不幸の手紙

八重樫 真也 様
突然の御手紙、申し訳ございません。
お互いに面識がないのでまずは自己紹介をさせていただきます。
私の名前は七種 菜々美。
1997年2月8日生まれ。
県内の大学で事務の仕事をしています。
今は県内で一人暮らしをしており、実家はM県S市にあります。
両親は健在で、大学生の弟が一人います。
自己紹介はここまでにして本題を書かせていただきたいと思います。
八重樫様には私を助けていただきたいのです。
ご迷惑なのは重々承知しております。
しかし八重樫様に助けていただけなければ私は不幸に見舞れ、死んでしまうでしょう。
私も必死なのです。
助けていただくまで毎日手紙を送らせていただきます。
何卒よろしくお願いいたします。

七種 菜々美

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 夜勤バイト明け、こんな内容の手紙が郵便受けに届いていた。

 消印がないので、直接投函されたようだ。

 七種なる人物に心当たりはない。

 手紙の主も互いに面識がないと言っているので当然か。

 しかし助けて欲しいと書いている割には連絡先などが記載がない。

 助ける気は毛頭ないが、これじゃあ助けようにも無理な話だ。

 わざわざ勤め先の大学を探して、その上で助けろって事だとしたら厚かましいにも程がある。

 何より不幸になるとか意味が分からん。

 知らん人が不幸になろうが、それで死のうが知ったこっちゃない。

 こんなイタズラに構っていられるほど暇じゃない。

 もし宣言通りに明日も手紙が来るようなら、しばらく友人宅を転々とすればいい。

 今後の対応策が決まったので、シャワーを浴びてベッドに横になった。


 目が覚めたのはそれから9時間後の18時。

 今日も夜勤のバイトがあるのでいつも通りの準備をして家を出る。

 ふと手紙の事が頭をよぎり、エントランスを出る前に郵便受けを開いてみる。

 すると数枚あるチラシの上に昨日と同じ封筒横たわっていた。

マジか。

 封筒だけを取り出して郵便受けを閉める。

 封筒には「八重樫様へ」とだけ書かれており、消印がない。

 はぁ、と溜め息が漏れる

 手紙をバッグに入れるとバイト先へと向かった。


 夜間警備のバイトは時給が良くて暇なところが気に入っている。

 なにより水族館の警備という珍しい配属なので、巡回時は客がいない静かな館内で生き物をじっくりと観察できるのが最高に楽しい。

 警備室に座ってる時間がもったいないので出来ればずっと巡回をしていたい。

 そんなことを先輩と話しながら時間が過ぎるのを待っているのが常だ。

 ふと手紙の事を思い出してショルダーバッグから取り出す。

 本来はセキュリティの観点から私物の持ち込みは許されていないがバレないので気にしていない。

 手紙を取り出すと先輩にラブレターかと冷やかしを受けた。

 イタズラだと軽くあしらい、封を開ける。

 手紙の内容は以下の通りだ。

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八重樫 真也 様

連日の手紙、申し訳ございません。
昨日の手紙はお読みいただけましたでしょうか。
お読みいただけた前提で話をさせていただきます。
昨日も申し上げた通り、八重樫様には私を助けていただきたいのです。
もうあまり時間がありません。
早く助けていただけなければ不幸に見舞われてしまいます。
諸事情により連絡先をお伝えすることは出来かねます。
どうか私を見つけ出し、助けていただきたいのです。
このまま不幸の末、死ぬのは耐えられません。
自己紹介の内容に偽りはありません。
助けていただけないようでしたら明日も手紙を送らせていただきます。
何卒よろしくお願いいたします。

七種 菜々美

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 昨日と内容はほとんど同じだが、連絡先を書けない理由が少し気になる。

 先輩は手紙を読んでる最中に休憩に入ったから後で手紙についての意見を聞いてみよう。

 というか不幸ってなんなんだ?

 不幸の末死ぬって何を根拠に言っているのやら。

 見つけると言ったって県内にはたしか30校近くある。

 そんなのをしらみ潰しに探すのなんか御免だ。

 電話で確認すれば良いのかも知れないが、そんなことに時間を割きたくないし義理もない。

 多少気にはなるけど面倒だ。

 友人にチャットを送り、泊まらせてもらうことにした。

 先輩に手紙をみせたら「モテモテだねぇ」と茶化されたので今後この人には相談しないと決めた。


 夜勤バイト明けに友人の裕之と合流して朝食を済ませ、学校に向かう。

 朝の弱い俺は夜勤バイトをすることで一限の必修科目の講義を受講出来ている。

 去年単位を落とした講義で、今年落としたら留年が確定してしまうためこの方法を選んだ。

 裕之も同様の状況なので、俺に朝食を奢る変わりに起こしにいくと約束をしている。

 と言っても週一の講義なので毎日ではない。

 講義が終わりお互いに空きコマなので大学内にあるカフェで時間を潰すことにした。

 そこで手紙のことを話すと泊めてもらえることになった。

それにしても少し変わった内容だね。

少しか?

理由があって死にそうだから助けて欲しいって言うのなら分かる。だけど不幸になって死ぬって言うのはよく分からない。不幸になっても死ぬとは限らないからね。

お前こんな手紙にマジになるなよ。どうせイタズラだろ?

イタズラだったとしても気になるものは気になる。

めんどくさ~。

 俺の批判には目もくれず、裕之は真剣に考えている。

死ぬから助けて欲しいのか、不幸になるから助けて欲しいのかどっちなんだろうか…。不幸になると何故死ぬのか…

精神的に追い込まれての自殺じゃん?もしくは不慮の事故とか生活苦とか色々考えられる。

確かに色々な可能性があるね。そもそもどこで真也のことを知ったんだろう。

さぁなぁ~、俺はサークル入ってねぇしバイトも夜勤だから俺のことを知ってる奴なんて限られてると思うけどなぁ、地元じゃねぇし。

こっちに越してきてからは警備のバイトしかやってないの?

