櫻坂46 10th Single「I want tomorrow to come」 感想

櫻坂の10枚目シングル『I want tomorrow to come』がついにMV公開された。
個人的には今まで通り素晴らしい作品だと言える。

今回もティザーにおいてイントロ/間奏が先行公開されていた。

『自業自得』から変わらぬ重いリズムと『Start Over!』的なストリングスは今の櫻坂のトレードマークとすら言えるもので、今まで貫いてきた路線をそのまま更に進めるという意思表示に震えるとともに、イントロやアウトロはあくまでティザー用の差し込みと勝手に考えていたが、先行公開の音源を聞いてその考えの甘さに打ちひしがれた。

ピアノ伴奏で歌われる、「静寂の暴力」を思わせる独白。
櫻坂で久しぶりの表題曲バラードかと思った瞬間、一気にマイナーコードに変わり四つ打ちのリズムと乱れ飛ぶノイズSE、そして作曲家ナスカのシグネチャーであるドラマティックなピアノが飛び込んでくる。

随所で言われているが、現代ポップミュージックはベースがクラブミュージックであり、あくまで曲全体のプロダクションは一定にしたうえで音の抜き差しで盛り上げていくものが多い中、ここまでドラスティックに(テンポまで含めて)曲調を変えるのは禁じ手に近く、長く櫻坂の音楽を聞いていた私でも驚いた。
もちろんアニソン界隈ではヒャダインやMONACA系ではよくある展開だったりもして、アイドルソングで最近だとDIALOGUE+はその手法を大いに使っていたりするが

はっきり言って曲のクオリティは及ばない(というよりそこにバリューを見出さない)AKB/坂道グループにおいて、かつ表題曲で同様の手法を用いてくる覚悟は、それだけで賛辞を送りたい。

ここからは呼称としてややこしくならないよう以下のようにしよう。

  • 最初から"やっと眠りにつける"まで:序盤

  • BPMが変わってから"眩い今日が来るんだろう"まで:中盤

  • "僕の寝顔"〜ラストまで:終盤

全体としては中盤は性急なリズムとファンキーかつドラマティックなピアノ、フリーキーなギターが全体を進めており、櫻坂の既存曲だと個人的には同様にナスカ作曲(ただし編曲はmellowではなくナスカ自身と言われるthe third)『条件反射で泣けてくる』を思い出した。

ただし『条件反射で泣けてくる』はマイナーコードとメジャーコードが入り混じり、全体としてはポップな曲調だったが、『I want tomorrow to come』は基本的に徹底してマイナーである。

中盤1Aまでで特筆すべきこととしてはドラムとベース以外ほぼ音がないところだろう。
ナスカといえばピアノだが、それは今回第一印象に反してだいぶ抑えられていると見える。
ただ、もう一つのナスカのトレードマークのスラップベースは遺憾なく発揮されており、ウワモノの少なさと相まってここからは一気にいわゆるロック/バンドモードになることが強く伺える。
この時点での歌詞も序盤のような内省的な歌詞というより、欅時代を思わせる厭世的/攻撃的な歌詞に変わっており、そこがこのロックへの転換とマッチしているのも面白い。

そこから中盤1B。
ここでストリングスとピアノが入り、リズムとしてもキメが多くなる。
一つ面白いのが、今までの打ち込みドラムに加えてフィルのための生ドラムが差し込まれるところだろう。
実は『Start Over!』などからそういうやり方は多かったが、個人的に1Aの直線的なタテノリを表す打ち込みドラムと荒ぶるベースのポスト・パンク/ダンス・ロック的なプロダクションからグッとそれ以前…70年代ロック(もしくはJAM Project)にまで戻る展開に興味を惹かれる。
ボーカルはここでラップとなり、韻としてはだいぶ甘いが、子音や譜割りで思ったよりリズムがあり、決して単調ではない印象である。
「人間いつか死ぬってわかってはいるけど」のシンコペーションはボーカル、ドラム、ベース、ストリングス、全てがキメに合わせており、これぞロック!という趣を感じさせる。

そして中盤1サビである。
個人的に櫻坂全曲トップのサビかもしれない。(次点で何LOVE)。
今までの櫻坂であればここでピアノとストリングスが更に前に出て渾然一体となってポップスとしてのサビメロディを盛り上げていた。
が、今回前面に出るのはエレキギターである。
しかもそれはハードロック的なディストーションパワーコードでもメタル的速弾きでもない。まごうこと無くポスト・パンク的ハイポジションカッティングなのだ。
わかりやすいところで思い出せるのはKing Gnuの『一途』だろうか。

