり、優しそうな顔で、僕を見て笑った。
僕を産んでくれてありがとうございます、
本当にありがとうございます、ありがとう
ございます!
そう言いたいのに何故か言葉が出ない。
僕はありったけの気持ちを込めて、声を出した。
おぎゃー! おぎゃー!
嬉しくて嬉しくて、何度も泣いた。
泣くたびに、記憶は何も無くなっていった。
完