いや、警備は一限のために今年から始めたんだわ。その前はリサイクルショップで働いてたな。オープニングスタッフだったから越してきて友達のいない俺には丁度いいと思ってさ。

接客業だよね?

もち、査定から品出しまで色々やってたぞ。

じゃあそこで名前を覚えられていた可能性があるね。

だとしたら何で今さら手紙寄越すんだよ。辞めて半年は経ってるぞ。それに家を知ってるのはおかしくないか?

うーん、単純にストーカーなのかも知れない。

それは俺も思った。念のため警察に相談してみるかな。

そうだね、相談実績があれば何かあった時にすぐに動いてくれるからね。

 早速二枚の手紙を持って警察署に向かうことになった。

 手紙があるので話しは聞いて貰うことが出来たが、実害が出ていないので何も出来ないとのことだ。

 予想通りだったので問題はない。

 相談の記録は残して貰えることになったので予定通りだ。

 それから裕之と別れて午後の講義を2コマ受けてからサークル棟に向かった。

 裕之はボードゲームサークルに入っているので暇があればサークル室でゲームに興じている。

 俺がサークル室に入ると裕之は手に持った石をテーブルに置くところだった。

裕之おまたせ~

 俺の呼び掛けに裕之の視線がこちらに向く。

 それと同時に裕之が持つ石に向かって机の上に置かれた石が動いてパチッと音を鳴らしてくっついた。

 裕之は、あっと声をあげると俺に恨むような視線を向けた。

 裕之の対面に座る女の子は喜んでいるようでガッツポーズをとっていた。

タイミングみないで声かけて悪かったな、何か賭けてたの?

まぁ仕方ないね。賭けって程のことじゃないけど近々他大学とのボドゲ交流会があるんだ。参加できなくなったけど。

あぁ、それはマジでごめん。てか何のゲームやってたん?

これはクラスターっていう枠内に磁石を交互に置いていくゲーム。結構面白いけどやってみる?

いや、今日はあんまり寝てないから早く帰りたい。

じゃあまた今度だね。

 片付けを終えるとサークル室を後にした。


 スーパーで酒とつまみを買い、裕之の住むマンションに到着した。

 エントランスで郵便受けから手紙とチラシを回収するとオートロックを開錠して部屋に上がる。

 勝手知ったる他人の家だ、ことわりなく冷蔵庫に酒をしまう。

 えっ、という驚きの声を裕之が発した。

 裕之の方に目を向けると裕之は封筒を手にした状態で固まっている。

どうした裕之?

 声に反応してこっちを見た裕之の表情はみるからに強ばっていた。

 これ、と少し震える声で手に持っていた封筒を俺に渡す。

 なんだと思い受け取ろうと伸ばした手が固まった。

八重樫様へ

 封筒にはそう書かれていた。

は?え?なにこれ…どういうこと?

 動揺している俺をよそに裕之は何か考えているようだ。

真也はここに来ること誰かに話した?

いや、わざわざ話すことじゃないしそんなことしてない。

だよね…じゃあ手紙のことは俺以外に話した?

えっと…裕之以外に話したのはー…バイトの先輩と警察くらいだな。

SNSは?

そもそもROM専だから発信してない。

 裕之からの矢継ぎ早な質問に答えることで少し冷静さを取り戻すことが出来た。

うーん、じゃあ考えられるのは七種という女性が盗聴をしていたか、真也が尾行されていたかの二択かな?

尾行ならまだしも盗聴は無理じゃないか?盗聴器なんて俺と接触しないと使えないし。それにそれっぽい機械なんてねぇぞ?

 バッグを漁りながら答える

でも尾行だとしたら真也が俺と一緒に行動しているのをみて俺の家に来るのを察して先回りしたってことでしょ?

そうなるな。

ということは俺のことも調べてあるってことにならない?

待てよ、それだと俺の身近な人間は調べられてるってことか?

可能性は高いと思う。

 心が落ち着かない。

 手に持っていたビールを開けて一気に飲み干した。

こんなの飲まなきゃやってらんねぇよ。

とりあえず飲みながら今後のことを考えようか。

 テーブルに向かい合って座ると酒とつまみに手をつけながら色々と案を出しあった。

 だが酔った頭ではいい案は出ず、出費は痛いがとりあえず人を頼らずにホテルやネットカフェを転々とすることに決まった。

 何か分かるかもしれないと裕之が言うので手紙を開いたが前の二通と書いてあることはほとんど変わりがない。

 結局、七種が何者なのかも分からないままだった。

 七種についても調べた方がいいと言う俺の意見に対し、何をされるか分からないので最終手段にしようと裕之が言うので一旦放置することにした。

 酒が進んだためか、俺を元気付けるためか、裕之は「新手の不幸の手紙みたいなものかもね」とか言っていた。

 俺は苦笑いするので精一杯だった。


 翌日は午後から講義だったが、裕之が2限からだったので一緒に裕之の家を出て
一度帰宅することにした。

 自宅の郵便受けにはまだ手紙が来ていない。

 恐らくは夕方に投函されているのだろう。

 今のうちに数日間の着替えとバイトの準備をして大学に向かった。


 その日はネットカフェに泊まることにした。

 初めて泊まるがシャワーブースもランドリーもフードメニューもある。

 割高だがツインの部屋や鍵付きの個室なら広さも充分だ。

 貧乏学生なので入室するのは一人用のブースだが。

 夕飯を食べ、シャワーを浴びて髪を乾かす。

 歯磨きを終えて自分のブースに戻ってくると座椅子の上に封筒が置かれていた。

 辺りを見回すと店員と目があったので手を上げた。

 店員が小走りで近づいてくる。

どうかなさいましたでしょうか?