※これはどちらかというと初期Arctic Monkeesが参照点だが
もう少し近いものだとwowakaだ。

ゼロ年代洋楽であったポスト・パンクリヴァイバル、それを参照したSPARTA LOCALSなどの邦楽バンド勢、それを吸収してポップ化したwowakaなどのボカロ勢の流れがここに来て櫻坂で表出したことにまず衝撃を覚えた。
そしてなによりそれが猿真似に終わらず、完全にモノにしていることだ。
重すぎない4つ打ちバスドラム、少し高めのスネア、裏で入るオープンハイハット。
上田剛士かと見紛うほどのゴリゴリのディストーションをかけた上での恐らくスラップも交えて16ビートで攻めてくるベース。
そのリズム隊の上で掻き鳴らされるエレキギターは個人的にINUの北田昌宏やアンディ・ギルさえ思い出した。
実は『Start Over!』でも後ろの方で同様にフリーキーなギターは鳴っていたのだが、後ろ過ぎてあくまでSEとしての扱いとしか受け取れず、OFF Vocal verを聞きながら一人残念がっていた自分としては本当に嬉しかった。
そこでメロが甘くなるかとというとそこは全くそんなことがなく、しっかりとナスカ特有のドラマティックなメロディが展開されることもJ-POPとして胸を打たれる。
また個人的にラップと言うかリーディングの「そばに誰かがいる 孤独じゃないと教えてくれ!」の部分も痺れた。
松田里奈が担当していそうだが、正直同様に担当している"もう一曲ほしいのかい?”の煽りは首を傾げたが、ここはしっかりと感情がこもっているし、ライブでもいいアクセントになりそうだ。

いや本当にここまでクリシェではなく正しい意味で「ロック」を展開する坂道グループ…というかJ-POPは久しぶり過ぎて心が震えた。
これを正しい流れとステージングでロックフェスで奏でた場合確実にモッシュ/ダイブが起きる。比喩でも誇張でもなんでもない。この曲のこのサビにおいては、今ロッキンにいる変なバンドの100倍ロックだと断言できる。

そこから中盤間奏では今までのナスカ-mellow曲らしくしっかりストリングス/ピアノで彩られるところも面白いなと思う。
この曲を語るうえでよく取り沙汰されるのが序盤/終盤と中盤の落差だが、個人的に中盤の中でもウワモノの差し引きがだいぶドラスティックだと感じる。
リズムについても中盤間奏の中でも前半は生ドラム、後半は『自業自得』を思わせるダンスビートであり、性急さ/ダークさというムードは変えないがプロダクションという意味だと16小節ごとにコロコロ変わっていて、そこはむしろプログレ的展開というより近代のK-POPなどを思わせる。

中盤2番については基本的に同様の展開だが、その中で素晴らしいと思えたのが2Aである。
1Aと比べSEとピアノが増えている。ピアノはファンキーで跳ねており、SEは左右にパンを振るような刺激的な入れ方になっている。
これが有ると無しでポップスとして大きく違うことは本当に特筆しておきたい。(AKB/坂道グループでは1Aと2Aで歌詞以外何も変わらないということがとても多く、そこで非常にげんなりさせられるので…)

そして中盤2サビを終えると一気にBPMを落として終盤へ入る。
はっきり言っておこう。私はここは現時点で否定派だ。

もちろん大きく曲調を変えること自体がNOと言いたいのではない。
刺激的な中盤からのラスサビとしてはあまりに展開が大味なバラードすぎるのが納得できないのだ。
そもそもでいうとピアノバラードが好きではないという個人的嗜好もあるのは大いに認めるが、それでもあれほど攻めた後にこんなクリシェな…言い方を考えないとまさに「ダサいロック」を入れ込んでくるのは萎えた。

曲に関する間奏はこの辺にして、ようやくMVの話をしよう。

Xでも書いたが、まず全体として思うのは「今までに比べてダンスメインのMVだな」というところだった。

全体を通して、差し込まれるロケシーン以外はほぼ全てセットでのダンスである。
ロケでは演技、セットではダンスというと『静寂の暴力』を思わせるが、あれよりもさらにセット部分が多かった。
また、『承認欲求』はロケがなくほぼセットで、特に演技シーンのようなものはなかったが、あれはリップシンクが多かったと思うので、今回のようにメンバーが写っている=ダンス、というのは初めてなのでは?と思う。

