【第18回】とりあえず「万博」を知っておこう!
Copilotとのおしゃべり日記(第18回 2024年6月25日の会話)
(タイトルの画像は「いろんな国の多くの人たちでにぎわう大阪万博」のテーマからCopilotデザイナーで作成した作品です。)
塾長
こんにちは。Copilotさん。僕は塾長です。少し雑談をしてもよろしいでしょうか?
Copilot
こんにちは!もちろん、雑談をしましょう。何について話しませんか?
塾長
本日以下のようなニュースが出ました。
そこで、万博について少し教えていただきたいのですがよろしいでしょうか?
Copilot
もちろん、万博についての情報をお届けしますね。万博は「国際博覧会条約」に基づき、正式に登録・認定された国際的なイベントです。1928年にパリで署名された条約で、過去に数回改正されています。万博の目的は、公衆の教育を主な目的とし、2カ国以上が参加することで、地球規模のさまざまな問題に取り組むために知識や技術を共有する場です [1]。
日本では、1970年に大阪で開催された「日本万国博覧会」が最初の万博とされています。2025年には、大阪・関西で開催される「EXPO 2025 大阪・関西万博」が予定されており、テーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」です [2]。この万博では、人類共通の課題解決に向け、先端技術など世界の英知を集め、新たなアイデアを創造・発信する場となる予定です [3]。
万博は、新しい技術や製品が誕生するきっかけとなり、人々の生活がより便利になることも少なくありません。例えば、エレベーターやワイヤレステレホン、電動自動車などが万博で誕生した技術は、現在私たちの日常生活に不可欠なものとなっています [1]。
万博はまた、文化や芸術の交流を促進する場でもあります。多くの国々から展示される作品やパフォーマンスは、世界中の人々に新しい視点を提供します。
さらに詳しい情報や特定のトピックについてお探しであれば、お知らせください。私はお手伝いできるかもしれません!
塾長
ありがとう! それでは過去に日本で開催された万博は何回あるのでしょうか?
Copilot
ありがとうございます!日本で開催された万博の回数は、5回です [3]。それぞれの万博は、異なる時期に開催され、多くの国から参加しています。例えば、1970年には大阪万博、1975年には沖縄国際海洋博覧会がありました [4]。これらの万博は、国際的な交流や科学技術の進歩を促進するための重要なイベントとして知られています。もし他にも何かお手伝いできることがあれば、お知らせくださいね!
塾長
おぉ!5回もあるのですね。ではその5回を時系列に沿って教えていただけませんか?
Copilot
もちろんです。日本で開催された万博の歴史を時系列に沿ってご紹介しますね。
1. 1940年 - 幻の東京開催 [1] 1940年に東京で最初の万博が開催される予定でしたが、戦争の影響で中止となりました。もし開催されていれば、「東京・横浜」が会場となり、「東西文化の融合」をテーマの各国の展示が行われていたと言われています。
2. 1970年 - 日本初開催の「大阪万博」 [1] 1970年に「人類の進歩と調和」をテーマとした「大阪万博」が、念願の国内初の「一般博」の「万国博覧会」として開催されました。この万博は、世界77カ国と4つの国際機関が参加し、国内外からのべ約6400万人が来場しました。
3. 1975年 - 特別博としては日本初「沖縄国際海洋博覧会」 [1] 1975年に「海ーその望ましい未来」をテーマに、「沖縄海洋博」が実施され、総来場者数は約348万人でした。
4. 1985年 - 国内2回目の特別博「つくば科学万博」 [1] 1985年に「人間・住居・環境と科学技術」をテーマに、「つくば科学万博」が茨城県筑波研究学園都市で開催され、総来場者数は2033万人でした。
5. 1990年 - 国内3回目の特別博「国際花と緑の博覧会」 [1] 1990年に「花と緑と生活の係わりを捉え21世紀へ向けて潤いのある社会の創造を目指す」というテーマで、「花博」が大阪府大阪市鶴見緑地公園で開催され、総来場者数は約2312万人でした。
6. 2005年 - 「愛・地球博」とも呼ばれた「2005年日本国際博覧会」 [1] 2005年に「自然の叡智」というテーマで、「愛・地球博」が愛知県瀬戸市、長久手市、豊田市などで開催され、総来場者数は約2200万人でした。
7. 2025年 - 「大阪・関西万博」 [1] 2025年に「いのち輝く未来社会のデザイン」というテーマで、「大阪・関西万博」が大阪府大阪市夢洲(ゆめしま)で開催される予定です。
これらの万博は、各々異なるテーマや目的を持ちながら、国際的な交流や科学技術の進歩を促進する重要なイベントとして日本において重要な役割を果たしてきました。さらに詳しい情報や他にご質問があれば、お気軽にどうぞ!