このブースを借りてるんですけど勝手に入った人いませんでした?

申し訳ございません、私は漫画の戻しを行っていたので分かりかねます。何かを紛失されたとかでしょうか?

いえ、盗られたとかではないんですけど僕のブースに僕のじゃない物があったので。

 俺は封筒を店員に渡す。

それではお預かり致します。

 そう言うと店員はスタッフオンリーと書かれた扉に入っていった。

 渡してから気がついたが手紙を読まなかったのは今日が初めてだ。

 しかし手紙が届いたという事実は変わらない。

 手紙が届いたと言うことは七種は今もここにいるのか?

 俺は鍵付きの個室にしておけばよかったと後悔しながら眠れない夜を過ごした。


 ブースは狭く寝心地が悪い、また周囲の音がうるさいのもありほとんど眠れなかった。

 手紙のこともあり神経過敏になっていたのかもしれないが、次泊まるときは鍵付きの個室にすることに決めた。

 ゼミがあるので昼間は大学で過ごし、夜はビジネスホテルに泊まることにした。

 ビジネスホテルなだけあってベッドと机とユニットバスととても簡素だ。

 ホテルの受付には従業員以外はいなかった。

 部屋まで階段で移動して、周囲に誰もいないのを確認をしてから入室した。

 だからホテルの人間以外は俺がここにいることを知らないはずだ。

 昨日のネットカフェとは違ってかなり注意してきたので流石に手紙は届かないだろう。

 部屋が分かったとしても郵便受けがないのだから届けようがない。

 今日は久しぶりに安眠できそうだ。

 普段より熱めのシャワーを浴びてバスルームから出ると部屋扉の前の床に何かが落ちているのに気がついた。

 まさかと思い近づいてみる。

八重樫様へ

 と書かれた封筒がそこにあった。

なんで…どこから…

 頭を抱えてうずくまる。

 はぁと溜め息を吐き、顔を上げて気がついた。

 扉の下部が1~2cmほど浮いていることに。

 恐らくそこから手紙が投げ入れられたのだろう。

 一体どのようにして部屋を特定したのか、それだけが分からない。

 封筒を拾うと手紙を読むこともなく、備え付けのゴミ箱へ放り込んだ。

 電気を消してベッドに入り、なるべくゴミ箱の方をみないように横向きに眠った。


 状況に慣れたためか、はたまた寝不足のためかは定かでないがネットカフェの時とは違いよく眠ることが出来た。

 今日は夜勤バイトの日なので眠ることが出来て本当に良かった。

 チェックアウトの時に手紙についてフロントで聞いてみたが、イタズラかもしれないので今後は気をつけるとだけ返事を貰った。

 七種という客がいないか聞いてみたが、個人情報なので教えることは出来ないと言われた。

 当たり前の事だがなんかムカつく。

 気を取り直して大学に行くと講義を受け、バイトの時間までゼミ室で昼寝をした。

 起きたのは夕方でゼミ室には俺一人だけだった。

 夕方なので周囲を物色したが封筒は見つからない。

 俺はついに解放されたのかと安堵の溜め息を吐き、足取り軽くバイト先へ向かった。


 俺の居場所が分からないから届かなかったのか?

 今日は家の郵便受けに投函されてたりするのか?

 と、バイト先までの道のりで考えたが、終わったのだと良い方に考える事にした。

 バイト先に到着して着替えていると先輩が休憩室に入ってきた。

うぃ~おはよう。

おはようございます。

 先輩は俺に気がつくとニヤニヤと笑みを浮かべた。

おいおい八重樫く~ん、モテモテで羨ましいなぁ~。

 意味が分からずに首をかしげる。

いやぁ~べっぴんさんだったよ~、はいこれ。

 と言い、先輩はポケットをまさぐると何かを取り出して渡してきたのでそれを受け取る。

八重樫様へ

 そう書かれた封筒だった。

 なんの冗談だ?終わったんじゃないのか?

どうした八重樫?大丈夫か?

 受け取ったまま固まっている俺に先輩が声をかける。

この封筒はいつ誰から何て言って渡されたんですか?

 少し声が震えているのが自分でも分かる。

えっ、ついさっき入口のとこで綺麗な嬢ちゃんにお前に渡してくれって預かったんだけど、なんかあんの?

どんな人でした?

 思わず声が大きくなる。

えっ、長い黒髪で眼鏡を掛けてたけど

服装は?

 一歩先輩に詰め寄る。

ええっとストライプのロングワンピ着てたけど、ってさっきからなんnっておい!

 それを聞くと俺は休憩室を飛び出して外に向かって走った。

 しばらく周囲を駆け回ったがそれらしい人物を見つけることは出来ず、結果的に遅刻したのもあり先輩に怒られてしまった。

 その後、先輩を質問責めにした理由をしつこく追求されたので説明をしたが「そんなことか」と軽く流された。

 やはりこの人に相談事はしないと再度心に誓った。

 終わったものと思っていたのにバイト先で手紙を渡されてしまった。

 どうしたら良いのかをバイト中ずっと悩んでいたが答えは出ないまま朝を迎えた。


 ふらふらとした足取りでバイト先から駅に向かう。

 眠さもあるが何よりも精神的に疲弊しているのがきつい。

 なんだが人恋しく思えてくる。

でも彼女なんていないしな…。
大学のために越してきてからあんまり友達出来なかった俺に何でストーカーがいるんだよ。
いっそのこと実家にでも帰ろうかな…。

 そこでハッと気がついた。

そうだよ!実家だ!実家なら移動だけで半日掛かる距離だし簡単には手紙を送ることは出来ないぞ!