その判断は私はアリだと思う。
『摩擦係数』以降櫻坂はフィジカル面/スキル面をグッと上げてきたのは今までも論考してきたとおりであり、今回は変にMVとしての作品性を全面に出すよりそこを強調しよう!と考えることも自然だと言える。

今回監督した中村浩紀氏は櫻坂初監督である。
今まで多くのMVを担当した加藤ヒデジン氏/池田一真氏はMVにかなりMV独自の意味をもたせるタイプの人で、全体としてMV限定のストーリーを思わせるシーンがあったり、パッと見では意図が理解できない難しいシーン(いわゆる考察が捗るもの)を入れてくる事が多く、それが自業自得のときに私が語ったように曲とは別の視点をいれることで作品を立体にしていた。
ただ、そうでない世界ももちろんあってもいいと思う。
正直『摩擦係数』を最初見たときに、謎の振り子やピエロ、マサイのように踊るシーンを見て、「またこういうのか…」と少し脳裏によぎってしまったことを逆説的に思い出した。
もちろんそれが効果的になることもあるが、MVにおいて櫻坂よりも監督が前に出てくる瞬間について、特に櫻坂としてのパフォーマンスのバリューが確立された今において、ある種のノイズと捉えられることも出来る。

そういう意味で、今回の監督は、櫻坂に対し初めて向き合い、これほどのパフォーマンスをするグループにおいて、MVとしての作品性より櫻坂を主役とする世界を目指そうと考えるのは想像に固くない。
※ちなみに作品性を前に出す監督…本稿で具体で挙げた加藤ヒデジン氏/池田一真氏が間違っているという話ではもちろんない。特にグループと長く付き合う場合、作品性を出してバリエーションを持たせることが結果的にグループに魅力を付加する手段となることも事実であり、手段と立場の違いでしかない。

目を引いたシーンとして、まず以下である。

序盤のバラードで、シンプルに歌い上げるだけにしてもいいところを、しっかりコンテンポラリー的にダンスで表現していくのは、やはり櫻坂/TAKAHIRO先生のプライドというところだろう。

次は中盤最初、タイトルが出る場面。
MV全体としても印象に残るシーンだろう。
クールな上からの照明で横一列で揃ったダンス、そここそがこのMVの主題であるという表れでもある。

そこから1Aにおいては櫻坂のフィジカルを存分に活かしたダンス。
山下瞳月の不敵な表情がかっこいい。

今回表情もガチガチに演出されているというより個々人の自由に任されているイメージで、そこも含めてステージに近いなと思った。

そこからロケシーンを挟んだ後、1サビではほぼ全編センターの山下瞳月のソロダンスが映される。

個人的にここは引きで撮ってほしいとは思った。
ダンスを魅せたいのであれば全身を撮らないと良さが伝わらないし、特にこのシーンのような全身を大きく使うダンスでほぼ顔しか見えない撮り方をするのは意図がわからなかった。
が、それでも山下瞳月のダンスのキレは相変わらずだし(カメラのせいで分かりづらいがかなり難易度の高いダンスに見える)、キャプチャしたような苦悶の表情はこれはこれで面白いなと思わせる。
ここの真価はテレビ、ダンプラ、そしてライブで発揮されるだろう。

そこから2Bまで演出メインのカットになる。
あえてピックアップするとすれば以下について

このような撮影技法は今回の監督が他でもやっているもののようだが、個人的に今回こういう見栄えのよい…というと逆に悪く聞こえるかもしれないが、変に意味性がない面白いカットが使われるなというのも思った。
櫻坂は割と撮影技法やCGなどよりセット/カメラワーク/表情/ダンスなど被写体の世界で表現するものが多かったので、こういうVFXを効果的に使うというのも新鮮味があった。(欅時代だと『アンビバレント』で近いものがあったが)

そして2B。更に今までに比べ全体が躍動するカット。

このカットなどはTHE 櫻坂/TAKAHIRO先生という感じで、相変わらずコレオは集団群舞であることを最大限に発揮したオリジナリティあるものだなぁと感銘を受ける。

2サビ以降もセンターだけでなく全体で見せるシーンが多い。
特に以下、照明を明滅させて広く踊るシーンは

個人的に最近かなり刺さったSnow Manの『EMPIRE』ラストカットを思わせた。

(なのでもう少し長くこのカットを入れてほしかった気もするが…)

上記カット以降は割と演出無しでカメラをハンディで動かしてダンスを映し勢いをつけているシーンが多い。
こういうシーンがしっかり見栄え良く映るのも、櫻坂が培ったフィジカル/ダンススキルの向上によるものだと思う。

