SNS依存からどう脱却するか

SNSの利用による若者の自己肯定感の欠如と依存の問題を考えてみる。

SNS(特にインスタグラムやTikTok)の利用が若者の自己肯定感に及ぼす影響について考えてみました。これらのプラットフォームでは、「いいね」の数や承認を得ることが目的となり、投稿が評価されることで承認欲求が満たされます。しかし、この承認欲求の充足は非常に不健全な側面を持っていると思うんですよね。

SNSは「トレンド」という概念に支配されています。例えば、とあるインフルエンサーがファッションやアクセサリーのトレンドを売り出したりすると、多くの人がそれに追随した服やアクセサリーを着用した自分の写真を共有し、他者からの承認を求めます。それだけならまだなんとかなるんですけど、一方でトレンドに遅れるとそのコミュニティから取り残される感じがしませんか?そう、SNSではトレンドに乗るという同調性が、ときに同調圧力となって私たちに押し寄せるんですね。この圧力がSNSの駆動力となっていると思うんです。

もう少し深くこの問題の根源を考えてみた。

この問題の根源には、個人主義的価値観への移行と目的論的価値観の広がりによる心のゆとりの喪失があると思うんです。ちょっと難しい単語を並べてみましたが、身近な例で考えてみましょう。例えばSNSを主に利用する若者は、就活などの場面でいい会社に入るため、常に「自分らしさ」を探そうともしますよね。ESにはあなた自身の強みを要求されますので。でもその一方で、若者たちは周囲との同調性も強く意識しています。欅坂じゃないですが、このアンビバレントな状況が若者たちの心の不安を引き起こしていて、そのストレスの発散場所としてSNSが機能していると私は思っています。どういうことかというと、SNSにおいてトレンドに乗ると、そのコミュニティの中で同調性を保ちつつ、周囲とのわずかな違いを売り出すことで自分らしさもアピールできるんです。つまり、SNSというのはアンビバレントな欲求を満たす場所となっているんです。それが依存につながるのかもしれませんね。


解決に向けた心の持ち方

この問題を解決するためには、まず西洋的な「自己」や「自分らしさ」の強要に対して違和感を抱くことが重要です。SNSのインフルエンサーたちは自分らしさを表現する象徴とされていますが、彼らの極端な個人主義的価値観を模範とする必要はないと思います。日本人は同調性を重んじる文化の中で生きています。その中で「自分らしさ」を追求するのですが、そこには限界があります。また、自己肯定感は本質的に不安定なものであるという認識を持つことも大切ではないでしょうか。他者評価に左右される一辺倒の軸では、しっかりとした評価が下されるので心が安定すると思うかもしれませんが、実はその評価に振り回されてシーソーみたいに心がアップダウンを繰り返すんです。

むしろ、自己肯定感は様々な軸を持つことで徐々に生まれてくるんじゃないかなと思います。さっきのシーソーの例との対比で、バランスボールのように、多くの軸を持ちながら自己を肯定していく感覚がいるのではないかなと思います。これは、変化する自然環境や人間関係の中で生きてきた日本人にとって、もともと自然な感覚かもしれません。安定と不安定を受け入れながら生きる、竹が風に揺れながらもしなやかに生きるような「ゆとりのある心」を持つことが大切ではないでしょうか。

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