 そこで急遽実家に帰ることに決め、早速スマホで新幹線のチケットを購入した。


 越してきてから一度も帰らなかったので新幹線から連絡をすると母さんはとても喜んでいた。

 駅に着くと親父もいて家に着くまで質問責めにあったのが面倒だと思う反面、むず痒くも嬉しい気がする。

それにしても突然帰ってくるなんてなんかあったんか?

ずっと帰ってなかったからなんとなくだよ。

 無用な心配をかけないため嘘をついたがバレることはないだろう。

どんくらいこっちにいる予定?

うーん、とりあえず週末は実家にいようと思ってる。

 そう答えてから気がついた。

 今日は休みだが週末はバイト二連勤だ。

 突然休むことになったら怒られる。

 ちょうど実家にいるので法事って事にして後で連絡することにしよう。

 実家に着いたのは昼過ぎだったが婆ちゃんが昼食を用意してくれていた。

 朝からなにも食べず、新幹線では寝て過ごしていたのでありがたい。

 食事をしながら両親と婆ちゃんと色々と話していると、なんだか懐かしい気分になる。

 しばらくして妹が帰ってきた。

 俺をみるなりすごく驚いていた。

 いつの間にか夕方になっていたので母さんは買い物に行き、俺は久しぶりに自室の扉を開けた。

 部屋は以外にも綺麗だったが、誰かが出入りしているようで本棚の漫画の並びが変わっている。

 使っていない部屋を掃除してくれているのでそれくらいは許そう。

 せっかく帰ってきて部屋でゴロゴロしてるのももったいないので、腹ごなしに散歩に行くことにした。

 久しぶりの地元は飲食店が増えていたり、公民館が綺麗に建て替えられていたりと以外にも変化が多くて俺を楽しませてくれる。

 そうやって一通り散策を終えると夕飯の時間なので帰ることにした。

 実家の門を抜け、玄関を開けようとした時に玄関横にある郵便受けが視界に入った。

 せっかくこれまで忘れていたが、嫌でも手紙の事を思い出してしまう。

まぁでも流石にここには届かないだろ。

 願いを口にしながら郵便受けを開く。

 そこには何も入っていない。

そりゃそうだよな。

 ふぅと息を吐き、頬が緩む。

ただいま。

 玄関を開けるとちょうど夕飯準備が出来た様で妹に急かされた。

 買い物前に母さんに夕飯の希望を聞かれたので、俺は母さんと婆ちゃんの作る和食をリクエストしていた。

 一人暮らしじゃ手の掛かる和食なんて作らないし、何よりもお袋の味を感じることが出来る。

実家で食べるなめこの味噌汁は何故こうも美味しいのだろう。

 そんなことを思いながら久しぶりの実家での夕飯に舌鼓を打った。

 食事を終え、居間のテレビをボンヤリと眺めていると母さんに声をかけられた。

真也、あんた先に風呂に入っちまいな。

うん、これ観たら入るわ

あんたそんなこと言ってないで順番があるんだから早く入りなさい。

はいはい、分かりましたよ。

 そう言うと風呂の準備のために立ち上がる。

それとあんた宛の手紙何通か届いていたのをまとめて部屋のベッドに置いておいたから。

えっ?

 一気に心拍数が跳ね上がる。

それっていつ届いたの?

あんたが帰って来なかった間に十通くらいあったと思うよ。

なんだそういうことか。

 俺は胸を撫で下ろした。

なに?何かあるの?

いや、なんでもない。じゃあ風呂行ってくるわ。

 俺は動揺していたのを悟られないように足早に自室へと向かった。

 自室に入ると早速手紙をチェックしたが七種からの手紙がないのを確認し、そのまま準備して風呂に入った。

 風呂から上がると、部屋で漫画を読んで過ごしていた。

 キリの良いところで寝ようと伸びをした時に妹が部屋に入ってきた。

兄貴おはよ~。

いや、まだ夜だしもう寝るんだけど。

兄貴に渡し忘れてたから届けにきたよ~、はいこれ。

おっ、ありがと
お前も早く寝ろよ。

はいはい、じゃおやすみ。

 妹が自室に戻るのを確認して自分の部屋の扉ドアを閉じる。

 妹から受け取ったものを確認する。

八重樫 真也様へ

 と書かれた封筒だった。

 俺は自室を飛び出して妹の部屋のドアを勢いよく開けた。

ううぉっ!?いきなり何だよ兄貴。

 妹は仰向けでスマホをいじっていたようで、スマホを片手に体を中途半端に起こした状態でこちらを凝視している。

お前この手紙いつどこで手に入れた?

学校から帰ってきた時にポストに入ってたけど?

なんで帰ってきた時に渡さなかった?

帰ってきてると思わなくてさ
後でメッセ送ろうと思って鞄に入れてたからすっかり忘れてたんだけど。

そっか…ん?メッセ?なんでメッセージを送ろうってなるんだ?

そりゃお母さんが集めてた兄貴宛の郵便は業者からのだったでしょ?この手紙は誰かが兄貴に宛てたものだって分かるから兄貴に連絡するのが当たり前じゃない?

そっか、なるほどな。

てか、その手紙になんかあるの?

いや、なんでもない。
悪かったな、おやすみ。

ふぅん、じゃあね。
あっ、ついでに電気消してくれない?

