鏡の中の音楽室 (24)
第二部 非常識塾長
第10章 二人の出会い ⑤
さっきまでの広春の剣幕と勢いは、校長の迫力に圧倒される形で押され、まるで台風一過の凪のような空気が校長室に流れた。
「では、横平君。君の望む形とは何ですか?」
校長のまとう空気が何か得体のしれない恐怖に変わったことを広春は感じた。
「お、おれ、ぼ、僕がまず知りたいのは・・・」
広春は、まるで冥土への関所の閻魔大王の閻魔裁判のように、すべてを見透かされ嘘がつけない空気となる中、言葉遣いやしゃべり方までもが余所行きになって、さっきまでの勢いがなくなっていた。
「まず、この一連の出来事のきっかけを作ったのが、山下のいたずらだったということがなぜ判明した理由が知りたい。次に、なんで元山まで連れてこられているのかを知りたい。そして、なぜ僕にいたずらをしたか?が知りたい。先生たちの思惑通りこのまま謝ってもらっても、こいつらのいたずらはこれからも続くかもしれない。そうなると、僕もそっちの二人も、先生たちの見えないところで何をするかわからない。そうすることにより報復合戦となってしまうかもしれない。そうならないように原因をはっきりさせたい」
広春は冷静に自分の知りたい部分を率直に伝えた。
「それは私から話しましょう。」
勇がゆっくりと落ち着いた声で返答し、つづけた。
「実は音楽室での一軒が終わった後、この事を一部始終見ていたクラスの子たちが、横平の行動のきっかけは『山下が横平のお尻にいたずらをした』ということを証言しに来てくれました。誰がというわけではありませんが、まともに音楽の授業を受けたい生徒たちは全員証言してくれました。それらの証言は、職員室で横平が主張していた通りでした。さらに、横平は前から2番目の席だから後ろにいる生徒たちの証言はしっかりとれ、どれも横平の言い分と矛盾のないものばかりでした。あの場で感情に任せてしっかりと確認をしなかった責任は私にあります。横平!本当にすまなかった。」
と言い終わり、土下座をしようとした勇を校長が止めた。
「まだですよ。安達先生。まだ終わっていませんよ。横平君の要望には続きがありましたよね。すべて終了して納得した上
そういって校長は勇を止め、続きを促した。
「そして、何人かの証言の中に元山が山下をそそのかし煽動していたというものがあり、それも聞き取り調査しましたところそれらの証言も取れました。よって、彼がここにいるのです」
勇は再度土下座をしようとしたが、今度は広春がそれを遮ってしゃべりだした。
「で、結局悪いのはどっちなんですか?僕に恨みがあるのはどっちなんですか?これからのことを話すためにはどっちと話し合えばいいんですか?」
広春の言葉を聴き、校長がみんなの座っている応接セットのほうへ近づきながら話し始めた。
「それはわからないが、罪としてはここでは教唆(きょうさ)も煽動(せんどう)も幇助(ほうじょ)も実行犯と同じ罪にします。そして、二人の横平に対する感情や思いがどのようなもので、何が原因だったかということは私たちにもわからない・・・・だから、ここで話し合いをすればいい。3人ともそのまま応接セットに座ったままでいいので、心ゆくまで話し合いをしなさい。両者ともに遠慮をすると今後に遺恨を残すだけだし、いろいろ口論になっても我々が判断し証人にもなります」
そういうと校長は応接セットに向かい合わせで座らせた広春と二人に対し、正三角形を作るように1人掛けのソファに座った。そしてその間を取り囲むように勇と坪田、熊山が間に位置した。
「さあ!横平君。納得いくまで話をしなさい。あくまでもここは裁きの場所となりますから冷静に、かつ丁寧な言葉づかいでお願いしますよ」
そういうと校長は広春のほうへ右手を差し出した。それを見た広春は、校長の方から二人の方へ向き直って前のめりの姿勢で話し始めた。
「じゃぁ!まず、山下はいつも俺にちょっかい掛けたりいたずらをしないのに、なんで今日に限ってこんなことをしたのか?が知りたい!」
すでに冷静さを取り戻していた広春の言葉には普段の口調が戻っていた。
「俺は別に横平に何かするつもりはなかったし、特に嫌いでもない。けれど直にキレる姿は昔から面白いんで、隣から元山が吹っ掛けてきたからつい足を出したんだ。ごめん!本当にごめんな。横平!」
