小説「浮遊の夏」⑪ 住野アマラ

次の日も天気が良く爽やかな朝だった。

目的のお墓参りを一応果たし、昨夜は心地よく寝られた。そのせいか得体の知れない不安はなくなっていた。

亡き母への感謝の気持ちと母の病気に気づいてあげられなかったという自責の念を、今回の墓参りで消化出来た気がする。

そして気分も晴れやかなら、ご飯もウマい。
この辺り特産の鯵の干物が絶品。脂が乗っている。

昨夜あれだけお腹いっぱいに食べたから胃がもたれているかと思ったが、朝は朝で食べられる。これも温泉効果か。

温泉効果に違いない。
とにかく、目の前にいる面倒くさいコイツと楽しくやっていくしかない。

なぜなら私も面倒くさいやつだから。

「ねぇ、熱海まで行こうヨ」

「お、いいねー」

「バスで行こう」

「時間も金もかかるぜ」

「いいの、いいの」

「トンネルを抜ければ、何とかってやつか」

「あのさ、貫一お宮で何か書いたら?」

「ははは、レトロだねー」

駅前から熱海行きのバスに乗った。

一時間に何本もないからタイミングが良かった。

案の定誰も乗っていない。私たちだけだ。

貸し切り状態。

ふつうは皆電車に乗るわな、そりゃあ。

バスは静かに街を後にして山道を走った。

少し開いていた窓をもう少し広げて風をボリュームアップ。

たまに木々の隙間から海が光って見える。

ほぉらバカンス、やっぱり南仏気分。

太陽がいっぱいだ。

「あのさ、南仏じゃないよ」

「え?」

「だからさ、太陽がいっぱいの舞台はイタリア」

「えぇ~。でもお母さんが南仏にアランドロンが映えるって言ってたけど……」

この間、連絡もせずに実家に行ったら父が玄関の上がり框に座っていた。
背を丸め小さいギターの様な物をつま弾いている。
これ何だと思うか、と父は私の方に顔を向けるでもない。
よく見ると、玄関に置いてある日本人形が持っている三味線だった。

あの時はもうボケちゃったのかとびっくりしたが、思えば日本人形は母の嫁入り道具であった。父も寂しいのかも知れない。

父に練り物の詰め合わせでもお土産に持って行ってあげよう。

海はますます光り、風は一層爽やかに吹いてきた。

まもなくバスは大きくカーブして急に視界が開けた。

熱海の町が見えてきた。
〈終〉







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