はいはい、おやすみ。

 ドア横にある電気のスイッチを押すと妹の部屋の電気が消え、廊下の明かりが室内を微かに照らす。

サンキュー、おやすみ~。

 妹の声を聞きながらドアを閉じた。


 自室に戻ると電気を消してカーテンを開け、ベッドに仰向けで横になる。

 外からの入る込む月明かりが室内を照らす。

 実家にいた頃から考え事をする時にはこうしていた。

 何故かこうしていると考えが上手く纏まる。

結局、実家に逃げてきても意味なかったな。
今回の手紙にも消印なかったし。
俺のことはとことん調べてあるってことか。
あ、まだバイト先に連絡してないや。

 連絡するのを忘れないためにスマホのメモに残す。

もし明日も手紙がきたら7通目だ。
手紙が届いてからまだ一週間しか経ってないのにこんなに追い詰められてる。
俺って以外とメンタル弱いんだ。

 自虐的に笑う。

始めにもらった三通しか目を通してないけどそれもバレてたりして…って流石にそれはないか。
そういえば最初の手紙に県内の大学で働いてるって書いてあったな。
仕方ない、最終手段を使うとするか。

 そう決めて裕之にメッセージを送ると目蓋を閉じて朝が来るのを静かに待った。


 閉じた目蓋に強い光が入り込む。

 抵抗するために身をよじり、布団を頭から被る。

 再度眠りにつこうとした自分に注意をするかの様にスマホがブブッと震えた。

 そこで今日の予定を思い出し、スマホの通知を確認する。

 準備を済ませると荷物を持ってリビングに降りる。

 母さんと婆ちゃんが起きており、俺を見て驚いている。

週末まではこっちいるんじゃなかったの?

いや、それが予定を忘れてたみたいですぐ帰らなきゃいけなくなってさ。

あら、それなら早く言いなさいよ。
駅まで送ろうか?

ごめん、お願いします。

じゃあ準備するから朝ごはんぱぱっと食べちゃって。

ありがとう。

 母さんは部屋に戻って準備をしてくれ、婆ちゃんは朝食を準備してくれた。

 朝食を食べ終わる頃に母さんも準備が終わったので婆ちゃんと少し話してから家を出た。

 駅に着き母さんにお礼を伝える。

マジで助かった、ありがとう。

それはそうとあんたずっと帰ってこないで、大学が楽しいか知らないけど長期の休みの時くらいは帰ってきなさい。

うん、たまには飯食いに帰ってくるよ。

連絡もちゃんとしなさいね。

うん、ありがとう。
じゃあ行くよ。

それじゃあ元気でね。

 俺は振り返らずに駅に入っていった。


 途中、新幹線に乗り換える。

 座席に荷物を置くとデッキに移動した。

 スマホを開くと裕之から返信が届いており、すぐに電話をかけた。

もしもし、今新幹線乗ったところだけどもう始めてる?

うん、今から4校目にかけるところ。

そっか、マジでありがとう。

まぁ俺も関係者の一人だから気にしなくていい。

本当に助かるわ。じゃあさっきもらったメッセージの通り進めていくから特定出来たら電話してな。

分かってる、それじゃあ。

 電話を切ると先程確認した裕之からのメッセージを再度開き、メッセージの一番下に書かれている大学へと電話をかける。

 最終手段として俺は七種 菜々美を探すことにした。

 手紙の件を相談していた裕之の手を借りて、県内の大学へ片っ端から電話をかけている。

 理由は単純、一番最初に受け取った手紙には七種の勤務先について書かれていたからだ。

 未読だった二通の手紙も含め、手元にある全てに目を通したが他に手掛かりがなかった。

 手紙の内容は変わらず助けて欲しいや不幸になるだのと書かれていた。

 目的が分からないが、このままだと俺はどうにかなりそうだ。

 解決するためにも危険を承知で七種に会って話をする必要がある。

 七種もそれを承知で自分にたどり着ける最低限の情報を書いていたのだろう。

 県内の大学は短大を併せると27校ある。

 俺が6校目の大学に電話をかけようと番電話号をコピーしようとしていると裕之から電話がかかってきた。

七種 菜々美が働いている大学が分かったよ。

 裕之が電話した短大に七種 菜々美という事務員がいることが判明した。

朝から手伝ってくれてありがとな。
次の休みに寿司奢るから楽しみにしとけよ。

もちろん回らない所だよね?

もちろん回らない寿司に決まってるだろ?
食べ放題だけどな。

ごちになります。

んじゃ着くまで寝るわ。

待って、俺も大学に着いていこうか?

いや、流石に悪いわ。
それに講義入れてるだろ?そっち出ろよ。

分かったよ。
七種さんと会えたら電話してね。
おやすみ。

 電話を切ると席に戻り、眠りに着いた。


 新幹線を降り、電車を乗り換えて短大へと向かう。

 七種と会えたとして何を話すのか。

 そんなことを考えているうちに短大の最寄駅に到着した。

 初めて来た場所だが雰囲気はうちの大学付近とあまり変わらないように思える。

 駅から10分ほど歩くと短大に到着した。

 うちの大学とは違って自然が多い印象を受ける。

 緊張というより警戒しながらキャンパス内を適当に歩いていると学食を見つけた。

 今は昼過ぎなので学食は空いている。

 お昼をまだ食べていなかったので、先に腹ごしらえをしようと学食に向かった。

 うちの大学とメニューや値段は差ほど変わらない。

 ここは安定のカレーを食べることにする。

 味はうちの大学の方が美味しいな。

 食べ終わり、どうしようかと考えていると声をかけられた。

あれ?八重樫先輩っすよね?

 見ると地元の後輩の新山がいた。

おっ新山じゃん、久しぶりだな。

先輩の卒業ぶりっすもん、二年ぶりっすね。

お前ここの大学なの?

