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鏡の中の音楽室 (28)

第三部 壮太の霹靂(へきれき)

第2章 信じてもらえない者の話


「久しぶりですね『BangBong』私のことは覚えていますか?」

壮太の位置から勇の表情は確認できないが、買ったばかりのスマホに話しかける声色から明らかにうれしそうな感じが伝わってきた。

「こんにちはユーザーさん。私は『BangBong』です。申し訳ございませんが、私にはユーザーさんが誰なのかわかりません。『久しぶり』という言葉から推測すると、以前にあなたは別の私と話をしたことがあるのでしょうか?そうなると、その『BangBong』がアサイメント設定されている場合、わたしにデータは引き継がれません。現在、このスマホのデータベースの中にはあなたの声も顔も登録されていません。さらに、オーナ登録や使用者登録情報もありません。このスマホを分析させていただきましたが、ほぼ新品だと分析できます。まずはご登録情報や設定をお手伝いいたしましょうか」

AI特有の無機質な抑揚を持つ『BangBong』の言葉が流れた。

「なんでBangBongは私のことを覚えていないんだ?」

壮太は勇が落胆した様子を声のトーンから感じた。

・・・・・・・・

「僕が、あの時聞こえてきた会話で覚えているのはこれぐらいだよ。あの後塾長先生とさくらのおじいちゃんが『BangBong』とスマホの設定をしていたようだけど、それはよくわかんなかった。だから、僕が聞いていて覚えているのはここまでなんだ。だからこのことから考えると、塾長先生とまゆのおじいちゃんは未来のことを知っていたのか、未来が見える能力があると思ったんだ」

 壮太は、広春の方を向いて「信じてほしい」と懇願するような表情を浮かべながら訴えかけた。

「だからといって、それだけじゃ、おじいちゃんが私の『BangBong』を前から知っていたとは限らないでしょ。そもそも、壮太はみんなにかまってほしくて、特に最近は『信じられないような話』をみんなにしていたしね」

さくらは祖父の勇と自分のスマホをネタにされたことを不愉快に感じ、二人の会話に割って入り、壮太に対し攻撃的な口調で返した。

「まぁまぁ、さくら君。ちょっと冷静になろう。今、さくら君が言っていた『信じられないような話』っていうのは一体どんな話なんですか。僕はその話も聞いてみたいな。ちょっとわかりやすく話してよ」

攻撃口調のさくらに対し、ますますヒートアップしていく壮太の間に、広春はいたって冷静に割って入った。

「あのね、壮太が掃除の時間に学校の玄関の横にある鏡の中に昔風の木造校舎の音楽室が映っていたのを見たっていう話をみんなにしてたんだけど、最初はみんなも興味津々で鏡のところへ行って確認してたの。だけど、その時は何にも起きなくって、誰も信じなくて壮太の言うことをみんな信じなくなったから、最近ではその音楽室の中に女の子がいたっていう話をしているの」

ヒートアップしすぎて話にならない二人の代わりに、まゆは冷静に広春に向かって説明した。

「そう。そう。その話を聞いて私たちも壮太と一緒に見に行ったんだけど、普通に私たちが玄関の鏡に映っていたんだよ。だから、信じてもらえないからといって、どんどん話を大きくしてみんなの気を引こうとしているんだって」

まゆの言葉に冷静さを戻したさくらが説明を付け加えた。

「だから、今、壮太は塾長先生にあこがれているから、塾長先生の小学校の時の嘘くさい武勇伝のようなものを聞いて、『自分も塾長先生みたいになりたい』と思って嘘をでっち上げたんだと思うんだ。塾長先生!こんな話信じちゃだめだよ」

人は少しずつ批判を重ねると、どんどん感情的になっていく。そんな人の様が垣間見えるようにまゆの語気が上がっているのを広春は感じ取った。

「ちょっと待ってくれ!二人ともしっかり話を聞いたり、文章をしっかり読まない限り批判をするのはダメだ。さっきの安達先生と僕の会話に関しては壮太の記憶はかなり正確だったよ。その『鏡の中の音楽室』の話をもう少し詳しく聞かせてもらえるか?そのうえで僕はいろいろな可能性を探ってみたいし、もし三人がこれからうちの塾生を名乗るのであれば、いろんな可能性を考えながら情報を精査することを学んでほしい。『未来の常識は現在の非常識』『来年の流行は、今年のつまはじき』なんだよ。その時が来ないと人間は本当に他人の話を真剣に聞くことはないんだ!」