山下はそう言いながら言葉の最後で応接テーブルに両手をついて頭を下げた。すると次の瞬間、落ち着いた空気を稲妻のような激しい声が切り裂いた。
「横平君はまったく私の授業を妨害するつもりがなかったのに、その上、山下君のちょっかいがなければ、今回の一連の出来事はなかったはず。ほかのクラスでは授業を受ける態度が良くなったのに7組だけは全然変わらなかった。今日はまともに授業ができると期待したけれど、全然変わってなくて本当にショックだった。けれど、一番ショックだったのは最後に一番信頼していた横平君に裏切られたという気持ちだった。それがきっかけでこんなことになったんだから!わかる!みんながずーっと妨害してきた私の授業を一番真剣に受けてくれていた生徒に裏切られる気持ち!そんな場面で元山君の言うことをきくのだったら、山下君は元山君が『死んでくれ!』って頼まれれば死ぬんですか?」
熊山先生がヒステリックに山下に言葉をぶつける。これは本当に熊山が言いたかったことだ。熊山にとって7組の授業は広春が最後の希望だったということが本人にも伝わった形となった。
「熊山先生。口を出してはダメです。今は3人に話し合いを委ねています。少し控えてください」
校長は「まぁまぁ」というような手振りで熊山の言葉を抑えた。
「わかった。元山が山下に命令して、俺にちょっかいをださせたんだ?俺は元山とはそんなに仲は悪くなかっただろう?」
広春が困惑しながら元山の方を向きながら訊ねた。
「僕は誰よりも勉強を一生懸命してきた。小学校の時からだ!横平!お前はいつも素行が悪かった!すぐけんかもする。しかも強い!先生たちにも歯向かうことがある。僕はそんな横平が大っ嫌いだった。僕の好きな熊山先生がいつもお前を見ながら授業をするのが憎らしくてたまらなかった。お前は成績で僕に勝つこともない。僕は小学生の時からいつも頑張ってきた。夏休みも、冬休みも、毎日、毎日、勉強、勉強、でも不良のお前がまじめに授業を受けるだけで、熊山先生がお前を気に入っていくのがめちゃくちゃ腹だたしかった!俺も同じようにまじめに授業を受けていたのに、熊山先生がお前を見て授業するのがますます気に入らなかった。だから、お前の土下座は本当に気分がよかった!今度はこの件をチクったやつらに少しずつ復讐してやるんだ。先生たちもいつか僕が出世して顎で使ってやる。これは僕の気持ちを踏みにじったやつらへの復讐だ!」
あの優等生の元山が激しい感情の憎悪の炎をまとって何かにとりつかれたように荒れ狂う姿を山下と広春は初めて目にした。その姿と言葉に校長室にいた全員が恐怖を感じていた。
「けれど、元山君。あなたは横平君とは授業態度が違っていました!あなたが『消しゴムを落とす』とか『咳ばらいをする』など、何かアクションを起こすたびに誰かが何かを起こし、授業が荒れていくのを私は確認していました。最初は偶然かもしれない気持ちもあったのだけれど、その疑念はどんどん大きくなり、やっと確信が持てました。私は元山君を許しません」
ことの真相を知り、今までの疑念が一気に確証に変わった熊山が校長に止められているにもかかわらず言葉を発する。その怒りの矛先は元山へとむけられる。
「僕はただ先生が横平の方を向いて授業をしていくのが我慢できなかったんだ!それをただ阻止したかったからその空気を換えたかっただけなんだ!横平も先生が好き、先生も横平がお気に入りという空気が嫌で、その雰囲気を変えたかっただけなんだ!」
元山の純粋が上に傷つきたくない感情がいびつな形となって表現されていたことを理解した大人たちは何も言えなくなってしまった。それでも熊山は元山のことを鋭い眼光でにらんでいる状態だった。一瞬が永遠の時間に思えるほどの重い空気となっていた。
「え!たったそれだけのことだったんか?元山はかなり勘違いしてるぞ!正直に言うと熊山先生もちょっと違うかなぁっていう感じなんだけど」
このヒリヒリした空気の中、広春が放った言葉に一同は驚愕し、広春の方を向いた。
第10章 二人の出会い ⑤ 完
タイトル画像は「Copilotデザイナー」が作成しました。
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