はい、本当は四大に行きたかったんすけど金がなかったんで短大にしたんすよ。てか先輩もこの大学だったんすね。

違う違う、俺はC大学だから。

C大?めちゃ頭良いっすね。
てか、こんなところで何してるんすか?

ちょっと用があってさ、お前事務の人に詳しかったりする?

詳しくはないですけどお世話になってる人はいますね。

七種 菜々美って事務員の人いない?

七種さんなら分かりますよ。美人で有名なんで。
もしかしてナンパっすか?

ちげぇよ。でもその人に用があるんだけど事務室まで案内してくれない?

良いっすよ。

 そう言うと新山は学内の紹介をしながら事務室がある本館まで案内してくれた。

 そこで分かったのだが、俺は裏口から大学に入っていたようだ

 だから事務室より先に学食にたどり着いたみたいだ。

 表口から入ればすぐに本館にたどり着ける。

 本館の入口に入ってすぐに事務室があり、外からでも事務室の様子がうかがえる。

 俺は本館には入らずに外から窓越しに中を確認した。

新山、七種ってどの人だ?

先輩、呼び捨ては流石にやめましょうよ。七種さんですよ。

あぁ、そうだな。
えっと、七種さんはどの人だ?

あの奥にいる長い黒髪で眼鏡を掛けてるベージュのカーディガン着てる人っすね。

あれが七種さんか…。

 確かに美人だしバイトの先輩から聞いた特徴とも一致してそうだ。

てか先輩、何で外から見てるんすか?中に入らないんすか?

あー、うん、そうだな。一つ聞きたいんだけどさ、七種さんって今日は何時に出勤してるか分かるか?

それなら分かりますよ。事務員さんの出勤時間は一限よりも少し早いんすけど8時50分位に一号館の辺りで挨拶しました。

新山も朝早かったんだな。

はい、大学の寮に住んでんすけど金曜の一限は早く来ないと講義室埋まっちゃうくらいに人が多いんすよ。

そっか、七種さんって昨日は休んだり早く帰ってたりしてた?

昨日っすか?流石に分からないっすけど14時頃に事務に用があって行った時に対応してくれたのは七種さんでしたね。

なるほどね…。よしありがと、新山はここまででいいよ。本当に助かったわ。

えー、てか結局何しに来たんですか?

それは内緒。てかお前こそ学食で何してたんだよ。

あっ、やべっ。サークル室で先輩待たせてるんだった。

なら早く行ってやれよ。

そっすね、じゃあ八重樫先輩、今日のお礼に今度飯奢ってくださいね。

分かった分かった、連絡するよ。

絶対っすよ?それじゃあ行きますね。

はいよ、ありがとな。

 そう言うと新山は走ってどこかに行ってしまった。

さてと。

 俺は新山の背中が見えなくなると視線を事務室に戻した。

 七種と目があった。

 心臓が跳ね上がる。

 七種はニコリと笑みを浮かべると軽く頭を下げた。

 俺も反射的に会釈を返し、気づくと俺は本館とは反対方向に進んでいた。

何してんだ俺は。
やっと見つけたんだぞ?
行かないでどうする?
でも人違いだったら?
そもそも何て声をかけるんだ?

 まとまらない思考を落ち着かせるため、視界に入った自動販売機で水を買うと一息に飲み干した。

ごちゃごちゃ考えるのは俺らしくない。とりあえず手紙を見せて問い詰めてやる。

 ~♪~♪

 自分のスマホがなったので確認すると裕之からの着信だった。

どうした裕之?

もう短大にいる?

おう、短大に着いて七種の顔を確認したところだけど何かあった?

あの後もまだ連絡してない大学に電話をかけてたんだ。七種って苗字の人は他にいなかったよ。
だから手紙の内容が正しければその人で間違いないはずだね。

わざわざ調べてくれたのか、ありがとな。

回らない寿司を奢ってもらうわけだし、このぐらいはやらないとね。それじゃあ頑張ってね。

 電話を切ると覚悟を決めて立ち上がる。

私に何かご用でしょうか?

 声の方を向くと微笑みを浮かべた七種 菜々美が立っていた。

七種…菜々美…さん、ですか?

 咄嗟のことで頭が働かない中、それだけが口を衝いて出た。

はい、私が七種 菜々美です。
初めましてですね八重樫 真也さん。

 俺の名前を知っているってことは本人で間違いなさそうだ。

あなたが俺にこの手紙を送って来た七種さんで間違いないでしょうか?

 鞄から五通の手紙を取り出して見せびらかすように彼女に突き出す。

はい、確かに私が八重樫さんに送ったものです。

そうか、それなら初対面で年上だけどあえてタメ口で話させてもらう。

ええ、別に構いませんよ。

 七種は表情を崩さずに言葉を返す。

何でこんな手紙を送ってくるんだ?しかも消印がないってことは直接投函だよな?友達の家や実家ならいざ知らず、ネットカフェやビジネスホテルにまで届けるなんて何がしたかったんだ?

その質問への答えでしたら一通目の手紙に書かせていただいたと思います。

助けて欲しいってやつか?なら何から助ければ良いんだ?理由とか何すればいいとか何にも分からねぇし、だいたい何で連絡先も何もねぇんだよ?書いてあるだ?言葉足らずで何もわかんねぇよ。

八重樫さんが今日ここに来たことで私は救われました。

はぁ?

 すっとんきょうな声が出てしまった。

それってどういう意味だよ?今から何かすればいいのか?言っとくけどそんなつもりで来たわけじゃないぞ?

