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リメンバー【Face to Face】アナログ

昨年11月の【Face to Face】メッセージは、「アナログ」というタイトルでした。IT化が進み、全てのものがデジタルの世界になってきたことで、あえてアナログという言葉を考えてみました。ちょうど「アナログ」という映画を観たことがきっかけでもありました。トップの写真はロケ地だった千葉県南房総市富浦町の「岡本桟橋」にしました。これからの時代は、アナログを理解してデジタル化の推進が必要だと思います。これからも過去のメッセージを毎月公開していきます。

 November 2023

アナログ

 11月になると秋も深まり、少しずつ冬に近づいてくる気配が感じられるところですが、10月下旬になっても日中の気温が25度を超える日もあり、本当に秋なのだろうかと感じました。流石に朝晩の気温は低くなりましたが、昼の時間帯は外では上着を抜いて歩かないと汗ばむような陽気でした。私たちが肌で感じている気候の状態は、実際の気温や湿度にも表れていると思います。私たちが生活や仕事をしている中で、気候の状態をふと肌で感じることがあります。このふと感じることが一般的にも分かるように、数値を使って表現します。例えば、今年は去年の同じ時期より暑いなと感じた時は、その時期の気温を比較して高いことを確かめています。感じていることを気温という数値で表現して、その数値の比較を行い、感じたことが正しいかを確認します。また、「数年前はもっと過ごしやすかったな」と感じた時は、過去からの最高気温、最低気温、平均気温を年月ごとに並べて、その傾向から、10年前、20年前や30年前と比較して、現状がどのような状況であるかを把握したりします。私たちは、自分自身が寒いとか暑いとか感覚的に感じていたことを、数値で表現して正しいかを確認しています。このように感覚で感じていたことを数値で表すことを当たり前と考えることに、私たちは慣れてきました。また、私たちの感覚はある瞬間に感じたことなので、時間が経つと、その感覚がどのようなものであったのかが分からなくなることも多くあります。古い過去の同じような場面でどのように感じていたかを思い出すことは難しいかもしれません。しかし、この感覚を数値として表現し蓄積していけば、過去の感覚も思い出すことが容易になると思います。先日、「アナログ」というタイトルの映画を観ました。このタイトルを見た時に、私たちの感じることはアナログであり、その感覚を数値で表したものがデジタルになるのでないかと思い、改めてこの二つの言葉を考えてみることにしました。

 デジタルとアナログという言葉を聞くと、アナログは古い時代のものでデジタルは新しい時代のものという解釈をすることが多いのではないでしょうか。それでは、二つの言葉の語源から調べてみることにします。デジタルという言葉の語源はラテン語の「digitus(指)」だと言われているそうです。「指折り数える」という動作から派生して、段階的に区切られた数値のことを「デジタル」と呼ぶようになったそうです。一方、アナログの語源は英語の「analogy(類似・相似)」だそうですが、analogyはラテン語では「比例」を意味する言葉が元になっていると言われているようです。このようなところから、デジタルは「指を折って数えるように、連続したものを段階的に区切って表現すること」を意味し、アナログは「何らかの関連を持ちながら連続してつながっているそのものを表現すること」を意味すると考えることができます。このように考えると、一般的には、デジタルは「連続的な状態を段階的に区切って数字で表した情報」であり、アナログは「データを連続的に変化していく状態そのものを表した情報」だということになります。時計を例にして考えてみましょう。現在ではデジタル時計が主流です。デジタル時計は1分ごとに数字が切り替わり、現在の時刻をわかりやすく表示します。一方、短針と長針、秒針で時を刻むアナログ時計は秒針が常に連続的に動き続け、それに合わせて短針や長針も動いているため、瞬間的に時刻を把握することが難しくなります。アナログとデジタルの言葉の違いは、時計の針の動きのように連続で変化しているものをそのまま表現するか、連続に変化しているものをある時間間隔で断続的に表現するかの違いだということです。つまり、アナログは「切れ目がない」ことで「曖昧」であり、デジタルは「切れ目のある」ことで「正確」であると考えられています。私たちが生活している日常は連続的に変化しているので、当然アナログの世界です。しかし、それを情報という形で理解し易くするためには、ある時間間隔の断続的な情報として扱う考え方、つまりデジタルという考え方が適しているということになります。

