「10 -第ニ部-」 16話
【懐かしい声】
テラスタワーの隣にある議事堂では、連日貴族達が議論を交わしている。ルリが説得して連れてきた下級貴族達も、己にできることをしようと積極的に議論に参加していた。
「ルリ殿。今日はもうお帰りになるのですか?」
「フォーラ殿。はい。今日は予定がありますので」
珍しく昼で帰ろうとするルリを見かけたフォーラが話しかけてきた。
「下級貴族を復権させるという突飛な案を、フォーラ殿が貴族達に説得してまわってくださったおかげで順調に政治の空白は埋まってきています。ありがとうございます」
「いえ。ルリ殿が下級貴族の方達を説得できてこそですよ。この流れで教会の武器開発を阻止できれば良いのですが」
「それについてはもう一つ手を打つつもりです。これからその準備に行ってきますので」
なぜかルリは楽しそうだ。
フォーラは深くは聞かずに「お気をつけて」と議事堂を後にするルリを見送った。
「だから光がついてから話し出すんだ。何度言えばわかる」
ルリが自宅に帰るとソラが見知らぬ青年に怒られていた。
「だって、アサギにメッセージなんて緊張して………」
「ノーマ、もうちょっと優しく言ってやれないか。なんだか可哀想になってきた」
ソラの不器用さにノーマがキレるのを、小柄な女性が宥めている。ノーマを連れてきたアルアだ。
「ノーマさんですね。はじめまして。ノゼ・ルリです。今回はよろしくお願いします」
険悪な空気に割って入り、ルリはノーマに挨拶をする。気がそれたノーマはルリの落ち着きにつられて冷静さを取り戻した。
「ノーマだ。準備はできている。あとはメッセージを入れて飛ばすだけだ」
「ありがとうございます。アルアさんも、ノーマさんを連れてきていただきありがとうございます」
ノーマが落ち着いたことで一安心したアルアは手をあげて応えた。
さて、と皆が囲んでいる机を見ると、小指の爪ほどもない白い玉と機械の鳥が置かれている。
「これがアサギへのメッセージを届ける鳥ですね」
「ああ。教会の本部には色んな仕掛けがあるだろうから、うちのラボの特別製だ。所長がノリノリで作ってたからな。絶対に機械だとはバレん」
自信満々なノーマはとても頼もしい。
「さすがです。これが成功するかが今回の作戦の鍵ですからね。さあ、ソラ。ここからは私達しかできないことだ。泣き言言ってないでやるぞ」
ルリに背中を叩かれてソラはシャキッとなる。2人で白い玉にメッセージを込めだした。
「アサギ君。ちょっといいかな」
アサギが研究室にいるとロウが入ってきた。
「ロウさん。どうしたんですか?」
時々ラボの様子を見に来るロウとアサギは、世間話をする程度には顔見知りだった。
「いや、開発部への異動で落ち込んでるんではないかと」
「………ありがとうございます」
教会の幹部であるロウに異動がイヤだとは言えず、アサギは弱った声で礼だけを伝えた。
「相当落ち込んでるね。とりあえずは外の空気でも吸ってみたらどうだい」
話しながらロウが窓を開ける。すると1羽の青い鳥が部屋に入ってきた。
「お前、部屋に入ってきたらいけないよ。外に戻るんだ」
アサギが鳥に手を伸ばす。鳥の瞳にアサギが映った瞬間、鳥が喋りだした。
「アサギ!ルリだ。お前に話があってこの鳥に託した。このまま聞いてくれ」
「あ、ルリずるい!アサギ!俺も、ソラもいるぞ!」
子供の頃より低くなった友人達の声が聞こえる。驚くアサギにロウが声をかける。
「私は君に話があってきたんだ。まずは彼等の話を聞いてくれるかい。人が来ないようにしてあるから安心してくれていい」
ロウの言葉にアサギは鳥へ視線を戻す。再び鳥が話しだした。
「アサギ。教会が武器の開発に動いていることはわかっている。貴族の不在による政治の空白が原因だ。それは今、貴族達が力を合わせて解決に向かっている」
「軍でも武器が提供されるのを断る話がでてるよ。あ、俺、今軍にいるんだ」
真面目なルリの話し方。明るいソラの声。子供の頃から変わってなくてアサギは涙が出そうになる。
「教会が武器を作る理由はなくなった。それでも動きだしたものを止めるのは難しい。だからお前達、教会の技術者が声を上げるんだ。幹部達にノーを突きつけろ。それはお前達にしかできない」
絶望しかなかった世界に一筋の光が見えた。それをもたらしてくれたのは、他でもない幼馴染2人だ。
「そこにいるロウさんも手を貸してくれる。なんとか技術者達を説得して、幹部と闘ってくれ」
「アサギなら大丈夫!絶対できるよ!」
そこでメッセージは終わった。
友人達が自分達のために、世界のために全力で動いている。それに応えなければ一生彼等の友人を名乗ることはできなくなるだろう。
「………答えは聞かなくても良さそうだな」
アサギの決意を込めた目に、ロウは彼の意思を受け取った。
「すぐに他の技術者達と話をしに行きましょう」
幹部達に動きを察知されるといけないので、アサギは技術者一人一人と話をしてまわった。
「しかし上に逆らえばどんな目にあうか」
「だからみんなで力を合わせるんです」
「私達だけで何ができるんだい」
「ですが僕達がいなければ武器は作れないはずです」
声をかけても最初は上にたてつく事を恐れる者ばかりだった。だが、ラボにいるのは教会の孤児院出身者ばかり。戦闘で親を亡くした者も多く、本音では武器の開発などしたくないと思っていた。
「そりゃ、武器なんて作りたくないけど」
「はい。僕もそうです。今こそ技術者の誇りを取り戻しましょう。僕たちの技術は人々の幸せのために使われるべきです」
アサギの熱心な説得は少しずつみんなの心を動かした。もともと真面目で信頼があったのもあり、1週間後には30人いる技術者全員を説得できた。異動日の2日前のことだった。
「やったな、アサギ君。さすがだ」
「ありがとうございます。ロウさんがいてくれたおかげです」
説得の間、ロウはずっとアサギといてくれた。幹部であるロウが味方だという事が、みんなに安心感を与えた面もあった。
「でも私だけが声をかけても誰もついてこなかったよ。同じ立場の君だから、みんなの心を動かしたんだ」
普段はあまり表情の変わらないロウが、優しく笑う。
「さあ、本番はこれからだ。みんなの意思を形にして、幹部連中を驚かしてやろうじゃないか」
「はい!」