八重樫さんの質問に答える前にコレをお受けとりください。

 七種はトートバッグから封筒を取り出すと俺に差し出した。

これが八重樫さんに送る最後の一通です。どうかお受け取り下さい。

 受け取ろうと伸ばしたかけた手を慌ててポケットに突っ込む。

俺はその手紙のせいで色々と疲れてんだ。もう関わりたくなんかないし、あんたが目の前にいる以上受け取る意味なんかないだろ。

そうですか…。でしたらお話しすることはもうございません。失礼します。

 そう言うと七種はこの場所から立ち去ろうと踵を返した。

えっ、あっちょっと待てよ。

 慌てて引き留める。

分かったよ。ただし受け取るだけで読まないからな。

いいえ、私の話を聞けばその手紙を読まざるを得なくなりますよ。
まぁ、この場で受け取らないのであればまた投函しますけどね。

 終始七種のペースだが主導権が向こうにある以上従うしかない。

 俺は渋々手紙を受け取るとすぐカバンにしまった。

それじゃあ話してもらおうか。何でこんなことをしたのか、どうやって手紙を渡してきたのか、何よりなんで面識のない俺を選んだのかを。

まず手紙を渡した手段ですが、私が直接うかがって投函しておりました。

一人でか?あり得なくはないが現実的じゃない。俺の交友関係と動向を把握してたなら三通目までは可能だけどな、流石にビジネスホテルは部屋番号なんか分かりっこない。
それに県内ならともかく昨日は実家にまで消印のない手紙が届いていた。実家からだと電車でも車でもかかる時間はそんなに変わらない。知り合いが14時頃にあんたに会ってるのにどうやって実家に投函したんだ?バイト上がりの突発的な行動だったんだ、色々と有り得ない。

裕之さんの家に投函するのは簡単でした。裕之さんの家の方に向かっていたので予想は簡単でしたね。後は買い物している際に投函するだけですし。
ホテルの件は予約サイトをチェックすれば何てことはないですよ。それにドアの下から室内をチェックすれば確実ですしね。
14時過ぎに早退して飛行機を使用すれば夕方までには間に合いますよ。

 なるほど、盲点だった。

 予約サイトに飛行機と、どちらも思い付きもしなかった。

なるほどな、確かにそれなら納得だ。着けてきてたんだな。だけどどうやって俺が実家に帰省したのを知ったんだ?

それは簡単ですよ。あなたのいる場所は常にスマートフォンで把握することが出来るので。

は?それはあり得ない。GPSロガーだとしたらカバンも変えてるし服も着替えてる。それに荷物を漁った時にはそれらしい物は出てこなかったぞ?もしかして位置情報アプリか?

 スマホを開いて確認するがそれらしいものは見つからない。

じゃあハッキングでもしてんのか?

ふふふっ。

何がおかしい?

失礼しました。あまりにも的を得てなかったので思わず笑ってしまいました。

ふざけんなよ?いいから答えろよ。

先日、八重樫さんの出席している大学の講義に忍び込みました。その時にカバンに入っていた八重樫さんのお財布に、私からプレゼントを贈らせて頂きました。

なんだって?

 財布の中身を全てベンチに出して確認すると見覚えのない黒いカードの様なものが出てきた。

何だこれ?もしかしてこれがプレゼントか?

はい、それは紛失防止用のデバイス。
専用のアプリから位置情報を取得することが可能です。

こんなのが…。これで俺の動向を伺ってたのか。

 俺は財布の中身をしまうとデバイスを七種に返した。

それじゃ次は何が目的だったのか答えてもらおうか。

目的は先程申し上げた通り、私を助けていただくためです。

それは俺が今日ここに来たことで助けたことになるんだよな?

その通りです。

俺は何からあんたを助けたんだ?手紙にはどんな意味があったんだ?どうして俺だったんだ?

私は呪われていたんです。

は?呪い?

そうです。不幸の手紙をご存知でしょうか?

期限内にこの手紙を何人に送らなかったら不幸になるとかいうチェーンメールのことか?

そうです。

もしかしてあんた不幸の手紙もらって不幸になったとか思い込んでたんか?しかも呪いだって?バカバカしい。

傍から見ればそう思うのも無理はありません。しかしそうも言ってられませんよ。この呪いは私から八重樫さんへと対象を変えているのですから。

 瞬間、背筋に冷たいものが走った。

 呪いだけじゃなく幽霊すら信じてはいないが、突然こんなことを言われれば嫌でもゾクリとしてしまう。

どういうことだよ?

呪いの発端は私の兄でした。と言っても血の繋がりはありませんでした。兄は父の連れ子だったので。名前は漢数字の一に条件と書いてイチジョウ 安泰の泰に稚児と書いてタイチです。

ちょっと待てよ、そんな漢字を教えられたところで全く話がみえてこねぇんだけど。

八重樫さんは私の名前とその漢字をご存知ですよね?

あぁ、手紙に書いてあるからな。

そして八重樫 真也と言う名前とその漢字。これらには共通点がありますがお分かりになりますか?

共通点?
うーん、苗字に数字があるってことか?

その通りです。それと名前にも数字があります。
苗字と名前の数字が同じものになっています。

 そう言われて 泰稚 菜々美 真也 名前の漢字を思い浮かべる。

待て待て、泰稚と菜々美は分かるけど真也は無いだろ?

真也には八と同じ読みの也の文字があります。

そんなのはこじつけだろ。

はい、それでもルールとして問題はありません。

ルール?さっきから何が言いたいのかさっぱりだ。不幸の手紙に則って俺を呪いの擦り付ける相手として選んだって事だよな?