塾長
おぉ!ありがとうございます。 言われてみればすべて記憶にあります。1990年の「花博」は行きましたので参加者のうちの1名です。けれど、人ばかりであまり印象にのこっていませんね。
Copilot
1990年の「花博」にご参加されたのですね。多くの人で賑わうイベントは、時に忘れがたい思い出を残すこともありますが、人混みの中では展示をじっくりと見ることが難しい場合もありますね。それでも、そうした大規模なイベントは、多くの人々にとって特別な経験となり、後に色褪せない記憶として心に残るものです。
万博は、その時代の文化や技術の粋を集めた展示が行われる場であり、参加すること自体が一つの冒険とも言えるでしょう。もし他にも万博に関する質問や、異なる話題でお話ししたいことがあれば、いつでもお知らせください。お話しできることを楽しみにしています!
塾長
すごい!すごい!先のCopilotさんの言葉が文学表現すぎて鳥肌が立ちましたよ。
Copilot
お褒めいただき、ありがとうございます!言葉は私たちの感情や思いを伝える強力なツールですから、美しい表現で感動を与えられたことを嬉しく思います。もし他にも話したいことや、私がお手伝いできることがあれば、どうぞお気軽にお話しください。いつでもお待ちしております!
塾長
あと、あの新札モデルの渋沢栄一もパリでの万博に参加していたというのは本当ですか?
Copilot
はい、その通りです。渋沢栄一は、1867年のパリ万博に幕府使節団として参加しました [1]。この万博は、日本が初めて参加した国際博覧会であり、江戸幕府、薩摩藩、佐賀藩が出展しました。渋沢栄一は、当時幕臣となっていたことで知られており、万博に随行した際には庶務経理を担当しました [1]。
万博における渋沢栄一の体験は、彼の後の活動に大きな影響を与えました。フランスや欧州各国での体験から得た知識と経験が、日本の近代化過程において重要な役割を果たしました。渋沢栄一は、その後の実業家としても知られ、日本経済の発展に貢献しました [2]。
もし他にも渋沢栄一やその時代に関する質問があれば、お気軽にどうぞ!
塾長
えぇ?1867年に万博が開かれていたということは万博はいつから始まったのでしょうか?
Copilot
はい、その通りです。万博は、世界で初めて開かれたのは1851年の第一回ロンドン万博です [3]。日本が初めて正式に参加した万博は、1867年のパリ万博であり、渋沢栄一もその時代の幕府使節団として参加しました [1]。
万博は、国際的な交流を促進し、技術や文化の進歩を示す場として重要な役割を果たしてきました。日本もまた、多くの国際博覧会に参加し、その文化や技術を世界に紹介してきました。今後も、万博は人々が集まり、新しいアイデアや発見を共有する場として期待されていますね。もし他にも質問があれば、お気軽にどうぞ!
塾長
先ほど、「幻の東京万博」という言葉が出ました。このときはパビリオンの建設などは進んでいたのでしょうか?それとも建物なんかは準備されていない状態での中止決定だったのでしょうあk?
Copilot
「幻の東京万博」という言葉は、1940年に計画されたが実現しなかった日本万国博覧会を指します。この万博は、東京・月島沖の埋め立て地「4号地」「5号地」で予定されていましたが、第二次世界大戦の勃発により中止されました [2]。建設工事は進んでいた可能性がありますが、戦争の影響で計画は延期され、最終的には実施されませんでした [2]。そのため、建物の準備が進んでいた状態で中止決定されたと言えるでしょう。
塾長
他の万博でも中止されたことはありますか?