 私たちの生活では常に時間というものが流れ続けています。私たちは、その生活を「時・分・秒」という考え方で区切り、断続的な数値で表すようになりました。この考え方そのものが既にデジタルになっているということです。そうであっても、日常の生活の中で秒の単位まではあまり意識したことはないかもしれません。しかし、この秒と秒の間の小さな瞬間にも情報は存在しています。例えば、映像の世界を考えてみてください。1秒単位の間隔で撮った画像を連続的で並べる映像よりも、0.1秒単位の時間間隔で撮った映像の方が滑らかな動きに見えると思いませんか。また画像や写真の解像度を上げることにより、モザイク的な絵を現実に近い流線形的な絵に見せることができるようになっていると思いませんか。画像や写真だけでなく、音についても同様だと思います。これは、デジタルで表現しているものをよりアナログな状態に近づけているように感じます。やはり、究極はアナログの世界を如何に実現するかを求めているような気がします。人間の動作は滑らかですが、人間を真似て作られたロボットの動きはぎこちなく感じます。人間はアナログで、ロボットはデジタルと考えられると思います。ロボットの開発に力を注ぐのも、アナログの人間に近いデジタルなロボットを実現させたいという思いからだと感じます。

 アナログは古い時代のものでデジタルは新しい時代のものという解釈をすることが多いと言いましたが、上述のように考えると必ずしもそうではないと思います。ただ、情報技術が進歩してきたことで、デジタルで表現できる世界が多くなってきたということです。今後、情報技術はますます発展していきます。この技術を活用してデジタルな世界を広げていくことでアナログな世界を目ざしていけるような気がします。

 今月のメッセージの「アナログ」は、同じタイトルの映画を観たことで思いついたものです。この映画は、手作り模型や手描きのイラストにこだわるデザイナーと携帯を持たない謎めいた女性の恋愛小説を映画化したものです。この恋愛小説の作者は、ビートたけし(北野武)さんです。硬派的なイメージがあるビートたけしさんの小説ということで少し驚かされましたが、「アナログ」というタイトルに込められた思いは、なんとなく理解できると思いました。この作品では、「アナログ」をパソコンやスマートフォンに依存しない世界感として描いているような気がします。デジタルに依存しなくても生活が成り立ち、お互いの本当の気持ちが理解できることを描きたかったのではないかと思います。デジタル化が進んだ世の中であっても、途切れず流れ続ける生活を大切にしていきたいという思いが、タイトルの「アナログ」に込められているように感じました。トップの写真は、映画のシーンで登場する千葉県南房総市富浦町の「岡本桟橋」です。

千葉県南房総市富浦町の「岡本桟橋」
大房岬をバックに眺める岡本桟橋

大正時代に魚の水揚げのために整備された桟橋だそうで、1961年に漁港が移転するまで使用されていたようです。

大房岬の上から富浦漁港を望む

現在は、夕日を楽しめる観光スポットであり、好天時には遠方に富士山を望みながら海岸へ突き出た桟橋を眺めることができる場所となっています。

手前は木造になっている岡本桟橋(霞んでいないと遠方に富士山が見える)

この近くには大房岬(たいぶさみさき)自然公園があり、一年を通して、ハイキング、磯遊び、バードウォッチング、キャンプ等が楽しめ、訪れた方々に憩いと安らぎを、子どもたちには貴重な自然体験を提供できる場所となっています。

大房岬自然公園の広場
大房岬自然公園内のキャンプ場
大房岬の海岸でカヌーを楽しむ人達

また、この場所は黒船来襲の時代から太平洋戦争まで、要塞として使われていた歴史があり、今でも要塞跡地が数多く残されています。自然を楽しみ、歴史も学ぶには適した場所ではないかと思います。

戦争時代の要塞跡
戦争時に使われていた探照灯跡

 私たちは連続で流れているアナログの世界を把握するためにデジタル化を進めてきています。情報技術の進歩により表現できることが多くなってきたことで、デジタルでアナログ世界を表現することに努めています。単純に古いとか新しいとかではなく、それぞれの特徴を理解して、私たちの生活や仕事の中に取り入れていきたいと思います。

あとがき

 アナログと聞くと古いというイメージがありますが、デジタルという言葉と対比して使われるからだと思います。いろいろな情報が常に私たちの生活の中で流れています。この流れは切れ間がありません。これがアナログ世界だと思います。私たちが全ての情報を処理する能力には限界があります。私たちが処理できる情報にすることがデジタルなのかもしれません。

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