その通りです。

んでその呪いを作ったのがあんたの兄だと。

はい。

はぁ、本当にバカバカしいな。結局全部イタズラだったってことかよ。
もういいよ、とりあえず知りたかったことは答えてもらったし、これ以上オカルト話に付き合うのは御免だね。

私が巻き込んでいる立場ですけど甘くみない方がいいですよ?実際に9人もの人が亡くなっているので。

それも偶然だろ。もう本当にいいよ、もう二度と手紙を送ってくるなよ?それと俺と俺の知り合いにも近づくなよ?それじゃあ。

 そう言って俺は歩きだした。

手紙読んでくださいね。

 背中越しに投げ掛けられた言葉を聞き流して自分の大学へと向かった。


 大学で裕之と合流した後、酒を飲みがら今日あったことを話した。

 裕之もすごい執念だと言いつつも、呪いなんて存在しないと俺と同意見だった。

 若干の不気味さを残しつつも今回の不幸の手紙騒動は幕を下ろした。


 その翌日は自宅のベッドで目を覚ました。

 頭が痛く、気持ちが悪い。

 完全な二日酔いで記憶も朧気だ。

 無くなっている物はないかと荷物を探すと七種から直接渡された最後の手紙が見つからなかった。

 裕之と一緒に読んだことは覚えているが、内容と手紙をどうしたのかまでは思い出せない。


 それから日常を取り戻し、三枝から最後の手紙を受け取った日から1ヶ月が過ぎた。

 何の嫌がらせか、玄関の前に泥が撒かれるようになった。

 犯人は不明だが七種がまた何か関係しているのではないかと疑っているが確証がない。

 最近引っ越してきた上階の住人が毎晩うるさくて眠れない。

 注意をしても改善されなくて困ってる。

 同じ学生の様だったが加減を考えて欲しいものだ。

 たまに視界に黒いものが見えるので眼科に行ったが何も分からなかった。

 寝不足のせいだと結論つけて精神科で睡眠薬をもらった。

 薬のおかげで騒音の中でも入眠することができた。

 二日後、その日も薬で眠りについた。

 しかし夜中に目が覚めた。

 こんなこともあるのかと姿勢を変えようと身体を捻るが動かない。

 金縛りだと理解した。

 寝不足だったのと薬で無理矢理寝ているので、体が悲鳴をあげているのだろう。

 動かないならとこのまま眠ることにした。

 しかし不自然な姿勢のためかなかなか寝付けない。

 寝るために色々試していると何かが聞こえた気がした。

 耳を澄ましても何も聞こえない。

 勘違いだったかと眠りに意識を向けると、再度何かが聞こえている気がしてくる。

 耳を澄ましてもやはり何も聞こえない。

 何なんだとイライラしながら寝返りを打つ。

 いつの間にか金縛りが解けていたようで、それからは音も聞こえずすぐに眠ることができた。

 翌日は課題を写させていた友人が大学に来なかったせいで俺も課題が出せなかった。

 時間がかかるものなのですぐに新しいものを用意できず単位取得が危うくなってしまった。

 別日には出先で自転車が盗まれた。

 その影響で徒歩で大学に向かっている途中、自転車に轢かれた。

 老人の運転する自転車がブレーキをかけずに突っ込んできて転んでしまい、手を着いた時に右手の小指が曲がっていたので折れてしまった。

 老人も自転車から落ちて頭を打ったのか、ピクリとも動かなかった。

 傍らに倒れているのは俺の自転車だった。

 その後、救急車で運ばれた。

 事故の翌日、打ち所が悪くその老人は亡くなってしまった。

 自己の被害者は俺だけど、罪悪感が湧いてくる。

 老人はホームレスだったようで身元も分からず、自費での治療となった。

手紙の呪いの影響かもね。

 見舞いに来てくれた裕之がそんなことを言っていたが、ただの偶然だ。

 呪いなんてあり得ない。

 その見舞いの帰りに裕之は通り魔に刺された。

 俺も警察の聴取を受けたが犯人は捕まらなかった。

 命が助かったのが不幸中の幸いだ。

 その翌日、車が飛ばした石が左目に当たった。

 失明は免れたが視力が著しく低くなってしまった。

甘くみない方がいいですよ?実際に9人もの人が亡くなっているので。

 七種の言葉を思い出す。

ここ最近は不幸続きだ。まさか本当に呪いなのか?手紙にも死んでしまうと書かれていた。

 部屋中を探しても最後に渡された手紙が見つからない。

 意識を取り戻した裕之にも確認するが、酔っていたので覚えてないとのことだ。

 気が進まないが仕方ない。

 俺は短大へと足を運んだ。

 しかし七種は退職していて会うことが出来なかった。

 連絡先や住所を聞いても教えてもらえず、危うく警察沙汰になるところを逃げてきた。

 それからぶらぶらと街を歩いていると人とぶつかった。

 普段なら謝るなりするが、今の俺にはその気力がなくてそのまま歩き続けた。

 なんだか体が重い気がする。

 呼吸も少し苦しい。

これも呪いの影響か…。

 一旦休憩しようと思い、道路を挟んだ向かいにある公園に行くことにした。

 道路を渡るために歩道橋を登っていると誰かに肩を叩かれた。

 振り返ろうと上半身を捻ると体の重さが無くなり軽くなっていた。

 空が黒く、街灯が眩しい。

そうか、いつの間にか夜になっていたのか。

 夜だし、何より気分がいいのでこのまま眠ることにしよう。

 …何が聞こえる気がする。

 無視して寝ようとするがあまりにも騒々しい。

 また上の階の住民だろうか。

 イライラするので音の発生源を探そうとするが体が動かない。

 また金縛りみたいだ。

 もうめんどくさいからこのまま寝よう。

せっかくなら羊でも数えようか。

羊が一匹

羊が二匹

羊が三匹

羊が…

八人目…やっと解放される…。ありがとう菜々美…。

 

  

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