その中で以下のような『Start Over!』などを思わせるコレオがあるのも面白い。

御存知の通り櫻坂はMVにおいて割とカット間のコレオのつながりを意識していないことが多く、それをどう繋げるかはテレビやライブでのパフォーマンスを見るまでわからない。
スキルメインのダンスが多かった前カットからここにパフォーマンスとしてどう繋げるのか非常に見ものである。

そこから終盤のバラードへと差し掛かる。
そのつながりのカットが以下のロケシーンだ。

ここであえて今まで触れなかったロケシーンの演出意図について少し考えてみる。
他の人の考察やメンバースタッフのインタビューを待ちたいところではあるが、歌詞を含めてみると全体的には「夜を怖がる主人公に対し明かり(=明日?)を持ってくる人たち」ということかなとは思う。
かつ、山下瞳月が一度もロケに出ないのを見ると、主人公=山下瞳月なのだろう。
終盤までは全体的に暗く、黒で統一されたセットを見ても、基本的に中盤までのセットシーンでは暗闇に苦悩する山下瞳月の心象風景を描いており(他メンバーはあくまでその一部)、ロケシーンではそれを救う(という表現が正しいか微妙だが)他メンバー、終盤で持ち寄った明かりを集め、明日が来たことを表現しているとは思う。
歌詞になぞらえれば終盤でようやく山下瞳月は「寝顔を見てくれる誰か」に出会えたということになる。
そういう意味では私がキャプチャしたカットは山下瞳月の夜の孤独を表現している…無理やり想像するなら、夜に苦悩し暴れ踊った(クラブ?)後、夜明け前に感じる寂しさがキャプチャしたカットで、その後に仲間…もしくは自らの経験による成長で来た明日をジャズダンスで表現した終盤、というイメージだろうか。

個人的に言うと先述した通りここは音源としてもハマれず、それをまっすぐ表現した終盤カットも基本的にはハマれないところもあるのだが、ただ全体として整合性は取れているとは思うし、誰かも言っていた通りバッドエンドがメインだった欅坂に対し成長や前進を是とする櫻坂においてはこのエンドがよいのかなとは思う。

今回少し評判がよくないらしい。
『自業自得』も大絶賛ではなかったが、セットが『自業自得』より単調、センターばかり映る、曲としての多面性が活かされていない、何がやりたいかわからないなどなど。
私はその批判は私がよいと思った部分の裏返しであり、櫻坂が期待されるものが多すぎること故でこの作品自体が他に劣後するものだとは思わないが、ただ正直に言って、『承認欲求』から今までで思っていることはある。

『Start Over!』でのスマッシュヒットから、基本的に櫻坂は表題では「ダークに攻める」という通底観念があるようには思う(例外は『何歳の頃に戻りたいのか?』だが)。
ただ、そのテーマは否定せずとも、ここ最近のMV群にマンネリ感が出てきているのは、誰もが否定できないところだろう。
バンドもよく代表作シンドロームというか、一度これという作品を作ったあと、それをパクるわけにもいかず、だが大きく方向転換してもうまくいかず、微妙な距離感に苦しむということは得てして多い。
かつ、櫻坂においても、MVにおいてはそれに罹っていると感じる。
とはいえ、曲とステージングはむしろ上がる一方であり、櫻坂オタク界隈もマンネリへの不満が全面に出るというより、期待値と愛の高さの裏返しとしての不満(アイドル運営としての不満も含む)が多いように見受けるので、危機的状況ではないとは思うが、やはり私としてもMVが公開されるたびに「『Start Over!』とは違う何かを見せてほしい」という期待が胸にあるのは否定できないし、今回の『I want tomorrow to come』のMVが応えてくれたかというと、NOにはなる。(それは『自業自得』も『承認欲求』もそうだが)
そしてそれが、SNS界隈でのオタク同士のモヤモヤの根本原因なのかなとは思う。

が、当たり前だが長いキャリアの作品全てが代表作になるアーティストなどいない。
むしろ作品に対しそこまで期待をしてもらえている状況自体が個人的には嬉しいとすら思う。
そして、『I want tomorrow to come』は、もちろんブレイクスルーとなる作品ではないにせよ、今の櫻坂が見せる作品の一つとしては申し分ないと私は断言する。

何にせよ、まだMVしか出ていない。
Buddiesならご存知の通り、櫻坂はここからパフォーマンスにおいて作品の価値を一気に高めていく稀有なグループなのだ。
各フェスや4thアニラにおいてこの曲がどう表現されるか。そこを期待したい。


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