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鏡の中の音楽室 (1)

プロローグ

 昭和初期の木造校舎は、団塊世代の子どもたちの増加と、時代にそぐわなくなったという理由で、鉄筋の校舎に建て替えられることになった。それは今から約40年ほど前のことである。その木造校舎には、そこで過ごしている「今子どもたち」、そして大人になった「もと子どもたち」みんなの心に残るそれぞれの場所があった。それは音楽室も同様であった。

 音楽室は、校舎の玄関を入ってすぐ左に曲がって一番手前にあり、教室の窓からは名物の段違いの運動場がよく見える場所だった。音楽室の中には、古くて大きなグランドピアノが置かれていた。戦後アップライトピアノが全盛だったころ、この学校にはグランドピアノが配備された。それは、かつてこの学校の名物だった。様々な子どもたちが、グランドピアノを囲み、地域のイベントがあれば、その舞台の片隅にはいつもこのグランドピアノがあった。

 この校舎を保存したいとの地域の要望もあったのだが、生徒数の増加や校舎を使用する子どもたちの環境や、備品の傷み具合、セキュリティなどを考慮して木造校舎を取り壊し、新しい鉄筋校舎に生まれ変わることが決まった。
 そして、子どもたちのいない夏休みに解体工事が始まった。工事関係者たちは、校舎の各部屋を順番に解体していったが、一つだけ手を付けられない部屋があった。それが音楽室であった。

 その日、工事関係者たちが音楽室にやってきた。彼らは、次に音楽室から校舎西側を壊すことになっていた。
 工事に取り掛かろうと音楽室のドアを開けようとした工事関係者が狙われた。作業員の植田がドアノブを回そうとした瞬間、

「あっつ!」

彼は悲鳴を上げて手を引っ込めた。音楽室のドアノブが触れないぐらいに熱くなっていた。

「なにやってんだ!はやく中に入らないか!後が閊(つか)えているんだぞ!もたもたすんな!給料減らされたいのか!」

責任者の竹田がものすごい剣幕でまくしたてた。

「すみません。ドアノブがものすごく熱くなっていて、やけどしてしまいました」

植田は右手首を左手で握り、竹田に見せながら救急箱のほうに向かった。

「おい!漏電して熱を帯びているかもしれないからゴム手の上から軍手をしてドアノブに触れ!軍手は2重だぞ!」

いつも冷静な班長の箕輪が支持した。

「わかりました。やってみます(ゴソゴソ)ドアノブだけが障害でした。簡単に開きました。」

しっかりとした口調で作業員の馬場が扉を開いて、工事関係者が音楽室に入った。

「おい!みんな!まずは部屋の中の備品から運び出すぞ!グランドピアノは最後だ!動線を確保するために一つ一つ運び出せ!棚とか小さい家具はその場で解体!その後小さくまとめて運び出すぞ!よし始めるぞ!」

やはり、冷静な班長の箕輪は冷静に指示を伝達する。そこへ先刻手に火傷を負った植田が入ってきて箕輪にけがの報告と、後の指示をもらいにやってきた。

「応急処置は済ませました。かなりひどくやられていたので、右手のひらは使えないです。運搬ぐらいならやれます。」

それを聞いて、箕輪は少し考えてから

「よし、まずは部屋の中の解体が終わってから排出作業となる。ちょうど病院が近くにあるから、しっかりした処置をしてから、帰ってきて運搬作業を手伝ってくれ」

やはり冷静な指示を出している最中、それを聞いていた責任者の竹田は
(おっ!奴を病院に連れていくといえば、細かい作業を手伝わなくても済みそうだな。よしっ!私が病院に連れていくとするか。待っている間、近くの茶店でコーヒーでも飲んで待つとしようか、うん。我ながらナイスアイデアだ。)
と内心ほくそえみながらも冷静なふりをして支持を出す。

「私は細かい作業しかできないので、植田を病院まで連れていくよ。どうせ、私なんかいても小さい物の運搬や、君たちの粗(あら)捜ししかしないから、ここに居ないほうがみんな気が楽でしょ。ちゃんとわかってんだから、私はこんな時の責任者なのだから、私の業務を遂行しますよ」

という言葉に、作業員一同は
(やったー、これで気兼ねなく、うまく作業ができるぞー!)
(植田がいないのは戦力的にマイナスだが竹田が居ないのはそれ以上にプラスだ!)
とそれぞれが心の中で叫んでいた。
 そして、備品の解体作業が始まった。
おおかた備品の解体作業が終わり、搬出のために入り口付近に搬出物を並べていると、作業員の馬場と浅倉、そして班長の箕輪の悲鳴が一緒に聞こえた。

「うぎゃ!」

次に、ガラスを割らないように窓を外して運べるか試そうとしていた箕輪と馬場、朝倉が窓ガラスを触ろうとした瞬間、窓ガラスが飛び散って怪我したのだ。もちろん、その場面に出くわした箕輪と馬場と浅倉は大量の出血とともに、入り口のほうに連れられてきた。

「すぐに病院に行きましょう。ちょうど植田が治療を受けている最中だろうし、竹田さんもいるはずです。」

と言い、血だらけの班長に確認を取り、残りの作業員は解体工事を中断して3人を病院に連れていくことにした。

 竹田は優雅に週刊誌を見ながら、病院の前の喫茶店でコーヒーを飲んでいるところだった。すると、自分の見知った顔が7人ほど、喫茶店のガラス越しに通り過ぎようとしているのを目撃したのであった。コーヒーを詰まらせそうになった竹田は頑張って残りのコーヒーを飲み切り、すぐに支払いを済ませ、見知った顔の行列を追いかけた。

「おい!お前ら何をやっている?なんで作業を・・・」

と言いかけたとたん、箕輪と馬場、浅倉の血まみれの姿を見て事の真相を理解した。さぼりながら、要領よく出世してきたとはいえ、だてに経験は積んでいなかった。工事物件の中には解明できない事故やトラブルが確かに存在することを自らも経験していたのである。

「わかった。お前ら何も言うな。わかったから。まずは3人を病院に運ぶぞ!」

ほかの作業員が竹田の態度と言葉を聞いて安心して病院に駆け込んだ。
工事関係者だけで、町の病院は満員状態になってしまった。そして、けがの具合がひどい馬場と浅倉と箕輪は大きな病院に運ばれたのだ。
責任者である竹田は工事を一旦中止することにし、今後のことを考え、上層部にどう相談するか真剣に考えていた。

後日、作業員の植田の右手の包帯が取れ、その傷跡を見て驚いた竹田は上層部に工事の見直しを進言するのであった。

プロローグ 完   

次回 第一章 「さくら と まゆ」編スタート 



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TSJGYM 高松進学塾塾長
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