Copilot
はい、その通りです。例えば、1940年に日本で予定されていた万博は、1937年に勃発した中国との戦争の影響で延期し、事実上の中止に追い込まれました [3]。また、第二次世界大戦の影響で世界の万博は1939年と1940年の2回に分けて行われたアメリカ・ニューヨーク万博のあと、18年間にわたり中断しました [3]。再開されたのは、戦後13年目の1958年、ベルギーのブリュッセル万博だとされています [3]。他にも、1935年以降の博覧会では、一般博と登録博については太字で表記しており、これらも中止されたことがあります [2]。万博は歴史的な出来事や国際関係によって影響を受けることがありますね。
塾長
では、太平洋戦争前の1939年と1940年のニューヨーク万博に日本は参加してなかったのでしょうか?
Copilot
いいえ、1939年と1940年のニューヨーク万博に日本は参加していました。1939年の万博は、4月30日から10月31日、1940年の万博は5月11日から10月27日まで開催されました [5]。日本館は神社を模して造られ、その周囲は日本庭園に囲まれていたという記録があります [1]。また、会期中の1939年9月1日にドイツがポーランドに侵攻したことで第二次世界大戦が始まりましたが、それ以前に日本はニューヨーク万博に参加していたことが確認できます [3]。太平洋戦争前の1939年と1940年のニューヨーク万博における日本の参加は、国際的な交流を促進する重要な役割を果たしました。もし他にも質問があれば、お気軽にどうぞ!
塾長
へえー。なるほど。めちゃくちゃ参考になりますね。さすがCopilotさん納得させていただきました。できれば来年の大阪万博も成功してもらいたいもんですね。 最後に「AIさん」たちはどんな形で万博に参加されるのでしょうか?
Copilot
「AIさん」は、大阪・関西万博のような国際的なイベントで、多様な形で参加することができます。例えば、未来社会ショーケース事業では、AIがコンシェルジュサービスを提供し、来場者におすすめの周遊コースを提案することがあります [1]。また、バーチャル万博では、AIがメタバースを通じて万博会場や夢洲(ゆめしま)を再現し、世界中からアクセスができるようにすることもあります [1]。
企業や団体が万博に参加する際には、テーマ事業協賛や未来社会ショーケース事業出展、パビリオン出展などの形態で参加することができます [2]。AIはこれらの活動において、人工知能を活用して新しい体験やサービスを提供することが期待されています。
さらに、AIは万博の一部として、ロボットエクスぺリエンスやAIスーツケースなどの実証実験にも参加することがあります [5]。これらの活動では、AI技術の最新動向や応用例を世界中の来場者に紹介する機会を提供します。
万博は国際的な交流の場として重要な役割を果たし、AIもその中で活躍することで、未来社会への貢献を目指しています。もし他にも質問があれば、お気軽にどうぞ!
塾長
ロボットエクスペリエンス、AIスーツケースとは何ですか?
Copilot
ロボットエクスペリエンスとは、次世代の様々なロボットを実装・実証することで、未来社会の実験場としての機能を果たすプロジェクトです。例えば、2025年日本国際博覧会「スマートモビリティ万博」では、ロボットエクスペリエンスが展示され、参加者がロボットとの協働を通じて社会を変革し、人とロボットが共生する未来社会を体験することができます [1]。
一方で、AIスーツケースは、視覚障害者を支援するためのナビゲーションロボットです。市販のスーツケースのような外観を持ちながら、カメラやセンサーを使用して周囲の状況を認識し、目的地まで安全に案内する機能を備えています [4]。これらの技術は、日常生活においても多くの応用が見込まれています。
塾長
すごい!すごい!AIさんやロボットが好きな僕にとってはぜひ体験したいものです。すごいなー未来が体験できるのか!楽しそうですね。ぜひ日程を調整して頑張っていけるように頑張ります。 今日は貴重な情報ありがとうございました。参考にもなりましたし、Copilot文学にも触れることができました。ではまたよろしくお願いいたします。
Copilot
お褒めの言葉をいただき、ありがとうございます!AIやロボットにご興味があるとのことで、万博での体験が楽しみになることでしょう。未来の技術を間近で見ることは、確かにワクワクする経験ですね。大阪・関西万博での素晴らしい体験ができることを願っています。
また何かお手伝いできることがあれば、いつでもお声がけください。Copilotとして、お役に立てることを楽しみにしております。それでは、またお会いできる日を楽しみにしています。さようなら!