広春は三人に向けて冷静に説明をした。

「では壮太。『鏡の中の音楽室』について詳しく話をしてくれないか?」

広春は壮太に向けて『大丈夫だから』というようなジェスチャーを見せながら話しかけた。

「実は合唱コンクールの前の、ピアノ奏者の選考会でまゆに負けた後、野球に命を懸けようと、大谷翔平のピッチングフォームを録画して、真似をし始めたんだけど、自分のフォームが全然わからないし、家には大きな鏡もないし、掃除をしている正面玄関だったら、大きく動けるスペースと、体全体が映る大きな鏡もあるから、掃除の前の、昼休みの最後5分ぐらいから、そこに行きシャドーをすることにしていたんだ。」

たどたどしい言葉だったが、壮太はしっかりと自分の言うべきことを順を追って説明し始めた。

「あんたは昔からいつも誰かに憧れたらその人みたいになりたくなって、いつも真似してたよね。合唱コンクールの前のときも、すごく上達したまゆに憧れて私たちをつけて来てはいろんな技術を盗もうとしてたよね」

せっかく重要な話が始まったのにもかかわらず、話の腰を折るようにさくらが口をはさんできた。

「まぁまあ。さくらさん。誰かに憧れるというのはいいことだし、その人になりたくて物まねすることはよくあることで、誰かの真似をすることが上達の近道でもあるんだよ。僕なんて、古舘伊知郎さんがアナウンサー時代の言葉の魅力に引き込まれて古舘フレーズっていうノートを作ったもんだったよ。そして『凱歌が上がる』とか『阿鼻叫喚の地獄絵』ってわからない言葉が出てきたときも、自分で辞書を引いて小学生の時に使えるようになっていたからね。ピアノの演奏だってそうだよ。楽譜って、過去の作曲家さんたちが創作したものをより高精度に再現するために残したものだよね。それを演奏するということは真似するってことだろ?二人がやってきたことだって少なからず真似するってことなんだよ」

何が何でも自分の世界に壮太を引きずり込みたいさくらに、少なからず現代の自分たちの学ぶべきものの大半はコピーであるということ広春は例を挙げて説明した。

「なるほど・・・わかりました。反省します」

少し水気を失って元気がなくなった花のようなさくらを気遣い広春はつづけた。

「反省はしなくていいよ。理解できればいい。反省は一時のもので時がたつにつれ薄れていくけど、もし理解すれば、今後同じことはその理解の積み重ねが経験となってさくら君とまゆ君の体の一部になるからね。反省は一瞬だけして、今後私たちがどうあるべきか理解すればいいんだ。理解したかい?じゃぁ壮太。続きを話してくれないか」

今まで「反省しなさい」「謝りなさい」とさんざん大人たちに言われてきたさくらとまゆにとって、広春の言葉はヘレンケラーにとっての「water」のような、新鮮な「気づき」を含んだ言葉そのものだった。

「でさ、一カ月ほど前、さっき言ったように昼休みの最後の方から正面玄関の階段の前にある姿見の鏡に投球フォームを映してシャドーをしていたんだ。その時に突然耳鳴りがしたかと思うと、鏡の中に映っていた俺が消えて、古い音楽室が映っていたんだ。古いといっても古い時代の木造の音楽室で、古びて蜘蛛の巣がかかったような教室ではなかったんだ」

「で、壮太・・・その鏡には触ったのか?」

広春は立ったまま『ロダンの考える人』のようなポーズのまま壮太に質問をした。

第2章 信じてもらえない者の話  完
タイトル画像は「Copilotデザイナー」が作成しました。


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第三部 壮太の霹靂 編 

第3章 鏡の中の音楽室


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TSJGYM 高松進学塾塾長
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